ガチ勢アイドル
最近アクリルスタンドに食べ物を見せ、食べ物にアクリルスタンドを見せる「◯◯、✕✕だよ。✕✕、◯◯だよ」という構文が流行っている。それを見つけたアクリルスタンドの柄のアイドルや配信者が挨拶を返すのも流行っていた。
桃城はそれをやりたいと言って海堂をカフェに連行する。ファンサレッスンを始めてから桃城と海堂が二人でどこかへ行く機会が増え、海堂はその度に心の中で手を合わせ拝んでいた。ちなみに肝心のファンサは特に上達していなかった。
注文した飲み物とサンドイッチが届くと桃城はバッグの中をガサガサと漁る。
「お前アクリルスタンド持ってるのか」
海堂はファンの嗜みとして桃城のアクスタを複数枚持っているが、特にグッズを収集していない桃城が持っているのは意外だった。
「この前出た全員のアクスタセット買ってたんだよ!」
ほら、とテーブルにガチャガチャとアクスタを置く。剥き出しでバッグに入れていたらしく海堂はフシュッと動揺した。無頓着にも程がある、馬鹿野郎俺の推しだぞ丁寧に扱え…と言いたいが、目の前に居るのも推しだし他のメンバーのアクスタも丁寧に扱うべきだ。
「えーと、海堂のアクスタに料理を見せて…こうか?」
桃城は海堂のアクスタを掴んでエビカツサンドと一緒に写真を撮る。自分のアクスタを持つ推しという光景に感激のあまり海堂は天を仰いだ。アクスタが散らかっているのに目を瞑れば、ファンサの為に真剣に海堂のアクスタを握って写真を撮っている桃城の何と尊い事か。
それはそれとして面白さもあるので、返信用に舞台裏の様子を残しておこうとこっそり撮影する。
「『海堂、エビカツパンだよ。エビカツパン、海堂だよ』…っと! よし、ちゃんと引用しろよ!」
海堂はSNSアプリを開いて桃城の投稿を確認した。まずは桃城ファンとしてのアカウントでいいねをして、続いてSEIGAKU海堂のアカウントに切り替えて先程撮った写真撮影中の桃城の画像と共に『隣で見てるから分かる』と引用で返した。
直後、桃城ガチ勢として「ふざけんなこの彼氏面野郎」と怒りがこみ上げてくる。彼は忙しい男だった。
「お前な〜、エビカツパンこんにちはって返すんだぞ!」
見本を見せてやるからお前もやれと言われ、海堂は自分のバッグからアクリルスタンドケースを出す。
「何だ、専用のケースあるんだな」
「百均でも売ってるぞ、あると便利だ」
アクスタを持ち運ぶ時は傷や汚れが付かないようにケースや袋に入れるのは推し活の基本だ。ケースを開け、数枚持ってきた桃城のアクスタの一つを取り出して、海堂は気付いた。
今、自前の桃城アクスタコレクションの一部を見せてしまった。桃城推しがバレたかと背中がじっとりと濡れる。しかし隣を見ると桃城はエビカツサンドを食べている真っ最中で、見られていないようだった。
ホッとする海堂だが、彼が桃城ガチ勢なのはとっくに桃城に知られていた。