最終章
忍の世界を救い、サスケくんが贖罪の旅に出る時。
私も一緒に行きたいと言うと、サスケくんは「また今度な」と言って額を指で突いた。
それから早数年。
「六代目、この書類なんですけどー」
私は火影の印が必要な書類を大量に持って執務室のドアを開ける。
「あぁ、サクラ。ちょうど良かった」
名前を呼ばれるものの火影の机にその人物はおらず。
目線を窓側に向けると、窓から飛び立つ鷹の姿が見えた。
そしてそこにいるカカシ先生は何やら手紙を読んで微笑んでいる。
「サスケが帰ってくるみたいだよ」
「・・・え」
サスケ。
サスケくん。
サスケくんが、かえってくる・・・。
「サスケくんが!?」
ようやく先生の言った言葉を理解して思わず手に持つ書類を落としそうになった。
嬉しそうに笑う私に先生は喉の奥で笑う。
「良かったな」
「はい!」
やっとサスケくんが帰ってくる。
ずっと旅に出てて、鷹で報告は来てたから無事なんだってことは分かってたけど。
何年ぶりだろう。
ずっと里にいるんだろうか。
書類を渡してウキウキで仕事場に戻ると、同僚たちから不審がられてしまった。
その日、久しぶりに下忍時代の夢を見た。
まだサスケくんもナルトもいて、不慣れな私たちを守ってくれる、私たちだけのカカシ先生もいて。
もう遠い昔になってしまった、一番楽しかったあの時を。
****
それから数日。
阿吽の門でナルトと一緒にサスケくんを出迎えた。
「よぉ」
「・・・ふん」
たったそれだけだったけど。
それだけで2人は分かり合えるんだから羨ましい。
「──おかえりなさい、サスケくん」
「・・・あぁ」
いつものようにそっけないのに、旅に出てからやはり雰囲気が柔らかくなったみたいで。
それが嬉しい。
「カカシは」
「執務室よ。先生も出迎えるつもりだったみたいだけど、シカマルに捕まっちゃって」
「相変わらずだな、アイツも」
サスケくんは軽く笑って歩き出す。
先生の所在を聞いたということは、先生に報告があるのだろう。
「あ、サスケ!今日の19時、七班で集まるからな!」
ナルトは大声で声をかけると、サスケくんは片手を上げて返事をする。
私とナルトは顔を見合わせて苦笑した。
****
それから夜にいつもの店に集まってサスケくんお帰りなさい会。
サスケくんの隣にナルト、向かいに私、私の隣にサイが座っている。
本当はカカシ先生とヤマト隊長も人数に入ってたけど、先生は相変わらずの忙しさ、ヤマト隊長は大蛇丸の見張りで帰ってこれなかった。
だから今日は子供たちだけ。
見張り役がいないからナルトがすぐにハメを外して、私が怒鳴り、サイは傍観し、サスケは呆れたように飲む。
お互い成人して大人の仲間入りをしたのに、集まれば昔に帰ってしまう。
それから主催者のナルトがベロベロに酔っ払ったのでお開きに。
ナルトはサイに送ってもらい、ほろ酔いの私はサスケくんに。
一人暮らしのアパートに向かう間、ずっと私が話して、サスケくんはずっと聞いているだけ。
これも昔から変わらない、懐かしい光景。
それでも変わったことがある。
昔のサスケくんは無視をしていたのに、今は相槌を打ってくれたり微笑したり。
あの冷たい目をしていたサスケくんが笑っているのを見ると涙が出そうになる。
それから暫く歩いてアパートに着く。
「ありがとう、送ってくれて。気をつけて帰ってね」
「・・・あぁ」
流石に夜遅くに部屋に入れるわけにもいかず、アパートの前で別れる。
サスケくんは返事をするものの、何故か帰ろうとしない。
それにいつもより眉間の皺が深い気がする。
「サスケくん?」
気づかない内に何かしてしまったのかと問いかけると、真剣な目をしたサスケくんと目が合ってドキッとする。
「サクラ」
「な、なに・・・?」
