離さないよ
いつものことだった。
カカシ先生の任務が忙しくて1ヶ月ぶりのデート。
デートが決まってから、何を着よう、どこに行こうってドキドキソワソワしていたのだ。
でも。
待ち合わせ場所に先生は現れなかった。
それはいつものことだから待ってたんだけど、さすがに3時間待たされたら堪忍袋の尾が切れる。
どうせ寝てるから迎えに行くか、と先生の家に向かった。
そのとき、私はすごく後悔したのだ。
何故いつもの道で向かわなかったのかを。
先生の家への近道を見つけて、何となく入った。
そこで「先生と入れ違いになったらどうしよう」って思ったけど結局そのまま進んだ。
そこで引き返せば良かった。
路地を曲がった瞬間、私は固まった。
何故なら、そこには半年前に恋仲になった銀髪の男が女とキスをしていたから。
気配に気づいた先生は私と同じように目を見開いていた。
先生が女の人の肩を掴んで離し、潤んだ唇が私の名前を呼ぼうとしていることに気づいて私はその場から駆け出した。
「サクラ!」
路地を全速力で駆け抜ける。
任務の時以上に走っていたのに、それでも中忍と上忍の差はすぐ埋まる。
すぐに腕を掴まれたが振り返らない。
「サクラ・・・」
その声は上司としてではなく、恋人として私を呼ぶ声。
思わず振り返りそうになったが、私は唇を噛み締める。
「ごめん・・・」
先生はすぐに謝ってあの時の状況を説明した。
あの人は他国の使者で、綱手から内密の任務で街を案内していたらしい。
その人は出来るだけ人に会わずに町を見たいと言ったので、狭い路地を使って移動していた時。
その女の人はいきなり先生の胸ぐらを掴んで唇を合わせてきた。
先生は慌てて体を離そうとしたときに私が出くわしたのだ。
そう先生は申し訳なさそうに眉を下げて私に話をしてくれた。
でも私が気にしているのはそこじゃない。
先生はーー。
「今日約束してたの覚えてた?」
私は俯きいつもより低い声で呟くと、先生の息が詰まるのを感じた。
ーー忘れてたんだ。
任務が入るのはしょうがない。
先生は上忍で忙しいことは分かっていた。
でも、先生が約束を忘れるのはこれが初めてじゃない。
それでも遅れてきたり、寝てたり。
いつも怒ってたけど結局は許してた。
でも今回は完全に忘れて任務を入れた。
任務が入ったことを私に伝ようということも考えなかったのだ。
ここ数日、私は浮かれてたのに。
久しぶりに会えるからなかなか寝付けなかったのに。
私だけだったんだ。
ーーあぁ・・・疲れた。
「サク・・・」
顔を上げた私を見て先生は今まで見たことないぐらい驚いていた。
多分、私の目が据わっていたからだろう。
「もういい」
そう呟き、私はまた駆け出す。
今度は追いかけてこなかった。
「ハァ・・・ハァ・・・」
終始全力で走り、一人暮らしをする家に入る。
玄関のドアにもたれかかり、そのままズルズルしゃがみ込む。
「う・・・くぅ・・・」
私は膝を抱え込み、声を殺して泣いた。
私から告白をして。
恋人になったことに浮かれていたのは私だけ。
会う約束をするのはいつも私から。
先生は私の我儘に付き合っただけなんだ。
あの場に遭遇しなかったら先生は絶対にキスのことを言わなかった。
その程度なのだ、私は。
先生が今まで付き合ってきた人たちと何も変わらない。
結局、私は先生の特別にはなれなかった。
****
先生とはあれから会っていない。
先生は任務で忙しいし、私も仕事があったから。
でも。
ピンポーン
ーーきた。
私はその音を聞いてバレているであろう気配を消す。
あれから先生は毎日夜に私の部屋を訪れる。
今まで先生から私の部屋に来たことはなかったのに。
私は悔しいから絶対出ない。
毛布を頭から被り、先生が帰るまで隠れる。
先生はインターホンを鳴らして30分から1時間程、私の部屋の前から動かない。
先生は先日のことを謝りに来てくれているのだ。
