最終章
──嘘つき。
忍界大戦が終わり、様々な犠牲を乗り越え復興が始まり、皆それぞれの生活が始まる。
そんな中、新たな火影が就任した。
その人物の名は、はたけカカシ。
大戦後ということで、小規模での異例の就任式。
綱手の弟子である私も参列し、五代目火影である綱手から火影の証である笠を受け取るのを見守る。
こんなに近くにいるのに。
カカシ先生はもう私の手の届かない場所に行ってしまった。
置いていかないとあの日約束したのに。
****
コンコンコン
「どーぞー」
「失礼します」
間延びた返事に執務室のドアを開ける。
そこには火影の机の上にタワーのように積み上がって書類の山。
その奥に動く灰色頭がひょこ、と顔を出して微笑む。
「サクラ。悪いね、忙しいのに呼び出して」
「いえ。ちょうど診察も終わったところだったので」
先生の前へと歩くときに部屋の隅で別の作業をしているシカマルが目に入る。
「シカマル。悪いんだけど暫く席外して貰えるかな」
「分かりました。30分で戻ります」
「悪いね」
シカマルは色々書類を持って部屋を出て行く。
何故シカマルを出ていかせたのか。
任務の話だと思って気楽に来たのに急に緊張してきた。
「火影様。何かありましたか」
「それ。止めてって言ってるでしょ」
先生は頬を膨らませて頬杖をする。
先生は何故か"様"と呼ばれるのを嫌う。
特に私たち七班の3人から。
私もむず痒いところがあるが、一応里の長であるわけだし。
「今は2人だけなんだから気楽に前みたいに呼んでよ」
そう先生は昔のように笑う。
笑うと目尻に皺が寄ることに気づいて、もう長く側にいることを実感する。
私が先生と出会って8年。
私は下忍から上忍になって綱手様から医務室を任せられている。
先生も火影となって数年が経ち、里も昔のように賑わいを見せている。
でも先生の仕事はこれからで。
次の火影となるアイツのために土台を作っているのだ。
そうオビトと約束したのだと、あの日から暫く経って先生から聞いたのだ。
「それで、何の用ですかカカシ先生」
昔のように呼ぶと、先生は満足そうに笑って手招きしてくる。
私は首を傾げながら机越しに先生に近づくと、先生は引き出しから何やら紙を出して私に差し出してくる。
私は受け取って固まった。
「・・・先生」
「ん?」
「これ、なに・・・」
「見ての通り、婚姻届」
先生はにこりと笑う。
よく見たら夫側に先生の名前が書いてあるではないか。
「これを渡されてどうしたらいいのよ」
「名前書いてくれたらいいよ」
「・・・誰の」
「そりゃサクラに決まってるでしょ」
何言ってんのかねーこの子は、と先生と笑う。
それを言いたいのはこっちなんだな。
「何で私が」
「だって約束したでしょ」
「ずっと側にいるって」
私は目を見開く。
それは今でも覚えてる約束。
サスケくんのことで先生に泣きついたあの日。
ナルトとサスケくんが里から居なくなってお互いが1人にならないように。
もう辛い思いをしないでいいように。
呪いのような約束を。
「・・・覚えてたんだ」
「当たり前でしょ。オレは約束は忘れないよ」
「いつも待ち合わせに遅刻してた人がよく言うわね」
呆れたように言うと、先生は申し訳なさそうに頭を掻く。
そんな先生に私は苦笑し、顔に影を落とす。
「先生」
「ん?」
「いいのよ、あんな約束守らなくて・・・」
この里は先生を動けないように、逃がさないように縛り付ける。
お父さんが亡くなった時、友と師が亡くなった時。
サスケくんが里抜けをした時。
そして今度は火影だ。
でも一番ひどいのは私。
2人が居なくなったとき、先生だけだったらきっと乗り越えられた。
でも私が離さないで、先生は居なくならないでと泣きついたから。
私のその言葉で先生の重荷は更に増した。
私がナルトに願った言葉のように。
もうこれ以上──先生の枷になりたくない。
「私もあの時よりずっと成長したわ。ナルトとサスケくんにも追いつけた」
「うん。知ってる」
「なら──」
「それでもオレがサクラの側に居たいと思ったんだ」
気づいたら俯いていた顔を上げると、優しく真っ直ぐ微笑む先生と目と合う。
「オレは誰よりもサクラの側にいた。あいつらが里から居なくなってる間、お前がどれだけ苦しんで傷ついて頑張ってるか、ずっと側で見てきたんだ。それを誰にも譲るつもりはないよ」
胸が締め付けらるのと同時に涙が滲み出す。
先生は先生の意思で私の側にいてくれると言っているのだ。
思わず指に力が入ってしまい婚姻届がクシャッと音を立てた。
「わ、私・・・」
「うん」
涙が流れないように声を出すと途切れ途切れになってしまう。
