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I will give you all my love

「海堂って理想のキスのシチュエーションってある?」

「何言ってんだお前」

「こないだ幸村部長に『どう? 最近真田と進展あった?』って聞かれたんだけど、まぁ何もねーじゃん? そしたら『じゃあ赤也からキスの一つや二つやってみなよ』って言われてさー」

「お前幸村さんのモノマネ下手くそだな」

「良いんだよそこは! そうじゃなくて、俺なりに副部長とのキスを計画しようとしたんだよ! 一応、その、初めてだから雑にしたくないっつーか? …でも全っ然思いつかねーの! ほら、副部長デカいからドラマ見ても何の参考にもならねーし!」

「…だろうな」

「あ〜あ、身長早く伸びねぇかな〜」

「俺も柳さんくらい大きかったら、とお前は言う」

「そう、柳さんくらい…柳さん!?」

「いつから背後に…!」

「話は聞かせてもらった、残念なモノマネは後で精市に伝えよう」

「そこは別に良いじゃないスか!」

「理想の貞治の話なら俺に任せろ。俺はありとあらゆる貞治の行動を常に予測している」

「いや理想の乾さんの話はしてないっつーか」

「寧ろ聞きたくないっス」

「まず第一の分岐として貞治が主導権を握るか俺が主導権を握るかだ」

「すげー、俺達の話一言も聞いてねぇ」

「どうなってんだお前の先輩」

「主導権を握る貞治の場合、衣装は白い7分袖のシャツにタイトなミニスカート、30デニールの黒いタイツ、ヒールの高さが7センチのパンプスと仮定する…想像できたな?」

「女教師モノだ! 柳さん女教師モノ好きだ!」

「乾先輩はそんな格好しねぇ…!」

「柳さん! 海堂が可哀想だから柳さんが主導権握る方向でお願いします!」

「ならルートを変えようか。仮定としてキスをする時は俺が貞治の眼鏡を外すという行為を習慣づけるとする」


『貞治』

 ノートにデータを書き込んでいた貞治が顔を上げる。余程夢中だったのか、フレームに糸くずが付いているのに気付いていないようだ。
 フレームに負荷がかからないようにそっと外すと反射するレンズに隠された目が露わになる。何度見てもそのたびに心を奪われる瞳を見つめていると、長い睫毛が伏せられてしまう。もっと見ていたかったが残念だ。
 フレームの糸くずを取って戻そうとすると、目を開けた貞治が「するのかと思った」と呟いた。

『何をだ?』

『蓮二はいつもキスする時に眼鏡を外すから』

 淡々としているようで、その目元には恥じらいが浮かんでいた。

『いや…貞治、お前の予測は正しい』

 眼鏡を机に置く。俺の意図に気付いた貞治は、受け入れるように再び目を閉じた。


「という展開だ」

「…マトモじゃないスか!?」

「何で最初にあんな想像させたんだ…」

「ちなみに女教師パターンでは俺の膝に乗った貞治が全問正解のご褒美は何が良いか聞いてきて『先生とキスがしたいです』と答えたら額にキスをしてから『こっちは次のテストで百点取れたらね』と唇を撫でるという展開だ」

「結局言うんスか!?」

「しかも女教師認めてるし!」

「お前達も上に乗られたいだろう?」

「いや、俺はコスプレした桃城に乗られたいとか無いんで」

「俺も…真田副部長に乗られたら潰れちゃいそう」

「ふっ、若いな」

「柳さんがマニアックなんスよっ!」

「ほう…つまりお前達はマニアックではない展開を夢見ているんだな? マニアックとは程遠い健全なシチュエーションを思い描いているんだな?
 では聞かせてもらおうか、中学二年生の健全な夢を」

「柳さん怒ってます!?」

「怒ってはいないぞ」

「かっ、海堂! お前先に言えよ!」

「あ!? 何で俺が!」

「俺まだまとまってねーんだよ! 頼む、参考にさせてくれ!」

「…俺なら」


 買い物の帰り道、桃城に声を掛ける。振り返った桃城の表情は固かった。

『…ホントにするのかよ』

『…する』

 掠れた声で伝えると桃城が頷く。
 今日こそ、する。有耶無耶にして延期にしないように、何日も前からこの日に決行すると伝えていた。
 口の中は乾いてるのに手のひらは手汗で湿っている。情けねぇとは思うがどうしようもねぇ。
 肩を掴んで近付く俺を見る紫色は不安そうに揺れていた。こいつも緊張してるのかと思うと余計に指に力が入る。
 距離が近付くのに比例して心臓の音がどんどんうるさくなる。
 …あと15センチ。これ以上見られるのは限界だった。

『目閉じろ』

 桃城が躊躇いがちに目を閉じて、ほんの少し上を向く。その無防備すぎる顔はこれからする事を突き付けてきて、思わず息を呑んだ。今すぐ全力で走りたい衝動を必死に抑え、何とか距離を縮める。
 あと10センチ。
 …あと、

『なぁ、海堂』

 甘えるような声が突然聞こえ、反射的に固まる。

『…海堂?』

 桃城の目が開く。視線がぶつかった時間は実際は数秒だと思うが、何分にも何十分にも感じた。
 進む事も戻る事もできなくなっていると、肩に置いた手が押される。

『おせーよ、ヘタレ』

 俺が埋められなかった距離は、桃城が踵を上げただけでゼロになった。



「お前めちゃくちゃ童貞みたいな妄想してんじゃん!」

「どこがだ!!」

「遅いと言われる辺りだな」

「最後じゃないスか!」

「いや全体的に童貞感がすげーんだよ! 緊張のリアリティがマジすぎるんだって!」

「テメーが理想話せって言ったんだろうが!!」

「そもそも赤也が童貞みたいだとバカにするのはどうかと思うぞ」

「うっ…! いやそーゆー柳さんだってそうでしょ!?」

「違うぞ」

「「えっ」」

「何を驚いている」

「えっ…まさかその相手って」

「やめろ切原!!」

「聞きたいか」

「聞きたくねぇ!!」

「ごめんな海堂!」

「貞治だ」

「聞きたくなかった!!」

「ホントごめんな海堂!」

「それで考えはまとまったのか赤也」

「…いや、全然思いつかないっス。そーいや全く思いつかないから海堂に聞きに来たんだった」

「何で先に俺に話させた…」

「弦一郎に『たわけ!遅いわ!』と叱られるではダメか」

「…俺じゃないスか!」

「叱られるのはちょっと慣れすぎて…もっとかっこいい方が良いっス、俺がリードする感じで」

「現実見ろ」

「童貞全開に言われたくねーし!」

「俺は海堂の案も良いと思うぞ、貞治に遅いと言われるのも悪くない」

「ヤベー、何言っても燃料になんのかよ」

「前向きすぎんだろ」
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