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忘れられないもの

「──何してんの」

その声に身体を強ばらせ顔を上げる。

「カカシ先生・・・」



私はあれから我慢出来なくて、夜の街を走り先生の部屋を訪れた。
しかし部屋の電気は付いておらず、インターホンを鳴らしても出ない。
付き合ってた時はこの時間はいたからもう少しで帰ってくるかも、そしたら謝って、また付き合いたいことを言おう。
私は部屋のドアを背もたれにしゃがみ込み、膝に顔を埋めて先生が帰ってくるのを待った。



それからどれぐらい時間が経ったのか。
連絡も無しに訪れた私に眉間の皺を寄せる。
私は立ち上がり、息を整える。

「あ、あのね・・・」
「もう遅いから送ってく」

先生は私の話を聞こうとせず踵を返す。

「ま、待って!」

私は慌てて背を向ける先生のベストを握ると、そこから嗅いだことのある匂いが漂う。
お酒の匂いと、先生の匂い。
汗をかくと濃くなるその匂いを嗅いだ時は任務中、そして、えっちしてる時──。
そしてその匂いに混じって嗅いだことのない女の香水の匂い・・・。
言い寄ってきた女の人と何してたの、なんて。
それを考えただけでどんどん辛くなる。

「・・・なんで泣いてるんだ」
「・・・え?」

先生の言葉に頬に手を当てると、気づかない内に泣いていたらしい。
そして止めることが出来ず、両手で顔を覆う。
小さく息を吐いた先生は、自分の部屋の鍵を開ける。

「入って」

先生は私の背中に手を回して部屋に入るよう促した。


私たちを中に入れてドアが閉まる音が響いた。



****



私は入り慣れた部屋に入っても靴を脱ぐことが出来なかった。

「入ったら」

ベストを脱いで部屋着に着替えた先生が顔を覗かせる。
部屋にいるときの先生は素顔を晒していて、久しぶりに見る先生の顔に嬉しい思いと、さっきまで他の人も見てたんだと辛い思いが胸の中で混ざり合っている。

「いや、私は・・・」

さっきから先生の機嫌が悪いことが伝わってきて、自分の想いを伝えることが出来ない。
ウダウダしていると、気づいたら目の前に先生がいた。

「サクラも人肌恋しくなった感じだ」
「え?」
「いいよ。抱いてやるからおいで」
「ち、ちが・・・!」
「いいから来いって」

先生は私の腕を掴んで無理やり部屋の中へと引っ張る。

「ま、待って、靴が」

土足で部屋の中に入ってしまい、脱がせてと言うが聞き入れて貰えず、先生はベッドの前に辿り着くと、グンっと勢いよく腕を引っ張って、気づいたらベッドに放り投げ出されていた。
そして先生は驚く私の上に覆いかぶさってくる。
その表情は何も悟らせない、今までこんな風に先生としたことがないから怖い。

「や、やだ!」

嫌がる私を他所に先生は首筋に顔を埋めて舐めてくる。
肩を押しても押し返される。


怖い、怖い


「・・・っ、う・・・・・・」

私は顔を腕で覆い啜り泣く。
恋人になって初めて先生を怖いって思ってしまってことに後悔の念に襲われる。



「泣くなサクラ・・・」

それは今日初めて聞いた弱々しい先生の声。
顔から腕を外すと、先生の方が泣きそうな顔をしていた。
先生は身体をどかして私の横に座るので、私も身体を起こす。

「せんせ・・・」

先生に手を伸ばすが、それを掴まれて拒まれる。

「今触られたら止められなくなる」

先生は苦しそうに無理やり笑う。
こんな表情をさせているのは私のせいだ。


「・・・私、今日は先生に謝りにきたの。いつも子供みたいに怒って先生にぶつけて辛い思いをさせてごめんなさい。許されるなら・・・また先生と付き合いたい」

真っ直ぐ、先生の目を見て言う。
先生の目が戸惑い、逸らす。

「こんなことするオレでいいのか?」
「先生がいいの」
「また女の人といるのを見て辛い思いをするかもしれないぞ」
「大人になる」

キッ、と覚悟を決めた顔をすると先生は苦笑する。


「・・・オレたちの世界はさ、嘘だらけなんだよ。保身のため、仲間のため、里のため。その為に人を騙して有益な情報を手に入れる。上にいけばいくほど周りの人間が信用出来なくなる」
「でも、木ノ葉にいれば・・・」
「どんなにいい里でも上の決定に不満を感じて反発して他里に情報を売るやつだっている。サスケだってそうだ」
「それは・・・」

