迷子
時間が止まったような感覚とはこういう事を言うのだろう。街中で桃城を見かけた忍足はそう思った。
青学から離れた、氷帝に近い地域。付近にテニスコートはなく、練習試合でもないのにこんな場所に桃城が居るなんて。夢かと思って伊達眼鏡を外して目を擦るも、そこには変わらず桃城が居た。都合の良い見間違いではなく現実だ。
「…桃城?」
パッと顔を上げ、忍足を視認した桃城の表情が明るくなる。
「忍足さん!」
どうしてここに、と声にするよりも先に体に衝撃が走る。体だけではない、心にもだ。
「助かった〜!」
抱きつかれている。桃城に。混乱のあまり、行き場のない手が宙に浮く。
「この辺に最近デカいスポーツ用品店できたんですよね? そこに行こうとしたんスけど、全然見つからなくて…」
忍足の動揺に気付かない桃城は心底安心したような笑顔を見せる。道に迷って困っている時に知り合いを見つけたのならこんなに喜ぶのも不思議ではない。状況が理解できた忍足は少しずつ冷静さを取り戻していく。
「…逆方向やな…その店なら駅の東側で、こっちは西や」
「逆!?」
「案内したるわ、はぐれたらアカンで」
こっちだと歩きだせば桃城はついて来る。世間話をしながら、どうして自分があんなに動揺したのか忍足は考えた。氷帝にはスキンシップが多い生徒が居ないから驚いた…というわけではない。心が揺れ動いたのは抱きつかれるよりも前だ。桃城と会えた瞬間に忍足の冷静さはかき消された。
都合の良い幻覚と思ったという事は、桃城と会えたのが忍足にとって嬉しい事なのだろう。
「忍足さんに会えて良かったっス!」
俺も、と声が漏れそうになる。胸が締め付けられるような痛みを堪え、忍足は微笑んだ。
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