氷底より永遠に


 あの夏、忍足は閉ざされた氷の底にまで届く程の強い光を知った。その眩しい輝きは胸の内を灼き続け、再び照らされる日まで、長い間忍足を苛んだ。
 二度目の試合の後、勝利への渇望や言葉では言い表せないモヤモヤとした気持ちは消えた。晴れやかになった胸に残ったのは、この恩を返したいという一つの願望だった。
 桃城が幸せになるなら、自分にできる事は何でもしてやりたい。あの陽射しが自分を照らさなくても構わない。ただ変わらず、眩しく在ってほしかった。その為なら何も惜しくないと思う程に。


 海堂はその執着とも呼べるものを恋だと考えた。だから自分と同じ気持ちを桃城に向ける者として、時に協力するも基本的に敵意を隠そうとしない。
 けれど桃城はそれを友情だと捉えた。自分を甘やかしがちな先輩であり、競い合うライバルであり、そして一人の友人であると。その解釈を聞いた時の謙也は天才的な鈍さだと嘆き、いやこのままあのクソデカ感情に気付かない方が幸せかもしれないと思った。


 そんな奇妙な三角関係を見てきた周囲からは同族である海堂が誰よりも忍足を理解していると思われていた。
 たしかに一番理解できるのは同じ光に照らされ、追い求めた海堂だろう。だがその奥に隠されたものを、忍足すら気付いていないかもしれないものを見つける事ができるのは、桃城だけだ。
 桃城は感じ取っているのだろう。自分が望まない限り、忍足は本気で手を出すつもりがない事を。
 いや、たとえ望んだとしても、出せはしないだろう。
 大切で、特別であるが故に。
 その想いの大きさ故に。

 だから、恋心にもがきながらもがむしゃらに手を伸ばし、意地でも掴み取った海堂が、羨ましくもあった。




「忍足さんはどうして俺にそこまでしてくれるんスか?」

 大事に思われている事には気付いてもその理由までは読めなかった桃城は、忍足に尋ねた事がある。まさか直接聞かれるとは思っていなかった忍足は思わず苦笑した。

「何でやろなぁ」

 レンズ越しに桃城を見つめ返す。言葉にしなくとも、眩く輝く紫水晶はそれだけで氷底を照らし、全てを見透かすだろう。
 灼かれ、焦がれた、あの夏の日のように。
 小さな恋心だったものを。
 胸に深く根付いた愛を。
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