short.2
「おはよー」
朝、勤務先の病院の関係者入り口のドアを開けると何故か同僚たちは驚いたように目を丸くして私を見てきた。
「は、春野さん、火影棟に行かなくていいんですか?」
「火影棟?どうして?」
首を傾げる私に皆が顔を見合わせる。
すると私の後ろでドアが開いた。
「サクラ!アンタここにいたの!?」
いつも綺麗な金髪を少し乱した親友が大きな声を上げる。
「いの。どうし──」
「いいから早く来なさいっての!」
いのは私の腕を強く引っ張って、いのが先ほど現れたドアノブに手をかけた。
私は引かれるまま病院の外に連れ出される。
いのの足からするに向かう場所は決まっているらしい。
「あんたのことだから執務室に駆け込んでくると思ったら居ないし、呑気に病院にいるじゃない!」
「なんで私が執務室に?」
「なんでって、六代目のことがあるからに決まってるでしょ!?」
私の言葉にいのがだんだん苛立ってるのが分かる。
私は大人しくいのの後を付いて行っていたのだが、ずっと気になってたことを質問する。
「ねぇ、いの」
「なに!」
「六代目って誰?」
あれだけ急いでいたいのの足が止まり、怪訝そうな顔で振り向く。
「誰って・・・カカシ先生に決まってるじゃない」
「──カカシ先生って、誰?」
「サクラちゃんがカカシせんせーのこと覚えてないってどーゆーことだよ、綱手のバーちゃん!!」
「・・・恐らくカカシが自分の身に何かあった時に、サクラが自分のことを忘れるように術をかけてたんだろうね」
執務室に連れてこられ、私がその人のことを覚えていないと言われたナルトが師匠に詰め寄り、師匠も眉間に皺を寄せてため息を吐く。
「なんだよ、それ・・・何かあったらって・・・」
「まさしく今がそうだろう。たく、カカシの奴・・・面倒なときに面倒ごとを増やしおって・・・シカマル。状況はどんなんだい」
「はい。六代目が集落の視察に行った際、土砂崩れが起きました。巻き込まれそうになった少女を六代目が助け、少女は助かったのですが、六代目は土砂に巻き込まれて未だ行方不明と付き添いの忍から連絡が・・・」
シカマルは淡々と喋っていたが最後には苦痛の表情を浮かべる。
「なぁ、バーちゃん・・・カカシ先生、助かるよな・・・?」
「こればかりもどうしようもないね。それに、もしカカシがサクラにかけた術の発動が『自分が死んだら』だとしたら・・・」
「綱手様、それって!」
いのは口に手を当てて、泣きそうな顔でこちらを見てくる。
「なくもないだろ?カカシはサクラのことをよく分かってる。後を追いかねないからね、この子は。だから自分のことは忘れて幸せに暮らしてほしい。あの小僧が思いつきそうなことだ」
「・・・っ!カカシ先生の馬鹿野郎・・・!」
ナルトは唇を噛み締めながら壁を叩く。
皆がそれぞれ苦悶の表情を浮かべる中、私だけが場違いのようだった。
「ほら、サクラ」
それからまたいのに手を引かれ連れてこられたのはカカシ先生という人の部屋だった。
火影なのにセキュリティーのないアパートで、長く住んでいると聞いていたがどこか寂しい部屋だった。
部屋の奥に進むと、ところどころに可愛らしい小物が置いてあった。
それは私愛用の物。
浴室にも私の使うシャンプーボトルがあって、よくここに来ていたのが見てとれた。
寝室のベッドの近くには写真立てが3つ。
1つは古い写真と、もう2つはそれより新しい写真。
2つ目には子供のころの私が幸せそうに笑っていた。
横にはナルト、サスケくんが仏頂面で写っていて。
そしてその2人の頭に手を置いて困ったように笑っている男の人。
この人がカカシ先生なのだろう。
その横にある写真立ては最近なのか2つに比べたら新しい。
写真には2つめの写真より成長して今の私より少し若い、中忍になったぐらいの私がカカシ先生と2人で写っていた。
仲睦まじい写真。
誰が見ても仲の良い恋人。
幸せそうな私。
なのに今の私の心の中には何もない。
私じゃない私が男の人と写っている。
それだけだった。
部屋を出るとナルトが待っていて、その足で第三演習場に連れて行かれた。