ドアを開けて、いつものように怒った後に笑って許せばいい。
そう思っても、体が動かない。
ベッドの上で蹲って暫くすると先生の気配が離れていく。
それを感じ取り、毛布から顔を出す私の瞳からは涙が溢れ出す。
先生を想えば想うほど、先生を許せない自分が許せなくなる。
先生が帰ったあと、涙を流し寝付く頃には朝日が昇るという日々を過ごしていた。
****
あれから1か月。
先生に長期の任務が入ったと綱手から聞いて、ほっとした。
先生が帰ってくるまでに心を落ち着かせよう。
もう別れ話になるかもしれないけど、私が子供だったから。
別れたとしても先生は私を避けたりしない。
先生は傷つかない。
だって私の遊びに付き合っただけなんだから。
「春野さん。良かったらこの後一緒にご飯どう?」
定時終わり。
帰ろうとすると同僚の男性に声をかけられた。
仕事が出来るのにそれを鼻にかけず、気さくで優しいと女性たちに人気のある人だった。
ただ家に帰るだけだし、断る理由もなかったから頷いて一緒に並んでお店に向かった。
「春野さん、まだ未成年だったよね。それだったら居酒屋じゃない方がいいかな」
「え、いえ、大丈夫ですよ。師匠に何回も連れて行かれてるので」
「そう?それじゃ居酒屋にしようか。オレが誘ったから今日は奢りだから遠慮しないで食べて」
「あ、ありがとうございます・・・」
甘いフェイスで微笑みかけられたら、イケメン好きの私はすぐに顔が赤くなる。
先生の素顔を初めて見た時も、まさかの端正な顔立ちで、真っすぐ先生の顔が見れなくてからかわれていた頃が懐かしい。
お店に向かうときも、同僚は気を使ってずっと話をしてくれる。
先生は自分から話すタイプじゃないから私がずっと話して先生が相槌を打つだけ。
先生より背が低いから、横に立っても見上げなくても顔が見れる。
先生はーー。
そこまで考えて、他の人といるのにずっと先生のことを考えてる自分に苦笑する。
せっかく誘ってもらったんだから、先生のことは忘れて楽しまないと!
****
「今日はありがとうございました」
「いや、オレも楽しかったよ。ありがとう」
居酒屋に入った時はまだ明るかったのに、すっかり暗くなっていた。
医療のこととか昔の医務室の話とか、楽しくて話が途切れなかった。
「それじゃあ、これで失礼します」
「あ、待って!もう遅いし送るよ」
「いえ、大丈夫ですよ。家も近いですし、これでも五代目の弟子なので襲われても返り討ちに出来るので」
遅いと言ってもまだ20時過ぎ。
怪力で有名な私を女の子扱いしてくれるなんて、人気なのも頷ける。
「いや・・・そうじゃなくて」
急に歯切れが悪くなって首を傾げる。
「・・・春野さん、好きな人とかいる?」
「え」
「もしかして、彼氏とかいるのかな」
その言葉で、ようやく何を言いたいのか分かって戸惑う。
カカシ先生のことは誰にも話してない。
もしバレて非難されるのは教え子に手を出した先生だけだ。
カカシ先生に迷惑かけたくない。
けど、一応まだ先生と付き合ってることになってるし、彼氏いるって言えば絶対誰かを聞かれるだろうし。
どうしよう、と悩んでいるといきなり肩を掴まれる。
「もし、いないんだったらオレと・・・」
頬を染めた彼の顔がだんだん近づいてくる。
ヤバイ、って思った瞬間、後ろから力強く引っ張られる。
バランスを崩して引っ張ってきた人の胸にぶつかって、顔を上げてその人物に目を見開く。
「カカシ先生・・・」
名前を呼ぶと、先生は表情を変えずに私を見て彼に顔を向ける。
「は、はたけ上忍・・・!?」
彼は突然現れた先生にすごい驚いていた。
そりゃいきなり里一と言われるカカシ先生が目の前に現れたらビックリするだろう。
私だって聞こえてるんじゃないかって思うぐらい心臓がすごい跳ねてる。
長期の任務に出てると言われていたのに。
「悪いけど、この子はダメだよ」
「か、カカシ先生!?」
