このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

short.1

あの人が私の名前を呼ぶ時、師としてではない別の気持ちが込められて、ナルトたちに向けるときとは違う瞳で私に笑いかけていた気がする。

いや。
私は気づいていた。
気づいていながら私は向けられる好意から逃げて別の男と結婚した。
その人は私がずっと追いかけてきた初恋の人で。
一緒に旅に出ると言った時、赤子を連れ帰った時。
彼は一瞬泣きそうな顔をして元に戻るのだ。
たぶん、それに気づけるのは私だけ。
何重にも本音が見えないように壁を作っているのに。
私といる時だけその壁が脆くなる。


あの日。
サスケくんと里を出て、門が見えなくなるところで振り返ったら先生だけはずっと見ていたのを今でも覚えている。
その姿が、置いていかれる子供のように見えたのだ。

もし、握った手があの人だったら。
逃げないであの人の気持ちに向き合っていたら。
どんな未来が訪れたのだろうか。



もし生まれ変わったら。
その時、あの人がそばにいてあの瞳を向けてくれたら。


私はあの手を──。




****



「──の」

ぷかぷか気持ちよく浮かんでいると、誰かが呼ぶ声が聞こえる。

「──るの」

低いけど、優しくて、聞きやすい声。
その声が好きで、撫でてくれる温かい手も好きで。
きつい演習でも2人に頑張って付いていったら褒めてくれた。
その手で頭を撫でて欲しくて。
その笑顔が見たくて。


──あぁ、懐かしい。



「春野サクラ!」


頭を何かで叩かれる。
その衝撃に俯かせてた体を勢いよく上げる。
そこには、本を丸めて持った男の人が私を見下ろしていた。

「・・・カカシ先生」
「おはよう。暖かくなってきたからって気が緩んでるんじゃないか」
「すみません・・・」

先生は呆れた様に笑って教壇に戻っていく。
クラスメイトが小さく笑っているのが聞こえて恥ずかしくて顔が赤くなる。
何より、先生に寝顔を見られたかと思うと尚更。


「明日は卒業式だから、寄り道せずに明日に備える様に。以上。解散」

担任であるカカシ先生はそう言うとすぐに教室を出て行く。
それを合図に皆が帰り支度を始め、私のところに悪友であるいのが近づいてくる。

「珍しいわね。優等生のあんたが居眠りなんて。最後の最後にやらかしてて面白かったわ」
「面白くないわよ・・・」

ニヤニヤと笑ういのに、私は大きくため息をついた。


「ねぇ、今からみんなでカラオケ行こうかって。卒業前祝い!」

いのが後ろを指差して、その方向を見ると1年の頃から仲良くしてるナルト、サスケ、ヒナタやキバたちが集まっていた。
私が見ていることに気づいたナルトが嬉しそうに腕を振っている。

「んー・・・私、これからカカシ先生に借りた本返しに行くからいいわ」
「すぐ終わるでしょ?そのぐらい待つわよ」
「学校の中も見て周りたいから」
「そ?」

「明日の卒業祝いは参加しなさいよね」といのは私に指を指してナルトたちの元へと向い、ぞろぞろと教室を出て行く。
ナルトは寂しそうに振り返ったので、私は手を振って見送った。

「さてと・・・」

私は小さく息を吐いて立ち上がった。



****



こん、こん、こん。


「どうぞー」

中から伸びた返事が返ってくる。

「失礼します」

ドアを開けると、何かの書類を見ながらコーヒーを飲んでいた先生が振り向く。

「おー、春野。どうした?」

HRや授業では付けないメガネ姿で微笑まれて心臓が跳ねる。

「前に借りた本を返しに来ました」
「あぁ。どうだった?」
「面白かったです。あんまりこういうの選ばないから新鮮で」

「それは良かった」と嬉しそうに目尻に小さい皺を寄せて笑う。
こうやって先生と話せるのも最後。
そう思ったら目が離せなくて、視線に気づいた先生と目が合う。

「どうした?」
「あ、いえ・・・」

恥ずかしくて顔を逸らす。
すると、いきなり後ろのドアが開く音がして振り返ると、そこには。



「カカシー、あら、サクラちゃん」
「リン先生・・・こんにちは」
「こんにちは。ごめんなさい、お邪魔だったかしら」
「いえ!そんな・・・」
「リン。ドア開けるときはノックしろっていつも・・・」
「カカシだってノックしないでしょ」

リン先生は年上だと忘れそうなるほど可愛く笑いかけてくる。
呆れる先生に近寄り、書類を渡して何か話し始める。

私はどうしたらいいのか分からず視線を下げると、リン先生のお腹が目に入る。
細身の彼女には不釣り合いな大きいお腹。
保健医である彼女は私たちが卒業する今月で寿退社することになっている。
マドンナと言われている彼女の寿退社と妊娠を全校集会で発表されたとき、ほとんどの男子たちが落胆していた。