呼ばれて返事をしてもまた黙るサスケくんに緊張がマックスになる。
ようやくサスケくんの口が開いて聞こえたその言葉に、今度は私が固まったのだった。
****
次の日の早朝。
私はまだ誰も活動していない火影棟を登り、執務室のドアをゆっくり開ける。
そこには誰もいないと思っていたのに。
「あれ、サクラ。早いね」
「・・・カカシ先生」
そこには朝日を浴びて仕事をしているカカシ先生がいた。
「先生こそ、早いですね」
「いやー、最近忙しくて休んでなくてね。明日休もうと思って早く来たんだ。サクラこそどうした?」
「うん・・・」
思い悩んでよく眠れず、することもなく里を歩いて、なんとなくここに来た。
本人がいなくてもこの場所にいたくなったから。
まさかいるとは思わなかったけど。
「あのね、カカシ先生」
「うん」
勇気を出して話しかけると、私の様子を察したのかペンを机に置いて向き合ってくれる。
「昨日、サスケくんに、一緒に旅に出ないかって誘われたの」
「うん」
先生は驚かずに頷くから、私が驚いてしまう。
「先生、知ってたの?」
「昨日、サスケが報告に来た時に聞いたよ。帰ってきたのはサクラを迎えに来たからだって」
知らなかった情報に更に目を見開く。
「サクラはどうしたい?」
「まだ、気持ちの整理ができてなくて・・・。先生はどう思う・・・?」
「オレ?オレは嬉しいよ。やっとサクラの想いがサスケに届いたんだからね」
先生はにっこりと笑ってくれる。
いつもと同じ笑顔なのに胸が締め付けられる。
──私は何を期待してたんだろ。
私は唇を噛み締めると、先生は心配そうに呼んでくるので顔を作って上げる。
「ねぇ先生。明日お休みって言ったわよね?」
「え?うん、そのつもりだけど・・・」
「なら、そのお休み私にくれない?」
「え?」
突然のお願いに先生は目を見開く。
私のいつもと違う雰囲気に先生は少し考えて頷く。
「いいよ。でも出来るならお昼ぐらいからがいいかなぁ」
「相変わらずね、先生」
情けなく笑う先生に呆れる私。
「それじゃあ、明日の12時、いつもの場所で。遅れないでよ」
「りょーかい」
ドアを開けながら時間を伝えると、先生は片手を上げて笑う。
それを確認して私はゆっくりドアを閉めて職場へと向かう。
****
次の日。
いつもの、橋の上で先生を待つ。
下忍時代、ここでいつまで経っても来ない先生を3人で文句を言いながら待っていたのを思い出す。
当の本人は2、3時間後に悪びれもなく現れる。
懐かしい、遠い思い出。
「サークラ、お待たせー」
目をつぶって過去に想いを馳せていると、聞き慣れた声に呼ばれて目を開ける。
そこには火影のマントも笠も着けていない、新しい忍服のカカシ先生が手を上げながら近づいてくる。
腕時計を見ると12時ピッタリ。
「やれば出来るじゃない」
「いやー、ははは」
頭を掻いて申し訳なさそうにする先生に苦笑しながら手を差し出す。
その意味が分からないのか先生は私と手を交互に見る。
「ほら、行きましょう。先生」
有無を言わさない微笑むを向けると、先生も眉を下げて笑って手を取ってくれた。
それから手を繋いで思い出の場所を歩く。
お昼なので一楽に行って、3人でどうにかして素顔を見ようとしてた時の話をする。
今は普通に口布を下げて。
他の2人も見たことあるのかと聞いたら、私だけ特別って微笑むから。
私は赤い顔を隠すようにラーメンを啜った。
それから甘味処に行って、綱手の修行の後によく先生を捕まえて奢って貰ってたあんみつを食べる。
先生はいつもの寒天を。
今は大人になってお互いの仕事の愚痴を言いながら甘味を楽しんだ。
それからアカデミーにも行った。
私たちが初めて会った場所。
その時も先生は遅刻で、ナルトが黒板消しで悪戯して先生は簡単に引っかかって。