「ダメって・・・それは、春野さんがはたけ上忍の教え子だったからですか」
同僚は睨むように先生を見て、先生は何を考えているのか分からない顔で笑った。
まさか・・・。
「いいや。サクラはオレの恋人だから」
そう言って先生は私の手を引っ張ってその場を離れようとする。
私は後ろを振り返ると、同僚はポカーンと口を開いたまま固まっていた。
「せ、先生・・・待って・・・」
私は足がもつれそうになりながら早歩きで先生に引っ張られていく。
いつもなら私の歩幅に合わせて歩いてくれるのに、今の先生は気が急いているようで。
初めて見た余裕のない先生の姿に、胸がキュンッとした。
****
部屋に入るなり先生に後ろから抱きつかれている。
ほのかにアルコールの匂いもする。
「先生・・・お酒飲んだの?」
「ん・・・一緒に帰還した奴らと。本当はすぐにでもサクラに逢いに行きたかったんだけど、断れなくて」
先生はそう言って私の肩に頭をスリスリと擦り付ける。
普段の先生からは想像出来ないほどに甘えてきてる。
こんな先生初めてで、どうしたらいいのか分からず固まる。
「せ、先生、お水飲む?」
「いい」
なんとかして離れようとするけど、先生は更に体をくっ付ける。
否応なしに速くなる鼓動。
きっと先生にも聞こえてるはず。
「サクラぁ」
「なに?」
「オレと別れたいの?」
「な、急になに」
驚いて先生の顔を見たくても、肩に顔を埋めてて見えない。
「もういいって、会いにいっても会ってくれなかった」
「あれは・・・」
確かに忘れてたことは怒ってるけど。
会わなかったのは、先生を許せない自分が嫌で、その状態でちゃんと先生と話せないと思って。
なんて言ったらいいのか、悩んでいるとぎゅっと腕が強くなる。
「あの男だれ」
先生が言っているのはさっきのことだろう。
そういえば、何も言えずに帰ってしまったな。
「同僚よ。ご飯に誘われたの」
「それで言い寄られてたんだ」
「う・・・」
あれはそう言う意味で聞いたんだろうな。
タイミングよく先生が現れなかったらキスされてたかもしれない。
「サクラを誰にも渡したくない」
縋るようなその声に、胸が高鳴る。
「これからは約束忘れないから・・・」
「オレを捨てないで、サクラ・・・」
こんな弱々しい先生見たことがない。
先生は私のことなんとも思ってないと思ってた。
私が可哀想だから無理に恋人ごっこに付き合ってくれてるんだって。
そう思ってたけど。
このとき、初めて先生が私のことを想ってくれてることを知ることが出来た。
嬉しくて目が潤み出した時、急に背中に覆い被さる先生の重さが増す。
「先生?」
様子を伺うと、耳元で規則正しい寝息が聞こえてきた。
これは。
私は今、玄関で先生に後ろから抱きつかれてて。
その先生はお酒の力で夢の世界へ。
「せ、先生!寝るならちゃんとベッドに行って!」
私は先生の腕を叩くも、「うん」と返事するだけで起きる気配はない。
細いといっても大の男。
しかも完全に体重を預けられてて。
私がこれからしなきゃいけないことを理解して思い切りため息を吐いた。
「よいしょ・・・」
私は頑張って先生を引きずってベッドに寝かせた。
当の本人は気持ちよさそうに寝ていて、私は眉を下げて頬を緩ませる。
そんな顔を見てたら悪戯心が沸いてきて、先生の鼻を摘むと「ふがっ」と声をあげて、声を殺して笑った。
任務中、私のことで気に病んでくれてたのかな。
せっかくの打ち上げも、私のこと気にして楽しめなかったのかな。
任務帰りでお酒も飲んで早く帰りたかっただろうに、それでも私のこと探しに来てくれたのかな。
いつも飄々としてて本心を見せてくれない人。
その片鱗が見れたことが嬉しくて。
私は先生の手に指を絡めてぎゅっと繋ぐ。
「私はもう先生を離す気ないから、今度はちゃんと目を見て言ってね?」
絡めた手にキスをすると、先生の口角が上がった気がした。
カカシ先生の任務が忙しくて1ヶ月ぶりのデート。