仲睦まじく話す2人。
カカシ先生とリン先生は幼馴染なんだそうだ。
クラス委員である私はよくここに来るので、その時にリン先生と仲良くなって色々話を聞いた。
リン先生の旦那さんも2人の幼馴染で、警察官をしているらしい。
時々学校近くでお年寄りをおんぶしている人を見かけたことがあるから、たぶんその人だろう。
その人がどれだけかっこいいか、ずっと惚気話を聞かされてきた。
そしてリン先生を見るカカシ先生の気持ちにも気づいてしまった。


だって、その眼差しは私が昔向けられていたものだったから。



今より遥か昔。
平穏な今と違って、命をかけて守り戦っていた時代。
私は前世のときのことを覚えている。

きっかけは、高校に入学したとき。
ナルトやいのを見た時、昔の記憶がシャボン玉のように弾けて思わず泣いてしまった。
いきなり目の前で私が泣き出したものだから、それをきっかけにみんなとまた仲良くなれた。

そして1年の担任がカカシ先生だったときは本当に驚いた。
口布じゃなくてマスクだったけど、寝むそうな目とヤル気のない性格が昔と全く一緒で笑ってしまった。
急に笑った私に、先生はクラス委員に任命して3年間こき使ってきた。
嫌々している様に装ってたけど、内心すごい嬉しかった。
他の生徒より特別な感じがして。
昔と変わらない顔で笑ってくれて。


でも。
先生の特別は別の人に向けられてるってすぐに分かった。
いつも一緒にいる2人に、いのは「付き合ってるの?」と直接聞いて2人とも否定してた。
でも嘘なんじゃないかってぐらいお互い特別な雰囲気を出していた。


それを見たときに、私は失恋した。
きっと、先生の好意を無碍にした前世のバチが当たったのだ。
それから私は自分の想いを隠して3年間過ごしてきた。

卒業まであと少し。この苦しい時間も終わる。
そう思っていた矢先、リン先生の結婚が発表されたのだ。
相手はカカシ先生じゃなかった。
なんで、どうして。
そう思っても2人に聞けるわけなかった。



「ごめんね、サクラちゃん」

その言葉で意識が戻される。

「明日で最後なのに邪魔しちゃって。書類渡しに来ただけだから。明日、頑張ってね」

リン先生はそう言って手を振って部屋を出て行った。
そういうリン先生だってあと数日でここから居なくなるのに・・・。



「・・・早いもんだな」

先生の言葉に見ると、腕を組んで何か考えているように見えた。
居なくなるリン先生のことを考えているように見えて、胸が苦しくなる。

「・・・そうですね。でもすぐ会えますよ」
「・・・どうかな。忘れられそうだけど」
「そんな・・・。結婚したからって」
「え、春野結婚するの?」

先生は目を見開いてとんでもないことを聞いてくる。
結婚?誰が?私が?

「し、しませんよ!?」

両手を横にぶんぶん振って否定する。
私たちはお互いに首を傾げる。
これって・・・。


「・・・春野、誰のこと話してる?」
「誰って、リン先生・・・」
「リン?なんで?」
「なんでって・・・カカシ先生はリン先生のことが・・・」
「は!?」

先生はいつもは半分しか開いていない目を大きく見開く。
そして頭を抱えて大きくため息をついている。

「そりゃ伝わらないわけだ・・・」
「え?」

ボソッと何かを呟いたようだが、聞こえなくて聞き返すと先生は顔を上げる。

「オレが話してたのは春野のことだよ」
「え、私?」

今度は私がビックリして、先生は苦笑する。

「本当、お前は相変わらずだねぇ」

そう先生は目を細め、私を見つめてくる。
その瞳が、昔の先生を彷彿とさせて胸が高鳴る。



「明日、卒業式のあと何か予定入ってる?」
「明日ですか?いのたちと卒業祝いする予定ですけど・・・」
「話があるんだ。桜の木の下・・・は、毎年人が多いな。明日は用事の前にここに来て」
「いいですけど・・・今じゃダメなんですか?」
「うん、明日じゃないと意味がない」
「はぁ・・・」

先生が何を考えてるのか分からず首を傾げていると、先生に手招きをされて近づく。
するといきなり手を握られて引っ込めようとするが、更に強く握られる。

「え、あの!?」
「明日、忘れないでね」
「せ、先生じゃないんだから・・・」

ははっ、と先生は笑う。
いつも授業を忘れてここで本を読み耽っている先生を呼びにくるのがクラス委員の私の仕事だった。
それも明日で終わり。
卒業したら私たちはただの男と女になる。



「サクラ」

初めて名前を呼ばれて驚いて先生を見ると、その瞳は私が求めていたもので。


「今度は逃がさないよ」


139/179ページ