そしたら「お前らは嫌いだ」なんて言うし。
そのことを言ったら、「今のお前らは好きだよ」と大きい手で頭を撫でてくれる。
久しぶりの先生の温かい手に嬉しくなった。
アカデミーを出て里の中を手を繋いでゆっくり歩く。
私たちの思い出を振り返るように。
最後に第三演習場にたどり着く。
私たち第七班が始まった大事な場所。
私は先生と手を離し、少し前に出てゆっくり振り返る。
「先生」
「ん?」
私が微笑むと先生も微笑み返してくれる。
お互い歳を取った。
私はあの頃より身長もだいぶ伸びて、先生が屈んでくれないと目が合わなかったのに少し顔を上げれば簡単に目が合うぐらいに。
先生は見た目は変わらないけど、目尻に皺が寄るようになった。
もう前に進まなきゃ。
「私、先生のことが好き」
風が吹き、緑の葉が生い茂る木が揺れる。
先生は突然の告白に目を見開いている。
そして何かを考えるように目を伏せて、真っ直ぐ、私の目を見てくる。
「サクラ、それは恋じゃない。寂しいときにオレが側にいて、その安心感を勘違いしてるんだ。オレたちはただ、依存してただけだよ」
先生の言葉に唇を噛み締める。
受け入れられないだろうとは思ってたけど。
「困らせるって分かってた。それでも!それでも・・・私の想いを否定しないでよ・・・」
最初は依存でも。
それでも、里の中で先生を見つけた時、心臓が早くなった。
先生が嬉しそうに笑ったら私も嬉しくなって。
先生に特別な想いを寄せていることに気づくのに時間はかからなかった。
それを否定されて、胸が張り裂けそうなほど痛い。
泣き顔を先生に見せたくなくて手で顔を覆う。
辛くて先生を責めてしまったことに後悔をする。
急いで涙を止めて謝らなきゃ。
そう思ってもなかなか止まらず、目を擦っていると、優しい匂いと温かさに包まれていた。
「せ、せんせ・・・」
「ごめん」
先生はぎゅうっと抱きしめてくれてる。
私はいきなりのことに心臓がバクバクしていると。
「ごめん。でも・・・やっと、お前の願いが叶うんだ。サスケと行け」
先生は体を少し離して、泣きそうに眉を下げて笑う。
なんで先生がそんな顔をするの。
「私だからダメなの?」
──私が生徒だったから?
「違うよ。お前以上に大切な人はいない。オレが臆病なんだ。オレに誰かを幸せに出来ると思えないんだ」
真っ直ぐ先生の目が合っているのに、先生は私を見ていない。
先生はこれからも1人で、友と師を思い、幸せになるつもりはないのだ。
──私が幸せにしてあげる。
それが言えたらいいのに。
私ではダメなんだ。
先生が私を幸せに出来ないように。
「先生。最後に我儘を聞いて」
「・・・・・・」
最後。
その言葉に先生の顔が少し強張る。
「キスして。絶対忘れるから。サスケくんと行くから」
一瞬で掻き抱かれ、先生に強く唇を塞がれる。
すぐに息が苦しくなって口を開くと、その隙に先生の舌が入ってきて舌が絡まる。
口の端から涎が垂れ、拭うことも許されないほどの荒々しいキス。
いつも飄々としてる先生からは考えられないほどの。
私たちは離れないように必死に抱きしめ合った。
それからお互いを貪り合っていた唇が糸をひいて離れる。
先生は肩で息をする私の頬を流れる涙を指で拭ってくれる。
先生は辛そうに笑って。
終わってしまった。
もうこうやって先生が触れてくれることはない。
私たちだけの絆が終わる。
私は最後の悪あがきのように先生に抱きつく。
「先生好きよ。ずっと好きだった」
先生は何を言わず強く抱きしめてくれる。
私は背中に回す腕を緩め体を離す。
手を背中から腕へ、そのままスーと這わせていく。
先生を覚えるように。
そして大好きな手から指先へといき、時間をかけ惜しむように
私はまた1人になる男の手を離した。
