short.2
カカシ先生と付き合うようになったのが私が16歳の頃。
先生と教え子から恋人という関係になってから、先生は私をすごく甘やかしてくれる。
教え子の時には知れなかった恋人としてのカカシ先生の顔。
それを知れることに嬉しさを感じていた。
でもいつからか今の関係が辛くなるようになった。
ナルトもサスケくんが世界を救って暫く経った頃、カカシ先生が六代目火影として着任した。
前みたいにいつでも会える存在ではなくなって、この間珍しく里の中で仕事をしている先生の姿を見かけた。
今までの木ノ葉ベストではなく、白い笠に白い服を身にまとって笑っている先生を見た瞬間、なんだか遠い存在に思えてしまった。
先生は先生なのに。
そんなふうに思ってしまった自分が嫌になって、その場から逃げ出した。
そんな時、綱手様からカカシ先生に大名の娘との見合い話が上がっているという話を聞いた。
私と先生が付き合っていることは周りに知らせていない。
元教え子である部下と付き合っていることがバレれば先生が悪く言われてしまうから。
それでもいのには女の感で気づかれて色々吐かされてしまったけど。
そんなことを知らない綱手様は椅子に座って腕を組み大きくため息を吐いた。
「でな。そろそろアイツにも腰を据えさせたくてな。今が一番大変な時期だとは分かっているんだが、あいつを支えてやる相手も必要だと思うわけだ」
「はあ・・・」
綱手様の話に相槌を打つ。
恋人の見合い話を聞いているのに私の頭はやけに落ち着いていた。
たぶん、ついにこの日が来たからかもしれない。
そんな冷静な自分がどこかおかしくて、薄く笑っていると師匠に「どうした?」と不思議そうな顔しているので首を横に振る。
もう潮時かもしれない。
「・・・師匠」
「ん?なんだ」
「お願いがあります」
****
「はぁ・・・はぁ・・・」
その日の夜、頑張って時間を作ってくれた先生にために好物の焼きサンマや茄子の味噌汁を作って久しぶりに2人きりの時間を過ごした。
一緒にもお風呂に入ってそこからえっちな雰囲気になり、そのままベッドに連れていかれて久しぶりだから1回では終わらずに2回もして。
30過ぎてもこっちの方は相変わらず元気だ。
「サクラ・・・」
すっかり落ち着いた先生は肩で息をする私を幸せそうに髪を撫でながら抱きしめてくれる。
情事後にこうやって大好きな先生の腕の中で眠りにつくのが好きだった。
付き合い始めてもう2年。
長いようで短かった幸せな時間。
それが今日で終わる。
「──先生」
「ん?」
「私たち、別れましょう」
「・・・え?」
ピタッと髪を撫ででいた手が止まった。
抱きしていた腕が緩んだので体を起こすと先生の目がこれでもかというぐらい見開かれていたので可愛くてちょっとおかしかった。
顔を見たらダメだと思って背を向けて床に落ちていた自分の服を手に取る。
「そろそろ潮時だと思うの」
「・・・サクラ?何を・・・」
「今までありがとう、カカシ先生」
身支度を整えてベッドから立ち上がり振り返えると、先生は泣きそうな顔で縋るようにこちらを見ていて私も泣きそうになった。
でも私が泣いたらダメだ、自分が決めたことなのだから。
私は精一杯笑顔を作って先生の部屋を出た。
──もしかしたらって思ったけど、カカシ先生は追いかけてこなかった。
****
それから私は綱手様のツテで木ノ葉から離れた集落に医師として暮らすことにした。
大きな街などは大戦後医療も発展したけど、小さな集落はまだまだ手付かずで時々木ノ葉から数人の医療スタッフが出張して住民の診察をしていた。
突然の来訪にも関わらず住人達は驚くことはなく歓迎してくれて、立派な住居も与えてくれた。
