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木ノ葉と他里の戦闘が激化し、後発部隊の中にカカシ先生が選ばれた。
上忍で里一の忍である先生が選ばれるのは当然で。
でも先発隊に何人もの犠牲者が出ている。
どんなに強くても、今回は絶対生き残れる保証はどこにもない。

先生が里を出る前日の夜、私は先生にしがみついて大泣きしていた。
忍であれば死からは逃れられない。
それは下忍になった頃から先生に幾度も教え込まれた。

分かっていても。
この温かさが離れていくのが怖くて、私は身体中の水分が出ているのではないかというほど何時間も泣いていた。


「サクラ」

泣いている間頭を撫でていた手が頬に添えられて顔を上げられる。

「この闘い、どうなるか分からない。もしかしたら戻って来れないかもしれない」

そう言うと、サクラの真っ赤になった目が更に潤んで溢れる。


「オレみたいな忍は何も残すことが出来ない。だから・・・」


「サクラの中にオレを残させて」


それは。
いつもは避妊しているけど、今日は。

私が頷くと、先生は微笑んで唇を合わせてベッドに押し倒す。
何回も、何回も、角度を変えて深くキスをする。



「せんせ・・・ちゃんと私の所に帰ってきて・・・」

先生に抱かれながらそう呟くと、額に汗を浮かべる先生は曖昧に笑って何度目かのキスをくれた。






****



私の願いは残酷にも散った。



後発部隊が参戦したことによって、戦は木ノ葉の勝利で終わった。
しかし、この闘いで木ノ葉に幾人もの犠牲者が出た。
勝利をもたらした英雄たちは慰霊碑に刻まれることになった。
そしてその中にはーー。




負傷した仲間に敵の攻撃が向けられ、味方を庇った際に致命傷を負った。
カカシは死んだ。




綱手に呼び出されて告げられた言葉。
私の頭は拒否反応を示していた。

だって。

その言葉を理解しなかったら、受け入れなかったら。
今、後ろのドアからあの人がヘラヘラ笑いながらで入ってくるかもしれない。



でもまた私の願いは叶わなくて。

綱手の側に立ち、先生と一緒に戦地に赴いていたアスマ先生が私に歩み寄ってくる。
私の手を掴み、ある物を握らせた。
それは大小の傷が金属部分に所々ついていて、布はほつれ、破れたところを縫い直したところもあった。

持ち主が長年命をかけて闘ってきた証。

それを見た瞬間、膝から崩れ落ち、私の涙は決壊したかのように溢れ出す。
名前なんてなくても分かる。
だって、ずっと見てきたんだから。


ーーあぁ、死んじゃったんだカカシ先生。


私はみんなが見ているのに子供のように泣き叫んだ。



****


それから私はカカシ先生の部屋に引きこもっていた。
綱手の計らいで仕事も休ませてもらっている。
時々いのやナルトが心配して訪れてくれるが会っていない。
その時にご飯を置いていってくれる。


私は1日のほとんどをベッドで過ごしていた。
先生の匂いが染み込んだ布団に包まれて目を瞑る。
夢の中だけでも先生に会いたいから。
先生の額当てを四六時中手に持って、先生を想って寝る。





先生の訃報を聞いてから1ヶ月余り。
先生の匂いなんてもう残っていない部屋で私は未だに引きこもっていた。
この部屋から出たら、先生がいないという現実に向き合わないといけないから。

 

そんなある日。


「サクラーー!!あんたいい加減出てきなさいよ!」

親友の声とドアを激しく叩く音で幸せな夢の中から無理やり起こされた。

「辛いのは分かるけど、そんなんじゃカカシ先生が浮かばれないでしょうが!!」



ガチャ・・・



ドアを開けると、眉を釣り上げるいのと、反対に眉を下げるナルトが立っていた。

「やっと出てきた・・・ってサクラ、顔色悪いけどちゃんと食べてるの?」
「食欲ない・・・それに食べても戻しちゃうから・・・」
「あんたね・・・なんでそんな状態なのに病院に来ないのよ!」