デートが決まってから、何を着よう、どこに行こうってドキドキソワソワしていたのだ。
でも。
待ち合わせ場所に先生は現れなかった。
それはいつものことだから待ってたんだけど、さすがに3時間待たされたら堪忍袋の尾が切れる。
どうせ寝てるから迎えに行くか、と先生の家に向かった。
そのとき、私はすごく後悔したのだ。
何故いつもの道で向かわなかったのかを。
先生の家への近道を見つけて、何となく入った。
そこで「先生と入れ違いになったらどうしよう」って思ったけど結局そのまま進んだ。
そこで引き返せば良かった。
路地を曲がった瞬間、私は固まった。
何故なら、そこには半年前に恋仲になった銀髪の男が女とキスをしていたから。
気配に気づいた先生は私と同じように目を見開いていた。
先生が女の人の肩を掴んで離し、潤んだ唇が私の名前を呼ぼうとしていることに気づいて私はその場から駆け出した。
「サクラ!」
路地を全速力で駆け抜ける。
任務の時以上に走っていたのに、それでも中忍と上忍の差はすぐ埋まる。
すぐに腕を掴まれたが振り返らない。
「サクラ・・・」
その声は上司としてではなく、恋人として私を呼ぶ声。
思わず振り返りそうになったが、私は唇を噛み締める。
「ごめん・・・」
先生はすぐに謝ってあの時の状況を説明した。
あの人は他国の使者で、綱手から内密の任務で街を案内していたらしい。
その人は出来るだけ人に会わずに町を見たいと言ったので、狭い路地を使って移動していた時。
その女の人はいきなり先生の胸ぐらを掴んで唇を合わせてきた。
先生は慌てて体を離そうとしたときに私が出くわしたのだ。
そう先生は申し訳なさそうに眉を下げて私に話をしてくれた。
でも私が気にしているのはそこじゃない。
先生はーー。
「今日約束してたの覚えてた?」
私は俯きいつもより低い声で呟くと、先生の息が詰まるのを感じた。
ーー忘れてたんだ。
任務が入るのはしょうがない。
先生は上忍で忙しいことは分かっていた。
でも、先生が約束を忘れるのはこれが初めてじゃない。
それでも遅れてきたり、寝てたり。
いつも怒ってたけど結局は許してた。
でも今回は完全に忘れて任務を入れた。
任務が入ったことを私に伝ようということも考えなかったのだ。
ここ数日、私は浮かれてたのに。
久しぶりに会えるからなかなか寝付けなかったのに。
私だけだったんだ。
ーーあぁ・・・疲れた。
「サク・・・」
顔を上げた私を見て先生は今まで見たことないぐらい驚いていた。
多分、私の目が据わっていたからだろう。
「もういい」
そう呟き、私はまた駆け出す。
今度は追いかけてこなかった。
「ハァ・・・ハァ・・・」
終始全力で走り、一人暮らしをする家に入る。
玄関のドアにもたれかかり、そのままズルズルしゃがみ込む。
「う・・・くぅ・・・」
私は膝を抱え込み、声を殺して泣いた。
私から告白をして。
恋人になったことに浮かれていたのは私だけ。
会う約束をするのはいつも私から。
先生は私の我儘に付き合っただけなんだ。
あの場に遭遇しなかったら先生は絶対にキスのことを言わなかった。
その程度なのだ、私は。
先生が今まで付き合ってきた人たちと何も変わらない。
結局、私は先生の特別にはなれなかった。
****
先生とはあれから会っていない。
先生は任務で忙しいし、私も仕事があったから。
でも。
ピンポーン
ーーきた。
私はその音を聞いてバレているであろう気配を消す。
あれから先生は毎日夜に私の部屋を訪れる。
今まで先生から私の部屋に来たことはなかったのに。
私は悔しいから絶対出ない。
毛布を頭から被り、先生が帰るまで隠れる。
先生はインターホンを鳴らして30分から1時間程、私の部屋の前から動かない。
先生は先日のことを謝りに来てくれているのだ。
ドアを開けて、いつものように怒った後に笑って許せばいい。
そう思っても、体が動かない。