「懐かしいだろサクラちゃん!」
「そうね・・・ここが私たちの始まりの場所」
気持ちが良い風が吹いて、髪を耳にかけながら想いを馳せる。
ナルトは嬉しそう笑って丸太の側に行く。
「ほらこれ!オレが括り付けらたやつ!」
「そんな嬉しそうに言うこと?」
「だってさ!ここでサスケとサクラちゃんに弁当食べさせてもらってさ、カカシ先生に合格って言われたんだぜ?」
「・・・うん」
「・・・サクラちゃん、この時のことも覚えてない?」
「お弁当のことはちゃんと覚えてるわ。それに合格って言われたことも覚えてる。でも・・・その人の顔が思い出せないの・・・」
ちゃんと思い出そうとすると頭が鈍く痛む。
頭を抱えているとナルトが心配そうに私の名前を呼ぶので私は顔を上げて笑う。
「ごめん、ナルト。ちょっと体調悪いみたいだから今日は帰るわ」
「・・・うん、分かった。お大事にだってばよ」
「うん。ありがとうね」
私は寂しそうに笑うナルトに手を振ってその場から駆け出した。
私は家に帰らず河川敷に座って木ノ葉川をただ眺めていた。
夕陽に染まっていつもと違う顔を見せる川。
自分の家からは遠いからそんなに来ているはずがないのに来るとほっとする。
覚えてないけどきっとカカシ先生と来ていたのだろう。
何となく覚えている、夕陽を背景にこちらを見てくる木ノ葉ベストを着た人。
思い出そうとするとまた頭が痛んだ。
「はぁ・・・」
「よお」
ため息を吐くと後ろから呼ばれて振り向く。
そこには数ヶ月ぶりに見た人。
「サスケくん・・・」
「隣、いいか」
「あ、うん。もちろん」
サスケくんはマントを着たまま隣に座る。
何も喋らず、ただ私と同じように川を見ている。
滅多に里に帰らない彼がここにいるということはあの人のことを聞いたのだろう。
少ししか過ごせなかったが彼も同じ第七班なのだ。
あの人の元で同じ時を過ごしてきた・・・
「・・・私っておかしいのかな」
「何がだ」
「カカシ先生のこと覚えてないからみんなが変なものを見るような目で見てくるの。そりゃそうよね。恋人のことだけ何もかも覚えてないんだもの」
「・・・・・・」
「でも、本当に覚えてないのよ。なんであの人と付き合ってたのいたかも分からない。思い出そうとしたら頭が痛くなるし・・・それに私が好きなのは・・・サスケくんだもの。ずっと、アカデミーの頃からずっとサスケくんのことが好きで、同じ班になれたときは寝れないぐらい嬉しくて好きで・・・」
私は泣き顔を見られたくなくて手で顔を覆う。
そう、私はずっとサスケくんが好きで、今だって胸が高鳴っている。
なのに、なんで・・・
「──ならオレのことを好きでいればいいだろ」
「・・・え?」
サスケくんの言葉にビックリして顔を上げると、唯一晒された右目にまた胸が高鳴ると同時に既視感を覚えた。
「オレが好きならそれでいいんじゃないのか」
「え。う、うん・・・」
真っ直ぐ見つめてくるサスケくんに慣れてなくて先に逸らしてしまった。
「・・・里に帰ってきてお前たちが付き合っていると聞かされた時、後悔した。何でお前を置いて行ったのかと」
「サスケくん・・・」
私は顔を上げて見つめ合う。
漆黒の瞳に囚われてしまったような。
「オレはお前が好きだ」
「!!」
「お前が良いならオレと一緒に行かないか」
「あ・・・」
ずっと恋焦がれてきた人から告白をされて旅に誘われている。
私なら泣いて喜んで今すぐにでも準備をするのに。
体から根が生えているかのように動かなくて頷けずにいた。
そんな私にサスケは小さく笑う。
「やっぱりカカシか」
「!」
「記憶が忘れてもお前はカカシを忘れられるはずがない」
「なんで・・・」
「それはお前が一番分かってるんじゃないのか」
ジッと見つめてくるサスケくん。
また漆黒の瞳に見つめられ、ふとどこかで似たような瞳を見たような気がした。
黒に見えるけど近くで見たら灰色の・・・
ズキンッ
「頭、痛い・・・」
眉間に皺を寄せて頭を抱える。
その手をサスケくんに掴まれる。
「逃げるな」
「サスケくん・・・」