先生は言葉を待ってくれる。
「ずっと、私の言葉が先生を苦しめてると思ってた・・・。昔サイにも言われたの。私との約束でナルトを苦しめてるんじゃないかって・・・呪印みたいだって」
「はは。サイは相変わらずだな」
「本当よ・・・。でも、本当にそうだと思ったの。だから、ナルトも、先生も、解放してあげようと──」
「サクラ」
先生は立ち上がってゆっくり私のところまで歩いてくる。
「オレもナルトもちゃんと自分で考えてそうしたんだ。約束は関係ないよ」
先生は私の頬に手を添えて優しく指で撫でてくれる。
「オレはこれからもサクラの側にいたい。可哀想だからとか寂しいからじゃない。好きなんだ、サクラのことが」
その言葉に。
我慢してた涙がぼろぼろと溢れ出す。
「サクラは?やっぱりサスケが好き?」
先生は少し寂しそうに眉を下げて笑う。
私は頭を横にぶんぶん振る。
「確かに、サスケくんが好きよ。好きだったからサスケくんを取り戻すために頑張った。でもサスケくんが戻ってきてくれた時に分かったの。恋してる私より仲間の私の方がお互い居心地がいいって」
それはまるでパズルのピースみたいに。
恋してる私はそれを無視して無理やり押し込んで。
でもそれは一方的だったからサスケに想いが届かなかった。
私が幼かったから。
そして忍界大戦でまた3人が揃ったとき、ビックリするぐらいハマったの。
それに気づいた時、恋する私は綺麗に昇華した。
「それにね」
私は涙を拭ってくれる先生の手に自分のを添える。
「好きじゃないと側にいてなんて言わないわよ?」
そう。
気づくのが遅かっただけで、私はもう別の人に惹かれてた。
ずっと隣にいてくれて微笑んでくれて、誰よりもすぐに守ってくれるから。
恋に落ちないわけがない。
私がそう微笑むと、先生は泣きそうな顔で笑って。
私を強く抱きしめた。
その時、私が持ってた婚姻届がグシャッと音をたてた。
「・・・グシャグシャになっちゃった」
「また取りに行けばいいよ」
先生はそう言ってもっと強く抱きしめてくれるので、私も大きい背中に腕を回す。
私は何度この背中に守られてきたんだろうか。
色んなことを思い出して啜り泣く。
先生は優しく私の背中を撫でてくれる。
ずっと追いかけてた広い背中。
やっと、届いた。
忍界大戦が終わり、様々な犠牲を乗り越え復興が始まり、皆それぞれの生活が始まる。
そんな中、新たな火影が就任した。
その人物の名は、はたけカカシ。
大戦後ということで、小規模での異例の就任式。
綱手の弟子である私も参列し、五代目火影である綱手から火影の証である笠を受け取るのを見守る。
こんなに近くにいるのに。
カカシ先生はもう私の手の届かない場所に行ってしまった。
置いていかないとあの日約束したのに。
****
コンコンコン
「どーぞー」
「失礼します」
間延びた返事に執務室のドアを開ける。
そこには火影の机の上にタワーのように積み上がって書類の山。
その奥に動く灰色頭がひょこ、と顔を出して微笑む。
「サクラ。悪いね、忙しいのに呼び出して」
「いえ。ちょうど診察も終わったところだったので」
先生の前へと歩くときに部屋の隅で別の作業をしているシカマルが目に入る。
「シカマル。悪いんだけど暫く席外して貰えるかな」
「分かりました。30分で戻ります」
「悪いね」
シカマルは色々書類を持って部屋を出て行く。
何故シカマルを出ていかせたのか。
任務の話だと思って気楽に来たのに急に緊張してきた。
「火影様。何かありましたか」
「それ。止めてって言ってるでしょ」
先生は頬を膨らませて頬杖をする。
先生は何故か"様"と呼ばれるのを嫌う。
特に私たち七班の3人から。
私もむず痒いところがあるが、一応里の長であるわけだし。
「今は2人だけなんだから気楽に前みたいに呼んでよ」
そう先生は昔のように笑う。
笑うと目尻に皺が寄ることに気づいて、もう長く側にいることを実感する。
私が先生と出会って8年。
私は下忍から上忍になって綱手様から医務室を任せられている。
先生も火影となって数年が経ち、里も昔のように賑わいを見せている。
でも先生の仕事はこれからで。
次の火影となるアイツのために土台を作っているのだ。
そうオビトと約束したのだと、あの日から暫く経って先生から聞いたのだ。
「それで、何の用ですかカカシ先生」
昔のように呼ぶと、先生は満足そうに笑って手招きしてくる。
私は首を傾げながら机越しに先生に近づくと、先生は引き出しから何やら紙を出して私に差し出してくる。
私は受け取って固まった。
「・・・先生」
「ん?」
「これ、なに・・・」
「見ての通り、婚姻届」
先生はにこりと笑う。
