ミルク
帰ろうとした海堂の腕を桃城が掴む 何だと睨むより先に、桃城は「海堂と今後の事を話したいから二人きりにさせてほしい」と大石に頼んでいた
「海堂と二人って…絶対喧嘩するだろう?」
「絶対喧嘩しないっス!」
「どう思う乾?」
「喧嘩になる確率96%かな」
「4%に賭けてください!」
「…絶対喧嘩しないな? 部室の物を何も壊さないな?」
「勿論っス!」
「…分かった 部室の鍵を預けるから、話が終わったら必ず施錠して返しに行くんだぞ?」
「ありがとうございます大石先輩!」
あれよあれよという間に部員達が帰り、部室に二人きりになる
割り込む隙を与えられなかった海堂はそこで漸く「何の用だ」と聞けた
「…海堂、俺…」
病気かもしれない、と弱々しい声が告げる
病気 健康優良児の手本のような桃城が、病気 意外な言葉に急に残された苛立ちが消える
「…どうした」
「…む…」
「む?」
「胸から何か白い汁が出た…」
「…はぁ!?」
「今日ずっと胸が重いような変な感じしてたんだけど…さっき着替えた時にやけに服濡れんなーって思って見たら、白い汁で胸が汚れてた…」
どうしよう、と俯いていた桃城が躊躇いがちに顔を上げた
「…保健室行けッ!」
「バカ野郎! 保健室の先生に言うの何か恥ずかしいだろ!」
「なら乾先輩に言え!」
「汁には汁ぶつけてくるかもしれないだろ!?」
そんな事はないといい返そうとしたが、あの先輩ならやりかねない いつも以上に眼鏡をギラギラさせて謎の液体を飲ませようとする光景を想像してしまい、気まずさを誤魔化す為に話題を変える
「…大体汁って何だ、汗じゃねぇのか」
「汗なんか毎日かいてんだからすぐ分かるだろ、ホントに胸から出てたんだって」
「胸から出る汁なんてあるわけ…」
はっと二人が顔を見合わせた ある 一つだけ、胸から出る汁が存在する
「「母乳…」」
声が揃う なーんだ母乳かという雰囲気になりかけたが、すぐに桃城が正気に戻った
「いや待て、おかしいだろ!? 俺赤ちゃんいないし、男だし!!」
「じゃあ他に何があるんだ」
「…何もねぇけど!! 何もねぇけどさぁ!?」
汁が出たと告げた時以上に戸惑っている桃城に何か言葉を掛けてやろうと海堂は必死に考える 桃城の事は気に入らないところもあるが、いきなり母乳が出るのは流石にちょっと可哀想だった
「…とりあえず絞るか?」
海堂は口下手だった
「何だよ絞るって!」
「牛乳は絞るだろ」
「人を牛扱いすんな! 大体絞るって言ったってどうやって絞るんだよ、こんなつるっぺたな胸で…」
Tシャツをたくし上げる 少し張って厚みのある胸をどうしたものかと二人で見つめていると、「あ」と桃城が声をあげた
「お前が吸えば良いんじゃねーか?」
「はぁ!? ふざけんな!」
「でも母乳って赤ちゃんにあげるものだろ」
「俺は中学生だ!」
「じゃあ他にあるのかよ!」
何とか他の方法を提案しようとしたが、絞ると吸う以外の手段が思い浮かばない 絞れるだろうかともう一度胸を見るが、とても絞れそうにはない そうなると残る手は一つだ
「…本当に吸ったら出るんだろうな」
「分かんねぇ…さっきは吸われてないのに出てたから、刺激に反応するとか? ちょっと触ってみろよ」
「何で俺が…」
渋々手のひらで軽く押すが、桃城が言ったような白い汁は特に出てこない 刺激が足りないのかと乳首を無遠慮にぎゅうとつねった
「いってぇな!? 何すんだお前っ、千切る気か!?」
「出てねぇぞ」
「バカ、ドリンクバーじゃねーんだぞ!?」
「知るかそんな事!」
海堂の手を剥がして胸を見る ジンジン痛む乳首は先程より赤く腫れていた
「見ろよ、赤くなって可哀想じゃねーか! 乳首に謝れ!」
「文句があるなら自分でやれ!」
「お前は俺を自分で胸いじる変態にする気か!?」
「今俺はお前の胸を吸う変態にさせられてんだろうが!」
「何だとこの…!」
大石に絶対に喧嘩をしないと誓ったのを思い出し、激化しそうな言い争いを何とか止める