「ここから、離れたくなくて・・・」
「サクラちゃん・・・」

手に持った額当てを握りしめる私を、ナルトは泣きそうな顔で見つめてくる。

「とりあえず、病院行くわよ」

いのに手を引っ張られて外に出ると、1ヶ月ぶりの太陽に目が眩んで目の前が真っ白になり、ナルトの呼ぶ声を最後に意識を離した。






『サクラ』

もうずっと聞いていない大好きな声が聞こえた気がして涙が溢れる。

「先生・・・」

静かに目を開けると、そこは見慣れない天井だった。


「起きたか」
「師匠・・・」

はっ、と慌てて顔を上げると胸元に先生の額当てが置いてあって、ぎゅっと握りしめる。

「完全な栄養失調だな。他にも色々あるが。医療忍者が倒れてどうする」
「すみません・・・」

項垂れて反省していると、綱手が笑う声が聞こえた。


「サクラ」
「はい・・・」
「おめでとう」
「え?」

突拍子もないことを言われて、驚いて顔を上げると綱手は嬉しそうに笑っていた。

「1ヶ月だな」
「・・・え?」

綱手が何を言っているのか分からなかった。


「お腹の中に、お前とカカシの子供がいる」



目を見開いたまま涙を流す私の頭を撫でてくれる綱手。
私は下を向いてまだ出てないお腹に手を置く。

「今の体の状態じゃ産むのは容認できない。これからは私が管理するからな」
「はい・・・」
「良かったな」
「はい・・・!」

私は久しぶりに嬉し泣きをした。



****


それから月日は流れて。



オギャーーオギャーーー



「サクラ。元気な男の子だ」


目尻に涙を溜め肩で息をする私に、綱手が体を拭かれた赤ん坊を渡してきてくれた。

おっかなびっくり受け取ると、さっきまで泣いていたのに母親だと分かったのか泣き止んでじっと見つめてくる。

見た目は先生にそっくりだけど、その瞳はエメラルドのように輝いていた。

もう枯れていたと思っていた涙がまた出てくる。

「私たちのところに来てくれてありがとう・・・!」






「じゃあ、待機してるから何かあったら呼んで」
「うん。ありがとう、いの」

お礼を言うと、手を振りながら部屋を出ていくいの。
そして目線をベビーベッドに移す。
ミルクを飲んでお腹いっぱいで寝ている我が子。

この数ヶ月、ガリガリに痩せていた私は綱手といのにすごい怒られた。
そこからは2人によって、前以上の健康体になって、こうやって健康な子を産めた。
ナルトも任務で忙しい中様子を見に来てくれて。
本当に3人には感謝しかない。

気持ちよさそうに眠る愛しい子を見ていると、張り詰めていたからか一気に眠気に襲われる。
まだ起きそうにないし少し寝よう、と先生の額当てを握って眠りについた。




****


泣き声が聞こえる。
起きなきゃって思うのに、体が重くて目を開けるのが辛い。
暫くすると泣き声が止まった。
いのか誰かがあやしてくれてるのかなと思って、目を薄く開く。


閉めたと思っていたカーテンが開いていた。
こちらに背を向けて窓際で赤子をあやしてくれる人物は、薄暗い部屋の中では誰か分からなくて。
身長が高いシルエット。
いのではない。
気が揺れたのが分かったのか、その人はこちらを振り返って近づいてきて。


「ごめん、起こしちゃった?」


ーーえ。

その声に心臓が跳ねる。
そんな、ありえない。だって、あの人は・・・。 

部屋に月の光がさしこみ、部屋の中が明るくなる。
赤子を抱きしめてベッドの横に立つ人物の顔がハッキリ見えてきて、私の両眼からボロボロと涙が溢れてくる。


あの任務に出る前、涙が止まらない私に向けてくれた時と変わらない笑顔。



(カカシ先生・・・!)

声に出したはずなのにその音が出なくて口がパクパクするだけ。
体も金縛りにあったかのように動かすことができなかった。
その様子に先生は悲しそうに眉を下げて、腕の中の我が子を見る。


「この子、ビックリするぐらいオレに似てるな」

喋れない私はただ頷くしか出来なくて。

「でも瞳はサクラのだ。この子はオレたちの子供だ」

そう言って嬉しそうに笑う先生に、私も泣きながら笑う。



先生は片腕に赤子を抱え直して、ベッドに腰掛ける。

「ごめんな、帰ってこれなくて。それに、大変な時に側にいてやれなくて」

私は顔を横に振ると、先生は目を伏せる。

「ずっと見てたよ、部屋で1人で泣いてたのを。すぐ側にいるのに抱きしめてやることも出来なくて。自分の無力さが歯痒かった」

先生は頭に手を置いて撫でてくれる。

「いのちゃんとナルトには本当頭が上がらないよ」

眉を下げて笑う先生に、私も同じように笑う。
あの2人が気にかけてくれなかったら、この子にも、こんな風に先生にとも会えなかった。
もうナルトを殴ることは出来ないわね。


頭にあった先生の手が頬へと下がってくる。
触られているという感覚はあるが、温かさはない。
でもその大好きな手の感触から体温を思い出して、目を閉じて懐かしむ。



「・・・こうやってサクラに会えるのは最後かな」

悲しそうに呟く言葉に目を見開く。

「次に会えるのは、サクラがおばあちゃんになってからだ」

ニッコリと笑う先生とは対照的にまた私の瞳から涙が溢れてくる。
「お母さんになっても泣き虫なのは変わらないな」と、先生は涙を拭ってくれるが止まらない。


「・・・ここは『オレの事は忘れて別の男と幸せになってくれ』、って言うところなんだろうけどな・・・そんなこと言えるタイプじゃなくてね。それに、言ってもサクラは聞かないだろうしね」

先生の言葉に頭が取れるんじゃないかと思うほど頷くと、先生は「ははっ」と笑った。


「・・・でもいいんだ。サクラが他の男と一緒になっても」

「この子が大きくなって、サクラみたいな素敵な女の子と結婚して。孫が出来て。出来たらひ孫も出来ててほしいなー」

先生は嬉しそうに私と子を見て、自分がいない未来のことを語る。
私は泣きながら笑って続きを聞く。

「そしてサクラはちゃんとおばあちゃんになって皆に看取られてほしい。そしてーー」

先生は動かない私の手を取って。



「最後にはオレのところに帰ってきてほしい」


それは私が先生に言った最後のお願い。
先生は結局返事はしてくれなかった。
きっと、戻れなかったときに私を束縛したくなかったからだろう。
でも私は束縛する。
今にも泣きそうな顔をしている愛しいこの人を。


ーー抱きしめたい。

そう思ったら、ずっと動かなかった腕に力が入ったことを感じて。
私は腕を先生へと伸ばすと、その表情は驚いていた。
私は声は出ないけど口を動かす。
先生ならきっと分かる。

私の言葉が分かった先生は涙を一筋流し、片手を背中に回して私たちは抱き合った。


「オレも愛してるよ。オレだけのーー」



****


明るさを感じて目が覚める。

カーテンはちゃんと閉まっていて、赤ちゃんもベッドで寝ていた。
周りを見渡しても、夜に誰かがいた様子はなかった。

私が起きたことに気づいたのか赤ちゃんも目が覚めて、私と目が合うと嬉しそうに笑った。
泣きそうになるのを我慢してベッドから抱き上げて抱きしめる。


「愛してるわ。私たちの灯火ーー」


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