「火影が言っていた。お前にかけた幻術は写輪眼だろうと。写輪眼が無くなっても消えない術をかけるとは。腐っても上忍だな」
サスケくんは小馬鹿したように言いながらもどこか楽しそうに笑った。
そして黒の瞳が紅に変わる。
「オレが解いてやる」
「えっ」
「カカシが出来たんだ。うちはのオレが出来ないことはない」
サスケくんは私の顔を優しく包み、晒された紅い瞳の中の巴がクルクル回りだす。
「オレたちが波の国に行った時、ザブザを倒したのは誰だ」
「倒した、のは・・・」
ズキン
大きな背中の木ノ葉ベストが脳裏に浮かぶ。
「オレがお前を殺そうとした時、助けたのは誰だ」
視界いっぱいに広がる白いマントが浮かぶ。
「カグヤの術で溶岩に飛ばされた時、助けてくれたのは誰だ」
腰に回る太い腕。
男の人の腕なのに全く不愉快じゃなくて、逆に安心する。
だっていつもこの腕に守られて・・・
サスケくんが問いかけのたびにどんどん頭痛がひどくなって何も考えられなくなる。
呼吸も苦しい。
助けて、助けてよ──
「サクラ」
「お前が愛しているのは誰だ」
バチンッ
頭の中で何かが弾けた。
その瞬間、一気に記憶が流れてくる。
困ったように笑う顔、戦闘中の殺気立った顔、額に汗を浮かべながら恍惚した顔。
そして愛おしそうに私を見つめるカカシ先生の顔。
サスケくんに頬を親指で拭われて自分が泣いていることに気づいた。
「ひっ・・・カカシ、せんせぇ・・・」
瞳からは決壊したかのようにボロボロと涙が溢れ、私はまた顔を手で覆う。
サスケくんはしゃくり上げる私の手を今度は外そうとはしなかった。
綱手様が言っていた。
この術の発動条件は先生の死かもしれないと。
先生の考えていたことが今ようやく分かる。
この世に大切な人がいないということがこんなにも心が潰れそうなことだったなんて。
それよりも辛いのはこんなにも愛おしい人の記憶が消えていたこと。
好きな人を思い出すことが出来ない辛さが最も辛い。
そのことを先生は知らない。
だから
「カカシ先生に、会いたい・・・!」
あなたに会ってちゃんと伝えたい。
朝、勤務先の病院の関係者入り口のドアを開けると何故か同僚たちは驚いたように目を丸くして私を見てきた。
「は、春野さん、火影棟に行かなくていいんですか?」
「火影棟?どうして?」
首を傾げる私に皆が顔を見合わせる。
すると私の後ろでドアが開いた。
「サクラ!アンタここにいたの!?」
いつも綺麗な金髪を少し乱した親友が大きな声を上げる。
「いの。どうし──」
「いいから早く来なさいっての!」
いのは私の腕を強く引っ張って、いのが先ほど現れたドアノブに手をかけた。
私は引かれるまま病院の外に連れ出される。
いのの足からするに向かう場所は決まっているらしい。
「あんたのことだから執務室に駆け込んでくると思ったら居ないし、呑気に病院にいるじゃない!」
「なんで私が執務室に?」
「なんでって、六代目のことがあるからに決まってるでしょ!?」
私の言葉にいのがだんだん苛立ってるのが分かる。
私は大人しくいのの後を付いて行っていたのだが、ずっと気になってたことを質問する。
「ねぇ、いの」
「なに!」
「六代目って誰?」
あれだけ急いでいたいのの足が止まり、怪訝そうな顔で振り向く。
「誰って・・・カカシ先生に決まってるじゃない」
「──カカシ先生って、誰?」
「サクラちゃんがカカシせんせーのこと覚えてないってどーゆーことだよ、綱手のバーちゃん!!」
「・・・恐らくカカシが自分の身に何かあった時に、サクラが自分のことを忘れるように術をかけてたんだろうね」
執務室に連れてこられ、私がその人のことを覚えていないと言われたナルトが師匠に詰め寄り、師匠も眉間に皺を寄せてため息を吐く。
「なんだよ、それ・・・何かあったらって・・・」
「まさしく今がそうだろう。たく、カカシの奴・・・面倒なときに面倒ごとを増やしおって・・・シカマル。状況はどんなんだい」
「はい。六代目が集落の視察に行った際、土砂崩れが起きました。巻き込まれそうになった少女を六代目が助け、少女は助かったのですが、六代目は土砂に巻き込まれて未だ行方不明と付き添いの忍から連絡が・・・」