このままでは埒が明かないと桃城は妥協して少しだけ譲ってやる事にした
「…分かった、じゃあ間取ろうぜ 俺が自分で触る、お前がその後吸う、それで良いだろ」
海堂もこの問答を続けても仕方がないと観念して頷いた 数秒後に「待てよ、何も変わってねぇな?」と気付いたが、今更撤回はできなかった
桃城は恐る恐る自分の胸に手を当て、解すように揉み込む 固く張った胸は指を沈ませるだけでズキンと痛んだ
「うわ、結構痛ぇ… 赤ちゃんに母乳あげるお母さんって大変なんだな…何かもう他人の気がしねーよ…」
「他人だから安心しろ」
痛みに耐えながらぐにぐにと触れていると、不意に未知の感覚に襲われる 初めての感覚なのに、もうすぐ出る前兆だと本能的に感じた
「ヤバっ…! 海堂、そろそろ出る!」
「はぁ!? 抑えらんねぇのか!?」
「抑えられるわけねーだろ! こぼれたら勿体ねーから早くしろ!!」
「勿体なくねぇ!」
「良いから!」
「むぐっ!」
桃城は海堂の頭を掴んで左胸に押し付ける 心の準備ができていないと離れようとするが桃城の力は緩まない
「吸えよ、海堂…」
腕の力からは考えられない程か細い声が届く
突き放そうと思えばできた 保健室に連れて行く事も先輩を呼ぶ事もできた それをしないで体の異変に悩む桃城に付き合う事を選んだのは海堂自身だった
もうどうにでもなれと、赤く腫れた乳首に吸い付く 微かに甘味を感じるが液体が出ているような感覚はしない 力が足りないのかと思いじゅう…と強く吸った瞬間、海堂の口の中に甘い液体が流れ込んだ
「ん、んんっ…!」
「(本当に出やがった…)」
桃城の様子を伺いつつ断続的に吸い続ける 何度か嚥下したが出る量は減っていない気がする どれだけ吸えば全部出し切るのか分からないが、根比べなら望むところだと対抗意識が芽生えた
海堂が妙な闘志を燃やしているのと同時に、桃城の内面にも変化が起こっていた 母乳の副作用なのか、胸に吸い付く海堂が愛おしくて仕方がない
「海堂…」
こみ上げる気持ちを抑えきれず、海堂を抱き寄せる 特に抵抗せずに吸い続ける様子が空腹の乳児のように思えて桃城は微笑んだ
「ん、はは…赤ちゃんみてー…いッ!」
不意に強く乳首を噛まれた さらに歯を立てたまま吸われ、背中を叩いて痛みを訴える
「ばか、冗談だって…あぁっ!」
舌で押し潰すように舐め、海堂は胸から口を離した
「…出なくなった」
「え?」
「吸っても出ねぇ、無くなったんだろ」
「あ、あぁ…そっか…」
言われてみれば吸われた左胸は少し楽になった気がする 指で押しても痛みは無い
「どんな味だった?」
「…牛乳より薄いが甘かった」
「へー…」
他にも聞きたい事はあったが、右胸が気になり身じろぎする 片方が治まると反対側の重く張った感覚が余計にひどく感じた
「…海堂、こっちも」
右側も吸うように促すと、仕方なさそうに海堂は身を屈めた
「そういえば最近海堂と桃の喧嘩減ったよね」
「先月までと比べて38%程減ったかな」
「この前二人きりで話したのが良かったのかもしれないね」
「大石の胃も少し休まるんじゃない?」
「はは、だと良いけど…」
「海堂」
休憩時間、すれ違い様に桃城が海堂を呼ぶ
「今日、良いか?」
Tシャツの胸元をきゅっと握る 胸が張って痛む時の合図だ
吸い出してから数日が経つと、再び桃城の胸から母乳が漏れた 海堂は濡れたTシャツに青ざめていた桃城を連れ出し、吸ってやるから出そうになったら言えと告げた 渋る桃城に「一度やったら何回やっても変わらねぇ」と言えば、安堵したように控えめに頷いた
それ以来、定期的に二人が一緒に部室を出るようになった
「ああ」
「分かった、じゃあ後でな」
誰も桃城の体に変化があった事など知らないだろう
けれど、海堂は知っている 力強くラケットを振る手が愛おしそうに自分を抱き寄せる事を よく通る声がとろりと甘く自分を呼ぶ事を
自分だけがあの桃城を知っている
ただそれだけの事が、訳もなく悪くないと思えた