私はかつて恋をしていた少年を思い出す。

「例え女でも、いや、女だからこそ言い寄り敵の情報を盗み出す。それに里にいるのは木ノ葉の人間じゃないからな。オレに好意を抱いて近づいてきた奴はあれだが、オレから話しかけた奴はだいたい怪しいやつだったんだ」
「え」
「こっそり仲間に連絡して拘束してたんだよ」
「そう、だったんだ・・・」

自分の愚かさが恥ずかしい。
同じ忍なのに見抜けず、仕事をしていただけの先生に見苦しい嫉妬をして。
そして先生を信じれなくて別れ話までして。

「ごめんなさい・・・」

自分の情けなさに涙を滲ませる。
先生は私の手を握る。

「オレにとってサクラは心の拠り所なんだ。素直で、真っ直ぐで。サクラの隣にいれるだけで幸せだった。でもサクラはオレと付き合うようになって怒ってばっかりで前みたいに笑わなくなった。なら、オレなんかよりお前を幸せに出来る奴に譲った方がいいと思ったんだ」
「そんなこと言ったら私だって!私が甘えて我儘ばっかりで先生の負担になってたんだって・・・こんな子供より先生に見合う大人の人の方がいいんだって・・・」

それでも。

「それでも、誰にも先生を渡したくないって思ったの。だって先生の事が──」

思いの丈をぶつけようとしたら、先生が力強くキスをしてきて激しく舌を絡ませてくる。

「せ、せんせ、まだ・・・!」
「だめ。もう我慢出来ない」

途切れ途切れでお願いしても許してくれず、貪るようにキスをされる。
まるで1ヶ月の空白を埋めるように。


どれぐらいしていたのか。
息が出来なくて先生の背中を叩くとようやく唇が離れる。
その間をお互いの唾液が混ざった糸が切れる。
肩で息をする私の瞳から溢れる涙を舌で救う先生。

「今すぐサクラを抱きたい」

熱を孕んだ雄の瞳で真っ直ぐ見つめれる。
その瞳から逃げることなんてもう出来ない。
逃げるつもりもない。
私は返事の代わりに先生の首に腕を回すと、またキスをして後ろに押し倒された。



****



「ん・・・」

額に柔らかい何かを感じて瞳を開ける。

「ごめん、起こしたな」

頭の上から声が聞こえて顔を上げると、先生が微笑していた。

「大丈夫」

私は先生の胸元に擦り寄る。
私たちは何も身に纏っておらず、身体をくっ付けて同じ毛布を被っている。
1ヶ月前と同じように。
幸せの余韻に浸っていると、先生が「そういえば」と言ってくる。

「あの男、だれ」
「あの男?」
「最近よくいる少し年上で黒髪の、サスケに似てる奴」
「あー、医療班の先輩よ。色々教えて貰ってるの」
「ふーん」

先生は口を尖らせて私の髪を弄ってくる。
そんな先生が可愛くて。

「なに、ヤキモチ?」
「うん」

素直に頷く先生にこっちが照れてしまう。
この1ヶ月で忘れていたが、先生は本当に私に甘い。
先生を照れさせようとすれば倍に返ってくる。
これが経験の差か。

「あの男に嫉妬して、何度サクラを犯してこの腹ん中にオレのを注いで逃げられないようにしようかって考えたか」
「そんなこと考えてたの・・・先生そんなタイプだったっけ」
「サクラがこうさせたんだよ。だからちゃんと責任取って」


軽く唇にキスをしてきて嬉しそうに私を抱きしめてくるカカシ先生。
とんでもない男に捕まっちゃったなぁ、と思いながらも私も緩む頬がバレないように先生の胸に顔を隠した。

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