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──オレがこんな風になるなんて思いもよらなかった。






コン、コン


「はーい」

中から明るい声が聞こえてきて医務室のドアを開ける。

「あら火影様、どうしたんですか?」
「ちょっと。それと敬語止めてって言ったでしょ。少し休ませて貰ってもいい?」
「どうぞー」

サクラは昔と変わらないようで顔で微笑む。
オレは1つしかないベッドに横になると、簡易なベッドが音を立てる。


「今、何徹目?」

サクラは作業していた机の椅子をベッドの近くまで運んで座り、問診票を持って話しかけてくる。
呆れたように話しかけてくるが、ちゃんと医者の顔をしている。

「んー・・・2徹目かなぁ。昔は4徹しても平気だったんだけど」
「それいつの話?もう年なんだから気をつけないと倒れるわよ」
「ひどいなぁサクラ」

クスクス笑いながら問診票を書いていると肩の上で切り揃えられた薄紅色の髪が落ちてきて、それを耳にかける姿から目が離せない。

「髪」
「え?」

サクラは問診票から顔を上げる。

「髪、伸ばさないの?」
「あぁ、これ?前は伸ばそうと思ったんだけど、やっぱりこれぐらいが楽なのよね」
「昔は一生懸命、背中まである髪を休憩時間のたびに手入れしてたのにね」
「もう忘れてよ。あの頃は必死だったの。でもあの時切ってサッパリしたわ」

サクラは清々しい顔で笑う。
初恋の奴の為に髪を綺麗に手入れして、そいつの為に大事な髪を切った。
あの時は何とも思わなかったのになぁ、と心の中で渦巻く黒いものに苦笑する。

「カカシ先生はどっちが好き?長いのと短いの」

なんでそんなこと聞くのかね。

「んー、サクラは美人だからどっちも似合って好きだよ」
「本当、口が上手いわね」

サクラは笑いながら立ち上がる。
本当のことを言ったのに本気にされなかったらしい。

「少し寝たら?私いるし」
「んー・・・サクラ他に仕事あるんじゃないのか?」
「今日は定時までここで待機だから大丈夫よ」

知ってる。

「なら少し寝ようかな」
「分かったわ。おやすみなさい、先生」
「おやすみ」

サクラは微笑んで先程までの作業をするため机の前に座り背を向ける。
その姿をオレは眺める。
今日のサクラは午後から火影塔の医務室で待機。
基本的に忙しいここから病院まで少し離れているため、仕事場から離れられなくて体調を崩す人が増えた。
そのため、塔の中に簡易医務室を用意した。
医師を日替わりで派遣して、今日はサクラのシフトの日。
それを確認した上でここに訪れたのだ。
ここだったらサクラを独り占め出来るから。
ずっと見ていたかったが、久しぶりのベッドの感触に瞼が降りてきて争うことが出来なかった。



****



「──せんせ、起きて」
「んー・・・」

肩を揺さぶられ、漂っていた意識を浮上させる。

「いま、なんじ・・・」
「19時。警備の人がもう締めるからって」

目を擦りながら身体を起こす。
19時ということは4時間ぐらい寝てしまったらしい。
そしてサクラの定時の18時から1時間過ぎている。

「寝過ぎたな・・・悪い。起こしてくれたら良かったのに」
「気にしなくていいわよ。私もついさっき仕事終わったし」

サクラは笑って机に置いてあるファイルを叩く。
本当、優しい子だな。
オレは凝り固まった身体を伸ばす。

「誰か来たか?」
「あぁ。シカマルが来たわよ」
「シカマル?」

オレの優秀な補佐でサクラの同期の青年。
まさかシカマルも体調を崩したんだろうかと思ったが杞憂だった。

「『今日の分は終わらせたんで直帰してください。オレも帰りますから』、だそうよ」

サクラはシカマルの真似をして伝言を伝えてくる。
さすが優秀な補佐だ。
結構残りがあったと思うのに。
今度ちゃんと休みをあげないとな。

「ならお言葉に甘えて帰ろうかね。サクラは?」
「私も帰るわ」
「なら久しぶりに飲まない?」
「いいわね」

オレたちは微笑み合い、どこにいこうかと話しながら部屋を出た。



****



「それじゃあ、乾杯」
「乾杯」

オレたちはそれぞれ頼んだ酒のコップを小さく音を立てて合わせる。
急に思いついたこともありお洒落なお店に行けるはずもなく、結局いつもの居酒屋となった。
オレは焼酎を頼み、サクラはカルピスサワー。
それを美味しそうに飲むサクラを頬杖を付いて見ていると、気づいたサクラは恥ずかしそうにする。

