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カカシ先生が好き。
でもこの気持ちは伝えたらいけない。
この気持ちはずっと胸の中に──。




「輿入れ、ですか?」

師匠である綱手様に呼び出され、執務室に入ると神妙な顔をした師匠が座っていた。
同じ顔をしているシズネ先輩、そしてなぜかカカシ先生も部屋にいて。
重苦しい空気の中、師匠が口を開いたと思ったら思いもよらない言葉だった。

「大名のご子息をそろそろ結婚させようってなったらしくてね。そこで本人の希望を聞いたらサクラ。お前の名前が出たんだよ」
「私が・・・」
「この間の視察で大層気に入られたみたいだね」

先日、大名の息子が里にお忍びで来て、その案内を私が仰せつかった。
年が近く、しかも好青年。
民のことを若いうちからちゃんと考えていて、木ノ葉の医療の発展具合に興味があって今回里に視察に来たらしい。
私が知る限りのことを話すと彼は興味津々に耳を傾け、彼からも興味深い話を聞けて私たちは意気投合した。
そして無事に彼は城に帰り、それからも文のやり取りをしていた、けど・・・。

「ただお前は忍で相手は次期大名。他のお偉いさんたちが良い顔をしてないんだよ。でもご子息はどうしてもお前を迎え入れたいと。だからね・・・」

師匠は苦虫を噛み潰したような表情をして言葉を続ける。

「側室としてどうかと相手方から提案があったんだ」
「側室・・・」
「もちろん側室であっても丁重な扱いをすると言っている。そして里への支援を、今まで以上にすると。相談役達は今すぐ嫁がせろとかぬかしやがるし・・・」

「私の弟子を何だと思ってるんだ」と、師匠は眉間に深々と皺を寄せて、苛立っているのが分かるほど大きなため息を吐いた。
シズネ先輩は居心地悪そうにして、カカシ先生は──。

「話は分かりました。ところで、何でカカシ先生もここに?」
「ん?ああ、カカシはお前の直属の上司だからね。一応こいつにも伝えとこうと思ったんだよ。で、カカシ。お前はどう思う」

師匠に話を振られて先生が私をチラッと見てくる。
その視線に勝手に早くなる心臓を落ち着かせる。

「こればかりはオレからはなんとも。サクラの人生ですから」

いつもと変わらないで微笑む先生に、さっきまで上がっていたものが下がっていくのが分かった。
やっぱりいくつになっても先生にとって私は恋愛対象に入ってくれないらしい。
私はスカートを握りしめて泣きそうになるのを我慢する。

「それは私も同意見だ。サクラ、お前はどうしたい」

断っていいんだぞ、と付け足す師匠。
里のために犠牲になるなとその瞳が言ってくれている。
いつも厳しい人だけど、ちゃんと私のことを考えてくれる優しい人って知ってる。
そんな師匠の優しさに頬が緩み、顔を上げる。

「その話、受けさせていただきます」
「サクラ・・・!」

私の返事にシズネ先輩が悲痛な声を上げる。
「ブー!」とトントンも辛そうに鳴く。

「・・・良いのかい。嫁いだらそう簡単に帰ってこれなくなるんだ。みんなと会えなくなるんだよ」
「分かってます」

覚悟を決めた顔をすると師匠はまたため息を吐いて頬杖をついた。

「お前が決めたらなら私はもう何も言わないよ。先方には返事をしておくからちゃんと引き継ぎは済ませときな」
「はい。失礼します」

私は頭を下げて執務室を出た。
カカシ先生の顔を見ずに。



****



それから病院の同僚達や仲間たちに挨拶をして、里を出る日が来た。
ナルトといのには泣きながら怒られたけど。
カカシ先生とはあの日から会っていない。
なんとなく避けられている気がして。

大名が手配した駕籠の前でみんなに別れの挨拶をする。
忍だから歩いていけると言ったけど先方が譲らなかった。

「じゃあね」
「サクラちゃん・・・」

見送りに来てくれたナルト、サイ、いの、ヤマト隊長。
ナルトは泣きそうな顔をして私に抱きつく。
すっかり背を抜かされたからナルトが覆い被さる形で。

「サクラちゃん元気でね・・・」
「あんたもね。ラーメンばっかり食べるんじゃないわよ。サスケくんのこと、任せたわよ」
「おう」

背中をバシッと叩いて離れると、涙を拭いながら笑うナルトに微笑み、サイに顔を向ける。

「短い間だったけど、ありがとねサイ。ナルトが暴走しないように見張ってなさいよ」
「はい・・・」
「なに?もしかして私がいなくなって寂しいの?」
「そう、かもしれないですね」

茶化したつもりだったが、まさかの言葉に目を丸くする。
人の気持ちが全く分からなかった、あのサイが。
落ち込んでいるようにも見えるサイに、私は嬉しくて肩を叩くと「痛い」と文句を言われた。

「ヤマト隊長も。短い間でしたがお世話になりました」
「いや。サクラが居なくなるなんて寂しいよ。君はナルトの抑止剤だったからね」

これからが大変だ、とため息を吐く隊長に苦笑する。
すると隊長の瞳が何か言いたそうにしていて首を傾げると、横から勢いよくぶつかられた。
顔に綺麗な金の髪が当たり、良い匂いもする。