私が忍者と知ると子供たちが術を教えてくれと言ってきたので、簡単な忍術を披露すると子供たちは歓喜の声を上げて真似して指を組んでいるのが可愛かった。
そういえば第七班が結成したころ、ナルトが強請ってカカシ先生に忍術を教えてもらって3人でこうやって練習していたことがあった。
先生は面倒そうにしてたけど、もしかしたらこんなふうに私たちを見ていたのだろうかと思ったら胸が温かくて苦しくなった。
そんなある日、集落の自分の家にいのから手紙が届いていた。
里を出る前にいのにだけ先生と別れたこと、里を出てここで暮らすことを伝えていた。
いのはすごく驚いた顔をしていたけど、詳しい話は聞いてこずに私の仕事を嫌な顔をせず請け負ってくれたらからもう頭が上がらない。
いのの手紙にはカカシ先生が結婚して式をあげると書かれていた。
丁寧に日時と場所も書かれていて、綺麗な文字の上に水が落ちて滲む。
それは自分の涙なのだと分かり拭うも、理解した途端に決壊したかのようにボロボロと涙が溢れて止まらない。
自分が望んだことなのに泣いている自分が滑稽で、崩れるようにしゃがみ込むと手の中の手紙がクシャリと音を立てる。
「う・・・くっ・・・、せんせぇ・・・」
私は声を殺して愛する人の名を呼び、もう二度と触れられることのない愛する人の腕を思い出しながら震える自分の体を抱きしめた。
カカシ先生の結婚式当日、私は木ノ葉に帰ってきていた。
誰に知らせるでもなく、こっそりと。
バレて先生の耳に入ってしまわないように。
木ノ葉に昔からある大きな神社に大勢の人が集まっていてその人混みの中に紛れる。
人々が見ている先には目当ての人物がいた。
綺麗な白無垢を着た女性の隣で黒の袴を着ているカカシ先生。
たくさんの人に祝福され女性が微笑んで先生を見て、先生も笑って女性を見つめ合う。
その姿は誰が見てもお似合いの2人だろう。
私みたいに子供ではなくて、私と違ってスラっとして魅力的な女性で。
私とカカシ先生が隣に並んでもこんなふうには見えないだろう。
──もし。もしかしたら隣で笑っていたのが私だったのかな。
なんて、もう来ない未来を想像して胸がズキズキ痛む。
自分からそんな未来を断ち切ったというのに。
私はカカシ先生に遠くから祝福の言葉を述べて、幸せな光景から逃げるように一人こっそりとまた里を出た。
****
カカシ先生の結婚式から1年。
私は色んな集落を転々として生活をする日々を過ごしていた。
行く先々の人々はみんな良い人ばかりで、子供たちは私のことを「サクラ先生」と呼んで慕ってくれた。
なんかくすぐったくて、カカシ先生も同じことを思ってたりしてたのだろうか。
時折届くいのからの手紙には、里のみんなの近況報告は書いてあっても先生のことは結婚式以来書かれなくなった。
たぶんいのが気を使ってくれているのだろう。
知りたいような知りたくないような。
複雑な気持ちで診療所で仕事をしていると、診療所でお手伝いをしてくれている住人の人が部屋をノックして顔を覗かせた。
「サクラ先生。今大丈夫ですか?」
「ええ。どうかした?」
「今木ノ葉の里の人が来てるんですが部屋に通しても?」
「・・・木ノ葉から?ちょうど患者さん途切れてるし大丈夫よ」
「分かりました」
住人は頷いて部屋のドアを閉める。
私は首を傾げながら先ほどまで作業していた書類を片付ける。
木ノ葉からって誰かしら。
いのからの手紙にはここに来るなんて書いてなかったし、ナルト達にはこの場所を知らせていない。
もしかしたら綱手様の使いの人かもしれない。
そんなことを考えているとまた部屋のドアがノックされる。
「はい。どうぞー」
誰とも確認せずに入室を促す。