「なに?」
「ん?いや、サクラがお酒飲んでるのを見てると変な感じがしてね」
「もう、まだ慣れないの?何回も飲んでるじゃない」
「そうなんだけどねー」

サクラは呆れたように笑って一緒に頼んだ枝豆を手に取る。
プチプチと中身を出している時の顔は何回見ても可愛い。



****



それから他愛もない話をして、気づいたら21時を回っていた。
会計を済ませて店から出ると、火照った顔にちょうどいい風が吹く。

「サクラ送っていくよ」
「大丈夫よ。変なやつに絡まれても殴ってやるわ」
「確かにサクラは強いけど、それでも女の子なんだから送る。行くよ」

サクラは拳を作って大丈夫アピールをするが、無理やりその手を握ってサクラの一人暮らしの家へと向かう。
サクラは諦めて隣を歩き、手を離さず握ってくる。
昔もサクラが手を繋げと言ってきて、ナルトからブーイングを受けながらこんな風に歩いてたなぁ、と感慨深くなっていると、隣を歩くサクラが楽しそうに鼻歌を歌い出す。

「ご機嫌だねぇ」
「ふふ。こんな風に先生と手を繋いで歩くなんて下忍ぶりだから、何だか懐かしくて嬉しいの」

サクラは手を離して腕を組み、嬉しそうに見上げてくる。
昔よりだいぶ顔が近くなり、腕に当たる柔らかいものを感じて、抑え込んでいたある欲が出てこようとする。
息を吐いてそれをまた抑える。
そんなオレの葛藤にも気づかず、サクラはオレの腕に更にくっ付く。
本当、小悪魔だな。





それからサクラの部屋に着く。

「ありがとう、先生」
「いーえ。それじゃあ、また・・・」

サクラに背を向けて去ろうとすると、サクラはオレの腕を掴む。

「お茶飲んでいきません?送ってもらったお礼に」

サクラは何気なく言ったつもりだろうが、男を部屋に入れるというのがどれだけ危ないのか分からないのか?

「・・・いや、明日もあるから帰るよ」
「そう・・・」

ため息を吐きながら断ると、サクラはしょぼんと落ち込む。
この子は本当男に対して危機意識がなさすぎる。
オレだから良かったが、そんな顔されて襲われても文句は言えないぞ。
オレはサクラの頭に手を置くと顔を上げてくる。

「また一緒に飲みに行こう」
「うん!」

次の約束をすると、下忍時代を彷彿とさせるような輝く笑顔を向けてくるので苦笑する。



それからサクラと別れて家路を歩く。
顔を上げて星空を見ながらため息を吐く。
こっちの心情を知らずに無邪気に笑ってくっ付いて。
全く男として意識されてないなぁ、と苦笑する。
オレはいつから彼女をそういう目で見るようになったのか。
どんどん綺麗になる彼女を誰にも渡したくない。
だが、それは無理だろう。
彼女は未だに贖罪の旅に出た初恋の男を想っている。
その旅が終わって里に帰ってくればアイツらは恋人同士になるだろう。
そうすれば付け入る隙などない。
それにサクラはオレに頼れる先生を求めている。
なら自分の気持ちを隠して、ずっと先生としてサクラの側にいよう。
その方が幸せなのだから。



****



それから1週間後。
面倒な案件が立て続けに入りまた泊まり込みの日々が続いている。
流石に疲労が溜まりに溜まり、書類を見ても目が霞んで集中出来ていない。
オレは椅子の背もたれに体重を預けて息を吐く。
さすがに4徹は限界だ。

「悪い、シカマル・・・少し休んでくるからお前も休憩してて・・・」
「分かりました・・・」

目の下に深いクマを作っているシカマルは死にそうな顔をしていた。
こんな苦行もあと少しで終わる。
そう思って医務室へと向かった。



おぼつかない足取りで医務室に着くと、担当者に春野と札がしてあり頬が緩む。
前は知っていたが今回はシフトを確認する余裕がなかった。
そう、頭が働いてなかった。
ノックすることも忘れてドアを開けた。


そこにはサクラが涙を流して立っていた。


お互い時が止まったかのように目を見開いて固まる。

「・・・どうした」

ようやく言葉が出た。

「な、なんでもないの・・・ごめんなさい」

サクラはこちらに背を向ける。
その時、手に持っていた紙をクシャリと握りしめるのが目に入った。
サクラをこんなふうに泣かせるのはアイツしかいない。
オレは何度泣いているサクラを見てきたと思っているんだ。



我慢の限界だった。
オレはサクラを引き寄せて掻き抱いた。
突然のことにサクラは目をパチクリさせる。

「何でもなくないだろ・・・」
「・・・せんせ?」

胸の中で動揺で揺れ動く目と合う。

「もうアイツのことなんか忘れろ」
「え・・・?」
「オレにしなよ。オレだったらこんな風に泣かせない」 


顔を近づけると、エメラルドのような瞳にオレの顔が写り。
もうその顔はただの先生ではなかった。


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