****
それから数日後。
サスケくんと旅に出ることを決めた私は、2人の火影のおかげでスムーズに仕事の引き継ぎが終わり、阿吽の門に立っていた。
もちろん隣にはサスケくんがいて。
同期たちと別れの挨拶をし、最後にはナルトとカカシ先生、最初の第七班だけが残っていた。
「あーあ・・・サクラちゃんまで居なくなるなんて寂しくなるってばよ・・・」
「何言ってんのよ。あんたにはヒナタがいるでしょ」
「そうだけどさー・・・サスケ!サクラちゃんを泣かすんじゃないぞ!」
「分かってる」
ナルトは肩を落としたと思ったらサスケくんを指差すとサスケくんがそう返事をしてくれて。
ナルトは満足したのか、私を抱きしめてくる。
「サクラちゃん。サスケが嫌になったらすぐに帰ってこいってばよ!」
「そうならないことを願うわ」
私は苦笑しながら抱きしめ返す。
子供の頃は私の方が大きかったのにすっかり抜かされてしまった。
ナルトは体を離してニシシと笑い、サスケに話しかける。
私はナルトから先生へと向き合う。
「先生。行ってきます」
「うん。行っておいで」
先生はにっこり笑う。
お互い触れはしない。
私は2人に別れを告げ、少し先を行くサスケくんの後を追いかけて隣を歩く。
私は歩く。
大好きな人と、明るい未来へと。
****
彼女は振り返らなかった。
いつも泣いていた雛鳥は最愛の人を見つけ巣立っていった。
それでも故郷を恋しく想う時がくるだろう。
それならばオレはこの地で彼女の帰る道標となろう。
大空へ羽ばたいた君にこの言葉を贈る。
「オレも愛してるよ。これからも」
ずっと
私も一緒に行きたいと言うと、サスケくんは「また今度な」と言って額を指で突いた。
それから早数年。
「六代目、この書類なんですけどー」
私は火影の印が必要な書類を大量に持って執務室のドアを開ける。
「あぁ、サクラ。ちょうど良かった」
名前を呼ばれるものの火影の机にその人物はおらず。
目線を窓側に向けると、窓から飛び立つ鷹の姿が見えた。
そしてそこにいるカカシ先生は何やら手紙を読んで微笑んでいる。
「サスケが帰ってくるみたいだよ」
「・・・え」
サスケ。
サスケくん。
サスケくんが、かえってくる・・・。
「サスケくんが!?」
ようやく先生の言った言葉を理解して思わず手に持つ書類を落としそうになった。
嬉しそうに笑う私に先生は喉の奥で笑う。
「良かったな」
「はい!」
やっとサスケくんが帰ってくる。
ずっと旅に出てて、鷹で報告は来てたから無事なんだってことは分かってたけど。
何年ぶりだろう。
ずっと里にいるんだろうか。
書類を渡してウキウキで仕事場に戻ると、同僚たちから不審がられてしまった。
その日、久しぶりに下忍時代の夢を見た。
まだサスケくんもナルトもいて、不慣れな私たちを守ってくれる、私たちだけのカカシ先生もいて。
もう遠い昔になってしまった、一番楽しかったあの時を。
****
それから数日。
阿吽の門でナルトと一緒にサスケくんを出迎えた。
「よぉ」
「・・・ふん」
たったそれだけだったけど。
それだけで2人は分かり合えるんだから羨ましい。
「──おかえりなさい、サスケくん」
「・・・あぁ」
いつものようにそっけないのに、旅に出てからやはり雰囲気が柔らかくなったみたいで。
それが嬉しい。
「カカシは」
「執務室よ。先生も出迎えるつもりだったみたいだけど、シカマルに捕まっちゃって」
「相変わらずだな、アイツも」
サスケくんは軽く笑って歩き出す。
先生の所在を聞いたということは、先生に報告があるのだろう。
「あ、サスケ!今日の19時、七班で集まるからな!」
ナルトは大声で声をかけると、サスケくんは片手を上げて返事をする。
私とナルトは顔を見合わせて苦笑した。