ベッドの上で蹲って暫くすると先生の気配が離れていく。
それを感じ取り、毛布から顔を出す私の瞳からは涙が溢れ出す。
先生を想えば想うほど、先生を許せない自分が許せなくなる。
先生が帰ったあと、涙を流し寝付く頃には朝日が昇るという日々を過ごしていた。
****
あれから1か月。
先生に長期の任務が入ったと綱手から聞いて、ほっとした。
先生が帰ってくるまでに心を落ち着かせよう。
もう別れ話になるかもしれないけど、私が子供だったから。
別れたとしても先生は私を避けたりしない。
先生は傷つかない。
だって私の遊びに付き合っただけなんだから。
「春野さん。良かったらこの後一緒にご飯どう?」
定時終わり。
帰ろうとすると同僚の男性に声をかけられた。
仕事が出来るのにそれを鼻にかけず、気さくで優しいと女性たちに人気のある人だった。
ただ家に帰るだけだし、断る理由もなかったから頷いて一緒に並んでお店に向かった。
「春野さん、まだ未成年だったよね。それだったら居酒屋じゃない方がいいかな」
「え、いえ、大丈夫ですよ。師匠に何回も連れて行かれてるので」
「そう?それじゃ居酒屋にしようか。オレが誘ったから今日は奢りだから遠慮しないで食べて」
「あ、ありがとうございます・・・」
甘いフェイスで微笑みかけられたら、イケメン好きの私はすぐに顔が赤くなる。
先生の素顔を初めて見た時も、まさかの端正な顔立ちで、真っすぐ先生の顔が見れなくてからかわれていた頃が懐かしい。
お店に向かうときも、同僚は気を使ってずっと話をしてくれる。
先生は自分から話すタイプじゃないから私がずっと話して先生が相槌を打つだけ。
先生より背が低いから、横に立っても見上げなくても顔が見れる。
先生はーー。
そこまで考えて、他の人といるのにずっと先生のことを考えてる自分に苦笑する。
せっかく誘ってもらったんだから、先生のことは忘れて楽しまないと!
****
「今日はありがとうございました」
「いや、オレも楽しかったよ。ありがとう」
居酒屋に入った時はまだ明るかったのに、すっかり暗くなっていた。
医療のこととか昔の医務室の話とか、楽しくて話が途切れなかった。
「それじゃあ、これで失礼します」
「あ、待って!もう遅いし送るよ」
「いえ、大丈夫ですよ。家も近いですし、これでも五代目の弟子なので襲われても返り討ちに出来るので」
遅いと言ってもまだ20時過ぎ。
怪力で有名な私を女の子扱いしてくれるなんて、人気なのも頷ける。
「いや・・・そうじゃなくて」
急に歯切れが悪くなって首を傾げる。
「・・・春野さん、好きな人とかいる?」
「え」
「もしかして、彼氏とかいるのかな」
その言葉で、ようやく何を言いたいのか分かって戸惑う。
カカシ先生のことは誰にも話してない。
もしバレて非難されるのは教え子に手を出した先生だけだ。
カカシ先生に迷惑かけたくない。
けど、一応まだ先生と付き合ってることになってるし、彼氏いるって言えば絶対誰かを聞かれるだろうし。
どうしよう、と悩んでいるといきなり肩を掴まれる。
「もし、いないんだったらオレと・・・」
頬を染めた彼の顔がだんだん近づいてくる。
ヤバイ、って思った瞬間、後ろから力強く引っ張られる。
バランスを崩して引っ張ってきた人の胸にぶつかって、顔を上げてその人物に目を見開く。
「カカシ先生・・・」
名前を呼ぶと、先生は表情を変えずに私を見て彼に顔を向ける。
「は、はたけ上忍・・・!?」
彼は突然現れた先生にすごい驚いていた。
そりゃいきなり里一と言われるカカシ先生が目の前に現れたらビックリするだろう。
私だって聞こえてるんじゃないかって思うぐらい心臓がすごい跳ねてる。
長期の任務に出てると言われていたのに。
「悪いけど、この子はダメだよ」
「か、カカシ先生!?」
「ダメって・・・それは、春野さんがはたけ上忍の教え子だったからですか」