忍としては不用心だろうけど、もし木ノ葉とは関係ない危ない人でも綱手様譲りの怪力でどうにかできるという自信がある。
それでも警戒心を持ちながら入ってくる人の顔を見て、危うく椅子から転げ落ちそうになる。
だって、そこにいたのは・・・
「か、カカシ、先生・・・!?」
「久しぶり。サクラ」
黒いマントのフードを頭から外して呑気に挨拶してくるのは木ノ葉の現火影であるカカシ先生。
なんでこの人がこんなところにいるんだ。
しかも火影の白い服ではなく怪しいマントを身に着けていて、住人はよくこんな人を招き入れたものだ。
しかし、本当なんでこの人は木ノ葉から離れたこんな小さな集落に居るんだ。
もしかしてお忍びで集落の生活状況を確認して回っているのだろうか。
先生の横を素通りして部屋の外を見るも誰もいなかった。
「オレ1人だよ」
私の考えを読み取ったのか私の疑問を先生が答えてくれて、患者さん用の椅子に座る。
私も恐る恐る先生に向かいの椅子に座るも、視線を上げることができなかった。
先生と目を合わせたら心の中を全部見透かされそうで怖い。
私は先生の顔を見ずに話しかけた。
「・・・もしかして視察か何か?師匠から場所聞いたの?」
「ただのプライベートだよ。場所はいのちゃんから聞いた」
──いの・・・
私は悪友に対して頭を抱えた。
唯一私たちのことを知っている奴のことだ、私が困ることを楽しむために手紙にこのことを書かなかったのだろう。
その親友の思惑通り、1年以上ぶりの先生との会話に胸がときめいている自分がいる。
先生はプライベートだなんて言っていたけど、多忙な火影に里の外に出るプライベートな時間などあるわけがない。
元生徒で元カノのためなんかに時間を使うぐらいなら奥さんに使うべきだ。
「サクラ」
「・・・っ」
先生の声が肩が大げさなほどに跳ねる。
何を喋るつもりなんだ。
何言われるのか分からなくて怖くて、先生の口が先に開く前に矢継ぎ早に先生の言葉を遮る。
「カカシ先生結婚したんでしょ?いのから聞いた。おめでとう。今度遊びに来る時には結婚式の写真持ってきてよ。あ、やっぱり私が里に帰ったときがいいかしら?遅くなったけど私の奢りで七班のみんなとお祝いして──」
「あぁ。彼女とは別れたよ」
「・・・は?」
なんて言った?この男。
ポカーンとした言葉が似あうほど惚ける私を無視して先生は言葉を続ける。
「元々そういう結婚だったんだよ。周りが煩いから、とりあえず結婚して相性が悪かったとか何とか理由付けて離婚しましょうって相手から提案されてね」
「どうして・・・」
まだこんがらがっている頭で何とか聞くと、先生の手が膝の上にあった手に触れてくる。
久しぶりの少し低い体温大きな手に、一気に自分の体温が上がって熱い。
「お互い大事な人がいるから」
いつものヘラっとした表情ではなく真剣なカカシ先生の顔。
触れていた手は気づいたら指から絡められていて、もう逃げることを許さないというように強く握られる。
「相手も恋人がいたんだけど、立場が違うからって親に認めてもらえなくてオレとの見合いを勝手に進められてたことにすごく怒っててね。安心しきってる親族の目を盗んで着々と逃避行の準備してたんだよ。今頃船の上かなぁ」
他人事のように話しながら私の手をにぎにぎと握ってこられ、もう頭が正常に働いていない。
「カカシ先生は、それで良かったの?相手の都合に振り回されたのよ?」
「さっき言ったでしょ?お互いの為だよ。オレのために勝手に身を引いた可愛い恋人を取り戻すためのね」
握っていない手が私の頬に触れて、その瞳に強い意志の熱が込められていて喉が鳴る。
なんでそんな目で私のことを見てくるの。
せっかく決別した想いが1年ぶりに蘇ってくるではないか。
「サクラ、結婚式の日来てたでしょ」