****
それから夜にいつもの店に集まってサスケくんお帰りなさい会。
サスケくんの隣にナルト、向かいに私、私の隣にサイが座っている。
本当はカカシ先生とヤマト隊長も人数に入ってたけど、先生は相変わらずの忙しさ、ヤマト隊長は大蛇丸の見張りで帰ってこれなかった。
だから今日は子供たちだけ。
見張り役がいないからナルトがすぐにハメを外して、私が怒鳴り、サイは傍観し、サスケは呆れたように飲む。
お互い成人して大人の仲間入りをしたのに、集まれば昔に帰ってしまう。
それから主催者のナルトがベロベロに酔っ払ったのでお開きに。
ナルトはサイに送ってもらい、ほろ酔いの私はサスケくんに。
一人暮らしのアパートに向かう間、ずっと私が話して、サスケくんはずっと聞いているだけ。
これも昔から変わらない、懐かしい光景。
それでも変わったことがある。
昔のサスケくんは無視をしていたのに、今は相槌を打ってくれたり微笑したり。
あの冷たい目をしていたサスケくんが笑っているのを見ると涙が出そうになる。
それから暫く歩いてアパートに着く。
「ありがとう、送ってくれて。気をつけて帰ってね」
「・・・あぁ」
流石に夜遅くに部屋に入れるわけにもいかず、アパートの前で別れる。
サスケくんは返事をするものの、何故か帰ろうとしない。
それにいつもより眉間の皺が深い気がする。
「サスケくん?」
気づかない内に何かしてしまったのかと問いかけると、真剣な目をしたサスケくんと目が合ってドキッとする。
「サクラ」
「な、なに・・・?」
呼ばれて返事をしてもまた黙るサスケくんに緊張がマックスになる。
ようやくサスケくんの口が開いて聞こえたその言葉に、今度は私が固まったのだった。
****
次の日の早朝。
私はまだ誰も活動していない火影棟を登り、執務室のドアをゆっくり開ける。
そこには誰もいないと思っていたのに。
「あれ、サクラ。早いね」
「・・・カカシ先生」
そこには朝日を浴びて仕事をしているカカシ先生がいた。
「先生こそ、早いですね」
「いやー、最近忙しくて休んでなくてね。明日休もうと思って早く来たんだ。サクラこそどうした?」
「うん・・・」
思い悩んでよく眠れず、することもなく里を歩いて、なんとなくここに来た。
本人がいなくてもこの場所にいたくなったから。
まさかいるとは思わなかったけど。
「あのね、カカシ先生」
「うん」
勇気を出して話しかけると、私の様子を察したのかペンを机に置いて向き合ってくれる。
「昨日、サスケくんに、一緒に旅に出ないかって誘われたの」
「うん」
先生は驚かずに頷くから、私が驚いてしまう。
「先生、知ってたの?」
「昨日、サスケが報告に来た時に聞いたよ。帰ってきたのはサクラを迎えに来たからだって」
知らなかった情報に更に目を見開く。
「サクラはどうしたい?」
「まだ、気持ちの整理ができてなくて・・・。先生はどう思う・・・?」
「オレ?オレは嬉しいよ。やっとサクラの想いがサスケに届いたんだからね」
先生はにっこりと笑ってくれる。
いつもと同じ笑顔なのに胸が締め付けられる。
──私は何を期待してたんだろ。
私は唇を噛み締めると、先生は心配そうに呼んでくるので顔を作って上げる。
「ねぇ先生。明日お休みって言ったわよね?」
「え?うん、そのつもりだけど・・・」
「なら、そのお休み私にくれない?」
「え?」
突然のお願いに先生は目を見開く。
私のいつもと違う雰囲気に先生は少し考えて頷く。
「いいよ。でも出来るならお昼ぐらいからがいいかなぁ」
「相変わらずね、先生」
情けなく笑う先生に呆れる私。
「それじゃあ、明日の12時、いつもの場所で。遅れないでよ」
「りょーかい」
ドアを開けながら時間を伝えると、先生は片手を上げて笑う。
それを確認して私はゆっくりドアを閉めて職場へと向かう。
