俺の名を言ってみろ


『俺の名を言ってみろ』

「桃城くん、謙也の事何て呼んどる?」

「え? 謙也さんですけど?」

「ユウジと小春は?」

「ユウジさんと小春さん」

「俺は?」

「白石さん」

白石からの突然の質問攻めに桃城は首を傾げる 自分のは勿論他の三人の呼び方なんて改めて聞かなくても知ってるはずだ

「ちょっとお願いなんやけど…俺の事いっぺん名前で呼んでくれへん?」

「名前でですか?」

「俺いつも名字やから、名前で呼ばれるってどんな感じなんやろって思ってな」

「あー、なるほど」

そんな事で良ければと呼ぼうとした時、桃城の後ろにズラリと並ぶ者が居た

「その話、俺達も混ぜてもらおう」

「手塚部長と乾先輩と柳さんと忍足さん!」

「何だこのメンバーは、とお前は言う」

「ホントですよ、どうしたんスか?」

「俺達も後輩から名前で呼ばれた事がないから白石のついでに呼んで貰おうかと思ってね」

乾が答えると他の三人も頷いた

「減るモンやないし、ええやろ?」

「良いっスけど…後輩以外からは呼ばれてるじゃないスか」

「俺は呼ばれていない」

唯一周りから名前で呼ばれていない手塚がキッパリと告げる

「だから桃城、俺を国光ちゃんと呼んでみろ」

「ちゃん!? ちゃんで良いんスか!?」

「お前だって桃ちゃん先輩と呼ばせてるだろう」

「国光ちゃん部長なんて呼べませんよ! 呼びにくいし!」

呼びにくくなければ呼んでいたらしい

「それなら俺は貞治ちゃん先輩かな」

「だから呼びにくいですって! …えーと、国光部長と貞治先輩!」

名前で呼ばれた乾と手塚が顔を見合わせる いつもと同じような表情は心なしか満足げだった

「新鮮だな」

「ああ、これはこれで良いな」

「次は俺を呼んでくれるか」

「蓮二さん…うわ、変な感じ!」

「確かに妙な感覚だ、貞治に呼ばれるのとは違った感じだな」

「三人共ずるいわ! 桃城くん、次俺な!」

「蔵ノ介さん」

念願が叶った白石も目を輝かせる

「おぉ…何かソワソワすんなぁ…! おおきに、後で謙也に自慢するわ!」

「そう言えば何で俺は忍足さんで謙也は謙也さんなん?」

「え? だって二人共忍足さんじゃ分かんなくなるじゃないですか」

「どっちも忍足さんやろ」

「でも俺の忍足さんは氷帝の忍足さんの方だし…」

「「(俺の忍足さん)」」

俺(にとって)の忍足さんという意味だとは分かっている 分かっているがなかなかに引っかかるものがあった

「…まぁ、せやな でも流れ的に一回名前で呼んでや」

「侑士さん」

手塚達はその時間違いなく『すんっ…』という音を聞いた

「…ええな、何か…ええわ」

「何で心閉ざしてんスか」

「気持ちは分かるで忍足くん」

「ソワソワするだろう」

「あ」

「どうした乾」

乾の視線の先を見ると海堂が追い詰められたような表情で壁の陰から桃城を見ていた まずいと察した白石達は即座にアイコンタクトを交わす

「(あかん、あの顔は絶対誤解しとるで)」

「(濡れ衣にも程があるわ)」

「(恐らく俺の忍足さんから見てしまったな)」

「(嫉妬してる確率120%)」

「どうしたんスか、急にみんなボンヤリして?」

「何があった乾」

背中を向けている桃城と乾を見ている手塚はまだ海堂には気付いていない アイコンタクト組はこれ以上事態を悪化させないようにと目で伝え合う

「あ、いや、何でもないで! 桃城くんはええ子やなぁって思うとっただけや!」

「てか俺にばっかり呼ばせるってズルくないですか? こんなに呼んだんだから俺の事も名前で呼んでくださいよ!」

「良いのか桃城、俺達はこの合宿所にいる中でも上位に入る良い声の持ち主だぞ」

「特にこの忍足は耳元で囁かれたら死んでしまうという噂がある程のねっとり…いやねっちょりボイスだよ」

「ねっちょり言うなや」

「武、油断せずに行こう」

「手塚くん早いなぁ」

「うわ、ホントに変な感じする!」

楽しそうな桃城と反対に海堂の様子はどんどん酷くなっていった

「(海堂くんの顔怖いんやけど大丈夫なん…?)」

「(大丈夫だ、忍足が呼ばなければ問題無い)」

「(そうだな、忍足さえ呼ばなければ)」

「忍足さんもねっちょりボイス聞かせてくれますよね!」

「(名指しやん)」

誤解の上塗りが確定した

「えぇ…期待する程ねっちょりしてへんで?」

「大丈夫ですよ、乾先輩達が言うくらいだからきっとねっちょりしてますって! 自信持ってください!」

謎の励ましはともかく、キラキラとした目で見られると忍足はもう断れなかった 心の中で海堂に詫びつつ、望み通り名前で呼ぶ

「…武はホンマかわええなぁ」

「すげー、ホントにねっちょりしてる! ありがとうございます!」

「それ褒め言葉なん?」

「当たり前じゃないですか! 流石っスね忍足さん!」

「まぁ…お前の忍足さんやからな」

その声は噂に違わぬ破壊力を持っていたが、桃城には効果が無かった
だが海堂には効果は抜群だった

「(海堂くん死にそうな顔しとるけどアレでも大丈夫なん?)」

「(大丈夫だ、海堂なら多分きっと恐らく大丈夫だ)」

「(後で誤解を解けば問題ない)」

コソコソとアイコンタクトを続けていると、ついに一番気付いてはいけない人が海堂の存在に気付いてしまった

「何か用でもあるのか海堂」

「海堂?」

「「(国光ちゃん!!)」」

国光ちゃんに呼ばれた海堂は気まずそうに壁の陰から出てくる

「いや、別に俺は用があるとかじゃ…」

「何だよ海堂、まさかお前も名前呼び待ちか?」

「名前?」

誤解を解くチャンスが来たとアイコンタクト組は口々に事情を説明した

「今みんなで桃に名前で呼んでもらってたんだよ」

「俺が桃城くんに名前で呼ばれてみたいって頼んでな」

「俺達も面白そうだから混ざったわけだ」

「途中から呼び合いっこになってもうたけどな」

「ああ、だから名前で…」

「お前も名前で呼んでやろうか?」

「しなくて良い、名字で呼んでろ」

険しかった顔が少しだけ緩む 誤解が解けたようで乾達もほっと一息ついたが、「じゃあ何で俺の忍足さんとか言ったんだ?」と言いたげな表情になり焦る そこに関しては何もフォローしてやれない、何なら自分達もフォロー入れてほしい 
第二次まずいムードに突入しかけたその瞬間

「そうだ海堂、今度から俺の事は国光ちゃんと呼べ」

「「(国光ちゃん!!)」」

めちゃくちゃ国光ちゃんに感謝した

「ちゃんで良いんスか!?」

「だよな、言いにくいよな!」

「そこじゃねぇだろ!」

これ後も何人かには声を掛けたが、国光ちゃんと呼んでくれたのは不二と跡部だけだった
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