「ど、どうして・・・!?」
「知れば気になってくると思ってたからね。いのちゃんが連絡取ってるって聞いたから伝えてもらったんだよ」
「・・・・・・・・・」
自分の意志で動いていたと思っていたのに、完全に先生の手のひらで転がされていたことに恥ずかしくて死にそう。
赤い顔を見られたくなくて繋がれていない手で顔を隠すと、グイっと手を引かれて椅子のキャスターが転がり至近距離にカカシ先生の顔がくる。
「なぁ。オレが他の人と結婚して、どう思った?」
「どうって・・・」
「教えて」
久しぶりに見る灰青の瞳が縋るようにこちらを見てくる。
やっぱりこの瞳に見つめられると自分の気持ちを吐かされてしまう。
この1年以上、ずっと硬く誰にも知られないようにしていた鍵が開いたとともに目の前の先生の顔が滲んでよく見えない。
「・・・辛かった。もしかしたら、隣にいるのは私だったかもしれないって思ったら・・・辛くて、寂しくて、涙が止まらなかった・・・」
「──じゃあ結婚しよう。今度こそ」
ずっと聞きたかったプロポーズの言葉。
でも私は両目からボロボロ涙を零しながら首を横に振る。
「・・何で?サクラ、まだオレのこと好きでしょ」
「っ!だ、だって、私に火影夫人が務まると思えないもの・・・」
「どうして」
「どうしてって、私にはナルトやサスケくんと違って何もないし・・・」
「ここ数年、サクラが頑張ったおかげで木ノ葉の周辺の里の医療体制は発展した。この1年は特にね。サクラのおかげでたくさんの命が救われた。それ以外に何か必要?」
「だって、先生なんかより子供だし・・・」
はぁ、と先生は大げさなほどに大きくため息を吐いて身をすくませる。
だってずっと考えてたことなんだもの。
先生と付き合っている間も、どうしようもない差が辛くてしょうがなかった。
「オレたちどれだけ歳が離れてると思ってんだ?どれだけ時間が経ってもこの年齢差は埋まらない。でも、お前はもう子供じゃないでしょ?」
私たちが出会って6年。
先生の胸元にしかなかった身長は少し顔を上げてばすぐそこに先生の顔が来るようになった。
出会ったことには取れなかった鈴が取れるようになった。
戦争で先生に背中を預けてもらえるようになった。
子供をあやすように撫でられていた手が、大人の女性に対するように撫でてくるようになって何度も身体を重ねてきた。
1人の女性として接してくれるようになった。
オレは子供を抱くような奴じゃないよと呆れたように笑う先生の顔に、もう逃げる理由が思いつかない。
そしてもう逃げることは許さないといつの間にか腰に回されていた手が強く引きよせてくる。
気づいたら唇が合わさるほどにカカシ先生の顔が近づいている。
「白無垢もドレスもきっと似合うよ。サクラはどっちがいい?」
「・・・・・・どっちも」
「ふっ。りょーかい」
先生は嬉しそうに笑って1年ぶりに唇が触れた。
離れていた時間を埋めるように長く続くキスに、一筋の涙が頬を流れた。
先生と教え子から恋人という関係になってから、先生は私をすごく甘やかしてくれる。
教え子の時には知れなかった恋人としてのカカシ先生の顔。
それを知れることに嬉しさを感じていた。
でもいつからか今の関係が辛くなるようになった。
ナルトもサスケくんが世界を救って暫く経った頃、カカシ先生が六代目火影として着任した。
前みたいにいつでも会える存在ではなくなって、この間珍しく里の中で仕事をしている先生の姿を見かけた。
今までの木ノ葉ベストではなく、白い笠に白い服を身にまとって笑っている先生を見た瞬間、なんだか遠い存在に思えてしまった。
先生は先生なのに。
そんなふうに思ってしまった自分が嫌になって、その場から逃げ出した。