****
次の日。
いつもの、橋の上で先生を待つ。
下忍時代、ここでいつまで経っても来ない先生を3人で文句を言いながら待っていたのを思い出す。
当の本人は2、3時間後に悪びれもなく現れる。
懐かしい、遠い思い出。
「サークラ、お待たせー」
目をつぶって過去に想いを馳せていると、聞き慣れた声に呼ばれて目を開ける。
そこには火影のマントも笠も着けていない、新しい忍服のカカシ先生が手を上げながら近づいてくる。
腕時計を見ると12時ピッタリ。
「やれば出来るじゃない」
「いやー、ははは」
頭を掻いて申し訳なさそうにする先生に苦笑しながら手を差し出す。
その意味が分からないのか先生は私と手を交互に見る。
「ほら、行きましょう。先生」
有無を言わさない微笑むを向けると、先生も眉を下げて笑って手を取ってくれた。
それから手を繋いで思い出の場所を歩く。
お昼なので一楽に行って、3人でどうにかして素顔を見ようとしてた時の話をする。
今は普通に口布を下げて。
他の2人も見たことあるのかと聞いたら、私だけ特別って微笑むから。
私は赤い顔を隠すようにラーメンを啜った。
それから甘味処に行って、綱手の修行の後によく先生を捕まえて奢って貰ってたあんみつを食べる。
先生はいつもの寒天を。
今は大人になってお互いの仕事の愚痴を言いながら甘味を楽しんだ。
それからアカデミーにも行った。
私たちが初めて会った場所。
その時も先生は遅刻で、ナルトが黒板消しで悪戯して先生は簡単に引っかかって。
そしたら「お前らは嫌いだ」なんて言うし。
そのことを言ったら、「今のお前らは好きだよ」と大きい手で頭を撫でてくれる。
久しぶりの先生の温かい手に嬉しくなった。
アカデミーを出て里の中を手を繋いでゆっくり歩く。
私たちの思い出を振り返るように。
最後に第三演習場にたどり着く。
私たち第七班が始まった大事な場所。
私は先生と手を離し、少し前に出てゆっくり振り返る。
「先生」
「ん?」
私が微笑むと先生も微笑み返してくれる。
お互い歳を取った。
私はあの頃より身長もだいぶ伸びて、先生が屈んでくれないと目が合わなかったのに少し顔を上げれば簡単に目が合うぐらいに。
先生は見た目は変わらないけど、目尻に皺が寄るようになった。
もう前に進まなきゃ。
「私、先生のことが好き」
風が吹き、緑の葉が生い茂る木が揺れる。
先生は突然の告白に目を見開いている。
そして何かを考えるように目を伏せて、真っ直ぐ、私の目を見てくる。
「サクラ、それは恋じゃない。寂しいときにオレが側にいて、その安心感を勘違いしてるんだ。オレたちはただ、依存してただけだよ」
先生の言葉に唇を噛み締める。
受け入れられないだろうとは思ってたけど。
「困らせるって分かってた。それでも!それでも・・・私の想いを否定しないでよ・・・」
最初は依存でも。
それでも、里の中で先生を見つけた時、心臓が早くなった。
先生が嬉しそうに笑ったら私も嬉しくなって。
先生に特別な想いを寄せていることに気づくのに時間はかからなかった。
それを否定されて、胸が張り裂けそうなほど痛い。
泣き顔を先生に見せたくなくて手で顔を覆う。
辛くて先生を責めてしまったことに後悔をする。
急いで涙を止めて謝らなきゃ。
そう思ってもなかなか止まらず、目を擦っていると、優しい匂いと温かさに包まれていた。
「せ、せんせ・・・」
「ごめん」
先生はぎゅうっと抱きしめてくれてる。
私はいきなりのことに心臓がバクバクしていると。
「ごめん。でも・・・やっと、お前の願いが叶うんだ。サスケと行け」
先生は体を少し離して、泣きそうに眉を下げて笑う。
なんで先生がそんな顔をするの。
「私だからダメなの?」
──私が生徒だったから?