同僚は睨むように先生を見て、先生は何を考えているのか分からない顔で笑った。
まさか・・・。
「いいや。サクラはオレの恋人だから」
そう言って先生は私の手を引っ張ってその場を離れようとする。
私は後ろを振り返ると、同僚はポカーンと口を開いたまま固まっていた。
「せ、先生・・・待って・・・」
私は足がもつれそうになりながら早歩きで先生に引っ張られていく。
いつもなら私の歩幅に合わせて歩いてくれるのに、今の先生は気が急いているようで。
初めて見た余裕のない先生の姿に、胸がキュンッとした。
****
部屋に入るなり先生に後ろから抱きつかれている。
ほのかにアルコールの匂いもする。
「先生・・・お酒飲んだの?」
「ん・・・一緒に帰還した奴らと。本当はすぐにでもサクラに逢いに行きたかったんだけど、断れなくて」
先生はそう言って私の肩に頭をスリスリと擦り付ける。
普段の先生からは想像出来ないほどに甘えてきてる。
こんな先生初めてで、どうしたらいいのか分からず固まる。
「せ、先生、お水飲む?」
「いい」
なんとかして離れようとするけど、先生は更に体をくっ付ける。
否応なしに速くなる鼓動。
きっと先生にも聞こえてるはず。
「サクラぁ」
「なに?」
「オレと別れたいの?」
「な、急になに」
驚いて先生の顔を見たくても、肩に顔を埋めてて見えない。
「もういいって、会いにいっても会ってくれなかった」
「あれは・・・」
確かに忘れてたことは怒ってるけど。
会わなかったのは、先生を許せない自分が嫌で、その状態でちゃんと先生と話せないと思って。
なんて言ったらいいのか、悩んでいるとぎゅっと腕が強くなる。
「あの男だれ」
先生が言っているのはさっきのことだろう。
そういえば、何も言えずに帰ってしまったな。
「同僚よ。ご飯に誘われたの」
「それで言い寄られてたんだ」
「う・・・」
あれはそう言う意味で聞いたんだろうな。
タイミングよく先生が現れなかったらキスされてたかもしれない。
「サクラを誰にも渡したくない」
縋るようなその声に、胸が高鳴る。
「これからは約束忘れないから・・・」
「オレを捨てないで、サクラ・・・」
こんな弱々しい先生見たことがない。
先生は私のことなんとも思ってないと思ってた。
私が可哀想だから無理に恋人ごっこに付き合ってくれてるんだって。
そう思ってたけど。
このとき、初めて先生が私のことを想ってくれてることを知ることが出来た。
嬉しくて目が潤み出した時、急に背中に覆い被さる先生の重さが増す。
「先生?」
様子を伺うと、耳元で規則正しい寝息が聞こえてきた。
これは。
私は今、玄関で先生に後ろから抱きつかれてて。
その先生はお酒の力で夢の世界へ。
「せ、先生!寝るならちゃんとベッドに行って!」
私は先生の腕を叩くも、「うん」と返事するだけで起きる気配はない。
細いといっても大の男。
しかも完全に体重を預けられてて。
私がこれからしなきゃいけないことを理解して思い切りため息を吐いた。
「よいしょ・・・」
私は頑張って先生を引きずってベッドに寝かせた。
当の本人は気持ちよさそうに寝ていて、私は眉を下げて頬を緩ませる。
そんな顔を見てたら悪戯心が沸いてきて、先生の鼻を摘むと「ふがっ」と声をあげて、声を殺して笑った。
任務中、私のことで気に病んでくれてたのかな。
せっかくの打ち上げも、私のこと気にして楽しめなかったのかな。
任務帰りでお酒も飲んで早く帰りたかっただろうに、それでも私のこと探しに来てくれたのかな。
いつも飄々としてて本心を見せてくれない人。
その片鱗が見れたことが嬉しくて。
私は先生の手に指を絡めてぎゅっと繋ぐ。
「私はもう先生を離す気ないから、今度はちゃんと目を見て言ってね?」
絡めた手にキスをすると、先生の口角が上がった気がした。
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