「・・・いの」
「ばか、馬鹿馬鹿サクラ!本当馬鹿よあんたは!!」

綺麗な顔を歪めてたくさんの涙を流しながら罵倒してくる親友の背中を優しく叩く。

「さすがに言い過ぎよいのブタ」
「うっさい、デコリン・・・ちゃんと手紙よこしなさいよね」
「はいはい」

鼻を啜る音が聞こえて私も鼻の奥がツンとした。
それからみんなに最後に別れを告げて、私は駕籠に入る前に後ろを振り向いた。
見たのは見送るみんなの後ろ。

──やっぱりいないか。

私は小さく笑って駕籠に入った。
駕籠が動き出してから後ろから聞こえたナルトの声に瞳に薄い膜が張った。



****



大名の城には街で1泊して、次の日の日没前には着いて、豪華な夕ご飯を食べて、1人で寝るには広すぎる部屋に案内されて。
することもなくただ窓から月を見ていた。
着いたばかりで疲れているだろうと、婚姻の儀は1週間後にすることになった。
それまで私は1人、何をするでもなくここで過ごさなくてはならない。
里に居た時は忙しすぎて月を見る時間なんてなかったなぁ。

──いや、1回だけ。
病院帰り、その日は今日みたいに綺麗な月が出ていて。
月を見ながら夜道を歩いていると、任務終わりの先生とバッタリ出会った。
せっかくなら月見をしようってなって、木に登って2人だけのお月見をしたっけ。

最後に、顔見たかったなぁ・・・。
もう先生に会えないんだと思ったら目がぼやけて、月に見られないように目を擦っていると、窓辺から何者かの気配を感じて体が強張る。
手元にクナイはない、油断した。
背中に冷や汗が流れると、風が部屋に吹き込む。
その時、よく知ってる嗅ぎ慣れた匂いにゆっくりと振り向くと、月光に照らされた・・・。

「カカシ、先生・・・」

私は目を丸くして名を呼ぶ。
彼は何も言わずに、窓辺から降りて部屋に入る。
そしてゆっくり近づいて、しゃがんで私の頬を撫でる。
職病業、これも嗅ぎ慣れた血の匂いに先生が傷を負っているのが分かった。

「先生怪我してるの!?」
「やー・・・やっぱ城の警備は一筋縄にはいかないねぇ」

はは、と笑う先生はボロボロで、満身創痍のようだった。
私は先生のベストを掴んで瞳から涙が溢れる。

「なんで、こんなこと・・・」
「サクラが好きだから」

先生の言葉に涙が止まる。

「す、き・・・?」
「うん」
「何、それ。何かの冗談・・・?」
「冗談なんかでこんな危険な真似すると思う?」

思えない、思えないから信じれない。

「じゃあ、何で、引き留めてくれなかったの・・・」
「・・・それが出来たら良かったんだけどね。ただの上司にそんなこと出来ないでしょ」
「・・・・・・」
「里の中で誰かと幸せになってくれるならただ見守るつもりだったんだけど。でもどこの馬の骨と分からない奴に取られるぐらいなら、ってね」

先生は失笑しながら立ち上がり、私に手を差し出す。

「帰ろう、木ノ葉に」
「だめ、帰れない。帰ったら里に迷惑かかっちゃう・・・」

「大丈夫ですよ」

先生の手をとれないでいると、廊下に面した襖がゆっくりと開く。
そこには結婚相手の大名のご子息である若君が微笑んで立っていた。
先生が見つかった。
忠誠を誓う自国の忍が大名の城に忍び込んだのだ。
殺されたって文句は言えない。

「あ、あの!」
「分かってます。帰られるんですよね、里に」
「え・・・」

若君は戸惑う私の前に座る。

「侵入者が現れたと聞いてもしや、と思って来てみたんです。きっと里の誰かがサクラさんを迎えにきたのだと」
「若様・・・」
「すみません、私の我儘であなたをこんな狭いところに押し込んでしまって」
「そんなっ!ここに来たのは私の意思です!」
「あなたならそう言ってくれると思っていた。でも私があなたを好きになったのは、こんな暗く狭いところじゃない。青空の下なんですよ」

若君は私の手を取り立ち上がらせる。
そしてカカシ先生に顔を向ける。

「もし良ければあなたのお名前を聞いてもいいですか」

先生は片膝をついて、こうべを垂れる。

「木ノ葉隠れが上忍、はたけカカシと申します」
「カカシさん・・・あなたが・・・」

若君は寂しそうに微笑んで私の背中を押す。

「行ってください。私が良いように言っておきます。里にもお咎めがないようにしておきますから」
「若様・・・ありがとうございます・・・」

私は先生に手を引かれて窓辺に立つ。
私たちは笑い合って別れた。





それから私と先生は手を繋いだまま木と木を飛んで里へと向かう。
少し前を飛ぶ先生を盗み見る。
あれから先生は何も言ってくれないけど、繋ぐ手は2度と離さないと言っているみたいに強く握られていた。
私は走りながら空を見上げる。
そこには部屋の中から見ていた月が私たちを照らしている。
同じ月なのにさっきより綺麗に見えるのは何でなんだろ。
それはきっと──。

「ねぇ、先生」
「んー?」

前を走る先生に話しかけるとこちらを見ずに先生は返事をする。

「里に帰ったらお月見しない?」
「月見?」

肩越しにこちらを見る先生に微笑む。

「そう。それでね、その時に言いたいことがあるの」
「今じゃダメなのか?」
「そう、ダメなの。その時じゃないと」

おかしそうに笑う先生。
私たちはもう2度と離れないよう、固く強く手を握り直した。


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