喧嘩を止めるな
終わりの見えなかった喧嘩はたまたま通りかかった幸村が止めた。賭けた金額は全額払い戻し、観戦者も一部を除いて部屋に返され、熱狂的な空間はあっという間に静かになる。
「それで何で喧嘩してたんだ?」
正座をする四人に幸村が問うが、誰も答えない。このままでは埒が明かないと一番顔色が悪くなっている後輩の名を呼んだ。
「赤也」
「ひぃ!! だ、だってこいつらが悪いんスよ! 俺は何も」
「ん?」
言い訳フェイズに入らせないように微笑めば切原は言葉に詰まる。正直に簡潔に何があったか言いなさい怒らないから、という圧を受け、ポツリと切原がこぼす。
「じ…自分の学校のダブルスが一番凄いって言うから…」
正座をした四人が気まずそうに下を向く。幸村達はそのあまりにもしょうもない、けれど納得がいく理由に表情を和らげた。
「なるほどね、確かにそれは俺達でも揉めるかもな」
「何や財前、そんな事であんなに喧嘩したんか?」
「珍しいなぁ、いつもクールな財前が」
一番熱が入った応援をしていた白石達が窘めるのもおかしな話だ。
「こいつらユウジ先輩と小春先輩のダブルスに負けへんって言ったんすわ」
「ユウくん、光がアタシらの事めっちゃ褒めてんで」
「意外とかわいいトコあんねんな」
財前は不満げに「先輩らのアホさに勝てる奴おらんって言うたんです」と言い訳したが、デレ期に感心してる二人の耳には入らなかった。
しかし切原の告げ口フェイズが穏やかな雰囲気を一転させる。
「そしたら海堂がお前ら好きな人とダブルス組んだ事ないだろ?俺は桃城と組んだ事あるけどな、ってドヤ顔で言ってきて!」
「言ってねぇ!!」
うちの学校が一番トークで揉めていたのかと微笑ましい気持ちで見ていたが話が変わってきた。
とばっちりで巻き込まれた桃城が呆れた顔で海堂を見る。
「何言ってんだよ海堂…」
「だから言ってねぇ!!」
「言ってた」
「顔が言うてたわ」
目撃者の証言コンボにより完全に言い逃れが封じられる。
「俺だって真田副部長と組んだ事あるのに夢だろとか言われて! 夢じゃないし、ホントに組んだし!」
「トトロか」
「日吉は跡部さんとダブルス組んだら下克上できないだろフーンって顔してたし!」
「何も悪くないね」
「財前は誰が来ようとうちの先輩が勝つって顔してたし!」
「財前今日デレ期なん?」
「海堂は俺は桃城と来年もダブルスできるぜって顔してたし!」
「してねぇ!」
「あぁ、二年生同士だから」
「海堂〜…」
「テメーも一々こっち見るな!」
流れるような切原の報告を聞いて大体の流れは把握できた。
「…待て、結局何が原因で大乱闘まで行ったんだ?」
「確かにその流れだと日吉と財前がそこまで熱くなるとは思えないな」
「若は何がキッカケか覚えてるか?」
一番客観的かつ正直に素直に話してくれそうな日吉に白羽の矢が立つ。一瞬マジかと言いたげな顔をした後、期待通り正直に原因を話した。
「…好きな人と組んだからってラブラブになれるわけじゃないって切原が言ったら、海堂と財前がキレました」
「「赤也…」」
「俺悪くないでしょ!?」
言った相手は悪かった。
「「海堂…」」
「してねぇっス!」
「嘘だ! テメーは真田さんと這い上がった事ねぇもんなってマウント取ってきたくせに!」
「マウントの取り方が特殊すぎる」
大抵の人はそのマウントに勝てない、というか同じ土俵に立てないくらい特殊だ。
「「財前…」」
「何スかその目、別にそこまでマジギレしてないんで」
「嘘だ! 自分ユウジ先輩達の何見てんねんって胸ぐら掴んできたんスよ!?」
「「財前…!」」
「言うてません、あいつの耳がアホなんです」
そんな言い訳も切原の密告のせいで全く通じない。財前はええ子やなぁと涙ぐむ先輩達に呆れの視線を送っても気付く様子はなかった。
しかし財前が参戦した理由はわかったが、相変わらず日吉だけは喧嘩する理由が見当たらない。
「…じゃあ日吉は何で喧嘩してたんだ?」
「止めてたんですよ俺は」
ああ、ミイラ取りがミイラになる理論が発動したパターンか、と納得する。
しかし。
「ちゃいます、切原に好きな人と組んだ事ないなんて可哀想って煽られた瞬間投げ飛ばしてました」
財前は密告返しをした。
「やっぱり赤也が悪いな」
「いや、ここまで大事になってる以上一人だけ責めるのは良くないだろう」
「せやな、両成敗が一番や」
「まさかこいつらがここまで喧嘩するなんてな、予想外だったぜ」
部長達はため息をつき、後輩を窘める。
「一番ダメなのは負けた事だよ赤也、やるなら勝たないと」
「だが本気は出さなかったみたいだな、良くやった若」
「海堂、桃城と喧嘩するのは構わないが他校生とは程々にしておけ」
「財前、喧嘩するなら俺達を呼ばなあかんで、応援したいやん」
最後に「次は勝て」と声を揃えて言うと、四人もまた声を揃えてそれに返した。
「「いや止めてくださいよ」」