そんな時、綱手様からカカシ先生に大名の娘との見合い話が上がっているという話を聞いた。
私と先生が付き合っていることは周りに知らせていない。
元教え子である部下と付き合っていることがバレれば先生が悪く言われてしまうから。
それでもいのには女の感で気づかれて色々吐かされてしまったけど。
そんなことを知らない綱手様は椅子に座って腕を組み大きくため息を吐いた。
「でな。そろそろアイツにも腰を据えさせたくてな。今が一番大変な時期だとは分かっているんだが、あいつを支えてやる相手も必要だと思うわけだ」
「はあ・・・」
綱手様の話に相槌を打つ。
恋人の見合い話を聞いているのに私の頭はやけに落ち着いていた。
たぶん、ついにこの日が来たからかもしれない。
そんな冷静な自分がどこかおかしくて、薄く笑っていると師匠に「どうした?」と不思議そうな顔しているので首を横に振る。
もう潮時かもしれない。
「・・・師匠」
「ん?なんだ」
「お願いがあります」
****
「はぁ・・・はぁ・・・」
その日の夜、頑張って時間を作ってくれた先生にために好物の焼きサンマや茄子の味噌汁を作って久しぶりに2人きりの時間を過ごした。
一緒にもお風呂に入ってそこからえっちな雰囲気になり、そのままベッドに連れていかれて久しぶりだから1回では終わらずに2回もして。
30過ぎてもこっちの方は相変わらず元気だ。
「サクラ・・・」
すっかり落ち着いた先生は肩で息をする私を幸せそうに髪を撫でながら抱きしめてくれる。
情事後にこうやって大好きな先生の腕の中で眠りにつくのが好きだった。
付き合い始めてもう2年。
長いようで短かった幸せな時間。
それが今日で終わる。
「──先生」
「ん?」
「私たち、別れましょう」
「・・・え?」
ピタッと髪を撫ででいた手が止まった。
抱きしていた腕が緩んだので体を起こすと先生の目がこれでもかというぐらい見開かれていたので可愛くてちょっとおかしかった。
顔を見たらダメだと思って背を向けて床に落ちていた自分の服を手に取る。
「そろそろ潮時だと思うの」
「・・・サクラ?何を・・・」
「今までありがとう、カカシ先生」
身支度を整えてベッドから立ち上がり振り返えると、先生は泣きそうな顔で縋るようにこちらを見ていて私も泣きそうになった。
でも私が泣いたらダメだ、自分が決めたことなのだから。
私は精一杯笑顔を作って先生の部屋を出た。
──もしかしたらって思ったけど、カカシ先生は追いかけてこなかった。
****
それから私は綱手様のツテで木ノ葉から離れた集落に医師として暮らすことにした。
大きな街などは大戦後医療も発展したけど、小さな集落はまだまだ手付かずで時々木ノ葉から数人の医療スタッフが出張して住民の診察をしていた。
突然の来訪にも関わらず住人達は驚くことはなく歓迎してくれて、立派な住居も与えてくれた。
私が忍者と知ると子供たちが術を教えてくれと言ってきたので、簡単な忍術を披露すると子供たちは歓喜の声を上げて真似して指を組んでいるのが可愛かった。
そういえば第七班が結成したころ、ナルトが強請ってカカシ先生に忍術を教えてもらって3人でこうやって練習していたことがあった。
先生は面倒そうにしてたけど、もしかしたらこんなふうに私たちを見ていたのだろうかと思ったら胸が温かくて苦しくなった。
そんなある日、集落の自分の家にいのから手紙が届いていた。
里を出る前にいのにだけ先生と別れたこと、里を出てここで暮らすことを伝えていた。
いのはすごく驚いた顔をしていたけど、詳しい話は聞いてこずに私の仕事を嫌な顔をせず請け負ってくれたらからもう頭が上がらない。
いのの手紙にはカカシ先生が結婚して式をあげると書かれていた。