シカマルは淡々と喋っていたが最後には苦痛の表情を浮かべる。
「なぁ、バーちゃん・・・カカシ先生、助かるよな・・・?」
「こればかりもどうしようもないね。それに、もしカカシがサクラにかけた術の発動が『自分が死んだら』だとしたら・・・」
「綱手様、それって!」
いのは口に手を当てて、泣きそうな顔でこちらを見てくる。
「なくもないだろ?カカシはサクラのことをよく分かってる。後を追いかねないからね、この子は。だから自分のことは忘れて幸せに暮らしてほしい。あの小僧が思いつきそうなことだ」
「・・・っ!カカシ先生の馬鹿野郎・・・!」
ナルトは唇を噛み締めながら壁を叩く。
皆がそれぞれ苦悶の表情を浮かべる中、私だけが場違いのようだった。
「ほら、サクラ」
それからまたいのに手を引かれ連れてこられたのはカカシ先生という人の部屋だった。
火影なのにセキュリティーのないアパートで、長く住んでいると聞いていたがどこか寂しい部屋だった。
部屋の奥に進むと、ところどころに可愛らしい小物が置いてあった。
それは私愛用の物。
浴室にも私の使うシャンプーボトルがあって、よくここに来ていたのが見てとれた。
寝室のベッドの近くには写真立てが3つ。
1つは古い写真と、もう2つはそれより新しい写真。
2つ目には子供のころの私が幸せそうに笑っていた。
横にはナルト、サスケくんが仏頂面で写っていて。
そしてその2人の頭に手を置いて困ったように笑っている男の人。
この人がカカシ先生なのだろう。
その横にある写真立ては最近なのか2つに比べたら新しい。
写真には2つめの写真より成長して今の私より少し若い、中忍になったぐらいの私がカカシ先生と2人で写っていた。
仲睦まじい写真。
誰が見ても仲の良い恋人。
幸せそうな私。
なのに今の私の心の中には何もない。
私じゃない私が男の人と写っている。
それだけだった。
部屋を出るとナルトが待っていて、その足で第三演習場に連れて行かれた。
「懐かしいだろサクラちゃん!」
「そうね・・・ここが私たちの始まりの場所」
気持ちが良い風が吹いて、髪を耳にかけながら想いを馳せる。
ナルトは嬉しそう笑って丸太の側に行く。
「ほらこれ!オレが括り付けらたやつ!」
「そんな嬉しそうに言うこと?」
「だってさ!ここでサスケとサクラちゃんに弁当食べさせてもらってさ、カカシ先生に合格って言われたんだぜ?」
「・・・うん」
「・・・サクラちゃん、この時のことも覚えてない?」
「お弁当のことはちゃんと覚えてるわ。それに合格って言われたことも覚えてる。でも・・・その人の顔が思い出せないの・・・」
ちゃんと思い出そうとすると頭が鈍く痛む。
頭を抱えているとナルトが心配そうに私の名前を呼ぶので私は顔を上げて笑う。
「ごめん、ナルト。ちょっと体調悪いみたいだから今日は帰るわ」
「・・・うん、分かった。お大事にだってばよ」
「うん。ありがとうね」
私は寂しそうに笑うナルトに手を振ってその場から駆け出した。
私は家に帰らず河川敷に座って木ノ葉川をただ眺めていた。
夕陽に染まっていつもと違う顔を見せる川。
自分の家からは遠いからそんなに来ているはずがないのに来るとほっとする。
覚えてないけどきっとカカシ先生と来ていたのだろう。
何となく覚えている、夕陽を背景にこちらを見てくる木ノ葉ベストを着た人。
思い出そうとするとまた頭が痛んだ。
「はぁ・・・」
「よお」
ため息を吐くと後ろから呼ばれて振り向く。
そこには数ヶ月ぶりに見た人。
「サスケくん・・・」
「隣、いいか」
「あ、うん。もちろん」
サスケくんはマントを着たまま隣に座る。
何も喋らず、ただ私と同じように川を見ている。
滅多に里に帰らない彼がここにいるということはあの人のことを聞いたのだろう。
少ししか過ごせなかったが彼も同じ第七班なのだ。
あの人の元で同じ時を過ごしてきた・・・
「・・・私っておかしいのかな」
「何がだ」
「カカシ先生のこと覚えてないからみんなが変なものを見るような目で見てくるの。そりゃそうよね。恋人のことだけ何もかも覚えてないんだもの」
