後輩自慢
「貞治、今日は俺達が勝たせてもらうぞ」
「蓮二、悪いが今日も俺達が勝つ」
「何言ってんスか! 絶対俺達が勝つっスよ!」
「ナメんじゃねぇ、誰がテメーに負けるかよ」
コートに乾と海堂、柳と赤也が向かい合い、火花を散らす 軽いゲームのつもりで誘い誘われたが、因縁がある組み合わせでは嫌でも熱が入ってしまう あまりの気迫に隣のコートで打ち合っていた不二達も手を止めて観戦する事にした
「へぇ、乾達ダブルスで戦うんだね」
「負けんなよ海堂ー」
「乾頑張れー!」
「ふっ、互いにサークル数や作品数も多い先輩後輩ダブルス同士、そろそろどちらが上か決着をつけようか」
「柳さん何言ってんスか」
唐突な柳のネット情報サーブが赤也を襲った
「良いだろう、SNSや投稿サイト、サーチエンジンもアンソロも全く考慮しない非ィ客観的な戦いをしようじゃないか」
「何言ってんスか乾先輩」
反撃のオタク御用達スマッシュは海堂に向かって飛んでいく
「教えてやろう貞治、うちの赤也の方が上だと言う事を!」
「いいや蓮二、うちの海堂の方が上だと今日こそ認めてもらう!」
パートナーの言動がおかしい事に気付いた二年生二人が隣の先輩を見る 観戦席の三人も何だ何だと視線を送る
その不可思議な雰囲気を先に破ったのは柳だった
「赤也の方が可愛い!」
「えっ柳赤柳ルートっスか!?」
赤真ルートだ
「いや海堂の方が可愛い!」
「何言ってんスか乾先輩!?」
思わずさっきと全く同じセリフを叫ぶ
「あれここ乾海乾ルート?」
「いや、桃の事しか見えてない海堂の海桃ルートだよ」
「えっ、海堂が勝手に自滅するルートじゃなくて?」
「否定できないにゃ」
全く素直に行動できないシャイボーイ海堂とそれを察してあげられるくらいにはちょっぴり素直な桃城の海桃ルートだ
火花が散る、正しくは乾と柳の間で火花が散る 海堂と赤也は置き去りだ
「いいや貞治、赤也は弦一郎を攻略しようと躍起になっては鈍感と言う名の風林火山に見るも無惨に敗れ去っているがそれでもめげない諦めの悪さ! 可愛いだろう!」
「何スかそれ! 褒められてるんスか貶されてるんスか!?」
先攻の柳は間違いなく褒めてなかった
「何を言う蓮二、海堂は桃に素直に好意を伝えられない上に行動もできないシャイボーイ、うっかり好意を表に出したら噴火してしまうような中学生だからってそれはないだろうと思う程の恋愛耐性ゼロだ、可愛いだろう!」
「噴火してないっス!!」
後攻の乾も当然褒めていない、ただ恥ずかしい事を暴露しただけだ
「めちゃくちゃ噴火してんだろ」
「二日に一回は必ず見てるよ、最近観測が楽しみになってる」
「見てて飽きないもんね」
観戦席は活火山の噴火頻度を冷静に解説する
「噴火なら赤也も負けていない、あいつは弦一郎に告白して本気にされなかった時あまりのショックで自分の鼻水で溺れる程大泣きした」
「柳さんそれ言わなくて良いでしょ!?」
「切原お前…」
「違う! あれは…花粉が強かったんだよ!!」
「見ろ、通じるわけが無いような雑な言い訳も可愛いだろう」
「副部長ー!! 柳さんがおかしくなったー!! 前からちょっと変だったけどー!!」
残念ながら真田はここには居なかった
「海堂は泣いてる桃を見た時駆け寄って慰めてやりたい気持ちはあるが行動に移せず無駄にウロウロした挙句、涙を拭いてやる為に綺麗な布を探しに行ったらその間に泣き止んでいてやりきれなさのあまりいつもより顔が険しくなっていた事があるよ ちなみに泣いてた理由は新作ドリンクの試飲だ」
「何で知ってるんスか!?」