「違うよ。お前以上に大切な人はいない。オレが臆病なんだ。オレに誰かを幸せに出来ると思えないんだ」
真っ直ぐ先生の目が合っているのに、先生は私を見ていない。
先生はこれからも1人で、友と師を思い、幸せになるつもりはないのだ。
──私が幸せにしてあげる。
それが言えたらいいのに。
私ではダメなんだ。
先生が私を幸せに出来ないように。
「先生。最後に我儘を聞いて」
「・・・・・・」
最後。
その言葉に先生の顔が少し強張る。
「キスして。絶対忘れるから。サスケくんと行くから」
一瞬で掻き抱かれ、先生に強く唇を塞がれる。
すぐに息が苦しくなって口を開くと、その隙に先生の舌が入ってきて舌が絡まる。
口の端から涎が垂れ、拭うことも許されないほどの荒々しいキス。
いつも飄々としてる先生からは考えられないほどの。
私たちは離れないように必死に抱きしめ合った。
それからお互いを貪り合っていた唇が糸をひいて離れる。
先生は肩で息をする私の頬を流れる涙を指で拭ってくれる。
先生は辛そうに笑って。
終わってしまった。
もうこうやって先生が触れてくれることはない。
私たちだけの絆が終わる。
私は最後の悪あがきのように先生に抱きつく。
「先生好きよ。ずっと好きだった」
先生は何を言わず強く抱きしめてくれる。
私は背中に回す腕を緩め体を離す。
手を背中から腕へ、そのままスーと這わせていく。
先生を覚えるように。
そして大好きな手から指先へといき、時間をかけ惜しむように
私はまた1人になる男の手を離した。
****
それから数日後。
サスケくんと旅に出ることを決めた私は、2人の火影のおかげでスムーズに仕事の引き継ぎが終わり、阿吽の門に立っていた。
もちろん隣にはサスケくんがいて。
同期たちと別れの挨拶をし、最後にはナルトとカカシ先生、最初の第七班だけが残っていた。
「あーあ・・・サクラちゃんまで居なくなるなんて寂しくなるってばよ・・・」
「何言ってんのよ。あんたにはヒナタがいるでしょ」
「そうだけどさー・・・サスケ!サクラちゃんを泣かすんじゃないぞ!」
「分かってる」
ナルトは肩を落としたと思ったらサスケくんを指差すとサスケくんがそう返事をしてくれて。
ナルトは満足したのか、私を抱きしめてくる。
「サクラちゃん。サスケが嫌になったらすぐに帰ってこいってばよ!」
「そうならないことを願うわ」
私は苦笑しながら抱きしめ返す。
子供の頃は私の方が大きかったのにすっかり抜かされてしまった。
ナルトは体を離してニシシと笑い、サスケに話しかける。
私はナルトから先生へと向き合う。
「先生。行ってきます」
「うん。行っておいで」
先生はにっこり笑う。
お互い触れはしない。
私は2人に別れを告げ、少し先を行くサスケくんの後を追いかけて隣を歩く。
私は歩く。
大好きな人と、明るい未来へと。
****
彼女は振り返らなかった。
いつも泣いていた雛鳥は最愛の人を見つけ巣立っていった。
それでも故郷を恋しく想う時がくるだろう。
それならばオレはこの地で彼女の帰る道標となろう。
大空へ羽ばたいた君にこの言葉を贈る。
「オレも愛してるよ。これからも」
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