「・・・・・・」
「でも、本当に覚えてないのよ。なんであの人と付き合ってたのいたかも分からない。思い出そうとしたら頭が痛くなるし・・・それに私が好きなのは・・・サスケくんだもの。ずっと、アカデミーの頃からずっとサスケくんのことが好きで、同じ班になれたときは寝れないぐらい嬉しくて好きで・・・」
私は泣き顔を見られたくなくて手で顔を覆う。
そう、私はずっとサスケくんが好きで、今だって胸が高鳴っている。
なのに、なんで・・・
「──ならオレのことを好きでいればいいだろ」
「・・・え?」
サスケくんの言葉にビックリして顔を上げると、唯一晒された右目にまた胸が高鳴ると同時に既視感を覚えた。
「オレが好きならそれでいいんじゃないのか」
「え。う、うん・・・」
真っ直ぐ見つめてくるサスケくんに慣れてなくて先に逸らしてしまった。
「・・・里に帰ってきてお前たちが付き合っていると聞かされた時、後悔した。何でお前を置いて行ったのかと」
「サスケくん・・・」
私は顔を上げて見つめ合う。
漆黒の瞳に囚われてしまったような。
「オレはお前が好きだ」
「!!」
「お前が良いならオレと一緒に行かないか」
「あ・・・」
ずっと恋焦がれてきた人から告白をされて旅に誘われている。
私なら泣いて喜んで今すぐにでも準備をするのに。
体から根が生えているかのように動かなくて頷けずにいた。
そんな私にサスケは小さく笑う。
「やっぱりカカシか」
「!」
「記憶が忘れてもお前はカカシを忘れられるはずがない」
「なんで・・・」
「それはお前が一番分かってるんじゃないのか」
ジッと見つめてくるサスケくん。
また漆黒の瞳に見つめられ、ふとどこかで似たような瞳を見たような気がした。
黒に見えるけど近くで見たら灰色の・・・
ズキンッ
「頭、痛い・・・」
眉間に皺を寄せて頭を抱える。
その手をサスケくんに掴まれる。
「逃げるな」
「サスケくん・・・」
「火影が言っていた。お前にかけた幻術は写輪眼だろうと。写輪眼が無くなっても消えない術をかけるとは。腐っても上忍だな」
サスケくんは小馬鹿したように言いながらもどこか楽しそうに笑った。
そして黒の瞳が紅に変わる。
「オレが解いてやる」
「えっ」
「カカシが出来たんだ。うちはのオレが出来ないことはない」
サスケくんは私の顔を優しく包み、晒された紅い瞳の中の巴がクルクル回りだす。
「オレたちが波の国に行った時、ザブザを倒したのは誰だ」
「倒した、のは・・・」
ズキン
大きな背中の木ノ葉ベストが脳裏に浮かぶ。
「オレがお前を殺そうとした時、助けたのは誰だ」
視界いっぱいに広がる白いマントが浮かぶ。
「カグヤの術で溶岩に飛ばされた時、助けてくれたのは誰だ」
腰に回る太い腕。
男の人の腕なのに全く不愉快じゃなくて、逆に安心する。
だっていつもこの腕に守られて・・・
サスケくんが問いかけのたびにどんどん頭痛がひどくなって何も考えられなくなる。
呼吸も苦しい。
助けて、助けてよ──
「サクラ」
「お前が愛しているのは誰だ」
バチンッ
頭の中で何かが弾けた。
その瞬間、一気に記憶が流れてくる。
困ったように笑う顔、戦闘中の殺気立った顔、額に汗を浮かべながら恍惚した顔。
そして愛おしそうに私を見つめるカカシ先生の顔。
サスケくんに頬を親指で拭われて自分が泣いていることに気づいた。
「ひっ・・・カカシ、せんせぇ・・・」
瞳からは決壊したかのようにボロボロと涙が溢れ、私はまた顔を手で覆う。
サスケくんはしゃくり上げる私の手を今度は外そうとはしなかった。
綱手様が言っていた。
この術の発動条件は先生の死かもしれないと。
先生の考えていたことが今ようやく分かる。
この世に大切な人がいないということがこんなにも心が潰れそうなことだったなんて。
それよりも辛いのはこんなにも愛おしい人の記憶が消えていたこと。
好きな人を思い出すことが出来ない辛さが最も辛い。
そのことを先生は知らない。
だから
「カカシ先生に、会いたい・・・!」
あなたに会ってちゃんと伝えたい。
118/159ページ