よく見たら夫側に先生の名前が書いてあるではないか。
「これを渡されてどうしたらいいのよ」
「名前書いてくれたらいいよ」
「・・・誰の」
「そりゃサクラに決まってるでしょ」
何言ってんのかねーこの子は、と先生と笑う。
それを言いたいのはこっちなんだな。
「何で私が」
「だって約束したでしょ」
「ずっと側にいるって」
私は目を見開く。
それは今でも覚えてる約束。
サスケくんのことで先生に泣きついたあの日。
ナルトとサスケくんが里から居なくなってお互いが1人にならないように。
もう辛い思いをしないでいいように。
呪いのような約束を。
「・・・覚えてたんだ」
「当たり前でしょ。オレは約束は忘れないよ」
「いつも待ち合わせに遅刻してた人がよく言うわね」
呆れたように言うと、先生は申し訳なさそうに頭を掻く。
そんな先生に私は苦笑し、顔に影を落とす。
「先生」
「ん?」
「いいのよ、あんな約束守らなくて・・・」
この里は先生を動けないように、逃がさないように縛り付ける。
お父さんが亡くなった時、友と師が亡くなった時。
サスケくんが里抜けをした時。
そして今度は火影だ。
でも一番ひどいのは私。
2人が居なくなったとき、先生だけだったらきっと乗り越えられた。
でも私が離さないで、先生は居なくならないでと泣きついたから。
私のその言葉で先生の重荷は更に増した。
私がナルトに願った言葉のように。
もうこれ以上──先生の枷になりたくない。
「私もあの時よりずっと成長したわ。ナルトとサスケくんにも追いつけた」
「うん。知ってる」
「なら──」
「それでもオレがサクラの側に居たいと思ったんだ」
気づいたら俯いていた顔を上げると、優しく真っ直ぐ微笑む先生と目と合う。
「オレは誰よりもサクラの側にいた。あいつらが里から居なくなってる間、お前がどれだけ苦しんで傷ついて頑張ってるか、ずっと側で見てきたんだ。それを誰にも譲るつもりはないよ」
胸が締め付けらるのと同時に涙が滲み出す。
先生は先生の意思で私の側にいてくれると言っているのだ。
思わず指に力が入ってしまい婚姻届がクシャッと音を立てた。
「わ、私・・・」
「うん」
涙が流れないように声を出すと途切れ途切れになってしまう。
先生は言葉を待ってくれる。
「ずっと、私の言葉が先生を苦しめてると思ってた・・・。昔サイにも言われたの。私との約束でナルトを苦しめてるんじゃないかって・・・呪印みたいだって」
「はは。サイは相変わらずだな」
「本当よ・・・。でも、本当にそうだと思ったの。だから、ナルトも、先生も、解放してあげようと──」
「サクラ」
先生は立ち上がってゆっくり私のところまで歩いてくる。
「オレもナルトもちゃんと自分で考えてそうしたんだ。約束は関係ないよ」
先生は私の頬に手を添えて優しく指で撫でてくれる。
「オレはこれからもサクラの側にいたい。可哀想だからとか寂しいからじゃない。好きなんだ、サクラのことが」
その言葉に。
我慢してた涙がぼろぼろと溢れ出す。
「サクラは?やっぱりサスケが好き?」
先生は少し寂しそうに眉を下げて笑う。
私は頭を横にぶんぶん振る。
「確かに、サスケくんが好きよ。好きだったからサスケくんを取り戻すために頑張った。でもサスケくんが戻ってきてくれた時に分かったの。恋してる私より仲間の私の方がお互い居心地がいいって」
それはまるでパズルのピースみたいに。
恋してる私はそれを無視して無理やり押し込んで。
でもそれは一方的だったからサスケに想いが届かなかった。
私が幼かったから。
そして忍界大戦でまた3人が揃ったとき、ビックリするぐらいハマったの。
それに気づいた時、恋する私は綺麗に昇華した。
「それにね」
私は涙を拭ってくれる先生の手に自分のを添える。
「好きじゃないと側にいてなんて言わないわよ?」
そう。
気づくのが遅かっただけで、私はもう別の人に惹かれてた。
ずっと隣にいてくれて微笑んでくれて、誰よりもすぐに守ってくれるから。
恋に落ちないわけがない。
私がそう微笑むと、先生は泣きそうな顔で笑って。
私を強く抱きしめた。
その時、私が持ってた婚姻届がグシャッと音をたてた。
「・・・グシャグシャになっちゃった」
「また取りに行けばいいよ」
先生はそう言ってもっと強く抱きしめてくれるので、私も大きい背中に腕を回す。
私は何度この背中に守られてきたんだろうか。
色んなことを思い出して啜り泣く。
先生は優しく私の背中を撫でてくれる。
ずっと追いかけてた広い背中。
やっと、届いた。
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