「お前そんな事してたの!?」
「してねぇ!!」
「どうだ、認めた瞬間誤魔化そうとする残念さ、可愛いじゃないか」
「誰かこの人を止めろ!!」
止める人もここには居なかった
「赤也なんて弦一郎から怒られるのに慣れすぎてたまに褒められると固まってしまう、この処理速度の遅さが可愛い」
「海堂は普段からよく固まるが桃から動いてあげると余計に固まるんだ、もう何をどうして良いか分からない感じが可愛い」
「赤也にキスをねだられた弦一郎は『いきなり何だ』と叱ったんだが翌日『昨日食べたがっていただろう』と鱚の天ぷらを持ってきてな あの違うそうじゃないと言いたげな顔と言ったらそれはもう可愛かったぞ」
「海堂は桃と部室に二人きりだった時に頑張って手を握ろうと不審な動きを五分くらいしたのに結局何もできなかったが、察した桃が恋人繋ぎをしてあげたら驚きのあまりバンダナが真上に飛んだんだ あの現象は興味深い」
「それは確かに気になるな」
「何それ俺も見たい」
「飛んでねぇ!」
「飛んだからな、俺マジで驚いたんだからな」
手を繋いだ相手のバンダナがいきなり飛んだら誰だって驚くだろう
「赤也の方が可愛い」
「いいや海堂の方が可愛い」
「柳さん、俺の恥ずかしい話暴露したいだけじゃないっスよね?」
「乾先輩本当にもうやめてください、乾汁の新作飲みますから」
「「ていうか試合しましょう」」
「…しかしな、貞治」
「何だ蓮二」
赤也と海堂の顔にもういっそトドメをさしてくれと諦めが浮かぶ
「確かに赤也は可愛い だがやはり貞治、お前が一番愛しいな」
海堂と赤也が固まる、観戦席の桃城と菊丸も固まる、不二だけは固まらなかった
「…蓮二、俺のデータから推測すると」
「お前と同じ解答が導き出される」
柳が微笑み、乾の頬に触れる
「…とお前は言う」
乾はその手に自分の手を重ね、ふ、と笑う 柳の目が薄く開いたのを見て、反射するレンズの奥で目を細めた
「好きだよ蓮二、同意する確率は100%かな」
「ああ、実に正確な計算だ貞治」
そのまま二人は談笑しながらコートを去って行った 試合が始まるどころかボールに一度も触らないまま、ただただ後輩の恥ずかしいエピソードを言い合うだけ言い合って、仲良く去って行った
先に硬直が解けた赤也が叫ぶ
「…えっ、えっ? 何、何だったんだよ!?」
「知らねぇよ…!」
「んー、つまり後輩自慢に見せかけたイチャイチャタイムだったって事?」
日頃から新作ドリンクを共同開発しては誰かに飲ませようとする二人だったが、まさかこんな時まで周りを巻き込むとは思わなかった コートに残された二人は真っ赤な顔で立ち尽くす
「じゃあ俺達はただ恥ずかしい事バラされただけ!?」
「フシュゥ…」
「そうだね」
「俺達は面白かったよん」
「俺は巻き込まれたんスけど…」
「まさかあんな面白エピソードがあるなんてね、海堂がキスしようと肩に手を置いてからそのまま十分くらい動けなかった時が最上級かと思ってたよ」
え、と海堂と桃城が不二を見る
「アレは見てて焦れったかったにゃ〜 後半桃がちょっと飽きてたし、手塚が背中押しに行くって言うから止めるの大変だったし」
「何でみんな見てるんスか!?」
「桃城! 海堂が死んでる!」
援護射撃の菊丸ビームが直撃したせいで海堂のメンタルはボロボロだ 少なくとも自力で這い上がれない程度にはボロボロだった
「うわっ、戻ってこい海堂!」
「恋人繋ぎしてあげればバンダナ飛ばして復活するんじゃない?」
「そんな事したら余計ダメになっちゃいますよ!」
結局ビンタで強引に再起動するまで海堂は固まっていた