丁寧に日時と場所も書かれていて、綺麗な文字の上に水が落ちて滲む。
それは自分の涙なのだと分かり拭うも、理解した途端に決壊したかのようにボロボロと涙が溢れて止まらない。
自分が望んだことなのに泣いている自分が滑稽で、崩れるようにしゃがみ込むと手の中の手紙がクシャリと音を立てる。
「う・・・くっ・・・、せんせぇ・・・」
私は声を殺して愛する人の名を呼び、もう二度と触れられることのない愛する人の腕を思い出しながら震える自分の体を抱きしめた。
カカシ先生の結婚式当日、私は木ノ葉に帰ってきていた。
誰に知らせるでもなく、こっそりと。
バレて先生の耳に入ってしまわないように。
木ノ葉に昔からある大きな神社に大勢の人が集まっていてその人混みの中に紛れる。
人々が見ている先には目当ての人物がいた。
綺麗な白無垢を着た女性の隣で黒の袴を着ているカカシ先生。
たくさんの人に祝福され女性が微笑んで先生を見て、先生も笑って女性を見つめ合う。
その姿は誰が見てもお似合いの2人だろう。
私みたいに子供ではなくて、私と違ってスラっとして魅力的な女性で。
私とカカシ先生が隣に並んでもこんなふうには見えないだろう。
──もし。もしかしたら隣で笑っていたのが私だったのかな。
なんて、もう来ない未来を想像して胸がズキズキ痛む。
自分からそんな未来を断ち切ったというのに。
私はカカシ先生に遠くから祝福の言葉を述べて、幸せな光景から逃げるように一人こっそりとまた里を出た。
****
カカシ先生の結婚式から1年。
私は色んな集落を転々として生活をする日々を過ごしていた。
行く先々の人々はみんな良い人ばかりで、子供たちは私のことを「サクラ先生」と呼んで慕ってくれた。
なんかくすぐったくて、カカシ先生も同じことを思ってたりしてたのだろうか。
時折届くいのからの手紙には、里のみんなの近況報告は書いてあっても先生のことは結婚式以来書かれなくなった。
たぶんいのが気を使ってくれているのだろう。
知りたいような知りたくないような。
複雑な気持ちで診療所で仕事をしていると、診療所でお手伝いをしてくれている住人の人が部屋をノックして顔を覗かせた。
「サクラ先生。今大丈夫ですか?」
「ええ。どうかした?」
「今木ノ葉の里の人が来てるんですが部屋に通しても?」
「・・・木ノ葉から?ちょうど患者さん途切れてるし大丈夫よ」
「分かりました」
住人は頷いて部屋のドアを閉める。
私は首を傾げながら先ほどまで作業していた書類を片付ける。
木ノ葉からって誰かしら。
いのからの手紙にはここに来るなんて書いてなかったし、ナルト達にはこの場所を知らせていない。
もしかしたら綱手様の使いの人かもしれない。
そんなことを考えているとまた部屋のドアがノックされる。
「はい。どうぞー」
誰とも確認せずに入室を促す。
忍としては不用心だろうけど、もし木ノ葉とは関係ない危ない人でも綱手様譲りの怪力でどうにかできるという自信がある。
それでも警戒心を持ちながら入ってくる人の顔を見て、危うく椅子から転げ落ちそうになる。
だって、そこにいたのは・・・
「か、カカシ、先生・・・!?」
「久しぶり。サクラ」
黒いマントのフードを頭から外して呑気に挨拶してくるのは木ノ葉の現火影であるカカシ先生。
なんでこの人がこんなところにいるんだ。
しかも火影の白い服ではなく怪しいマントを身に着けていて、住人はよくこんな人を招き入れたものだ。
しかし、本当なんでこの人は木ノ葉から離れたこんな小さな集落に居るんだ。
もしかしてお忍びで集落の生活状況を確認して回っているのだろうか。
先生の横を素通りして部屋の外を見るも誰もいなかった。
「オレ1人だよ」
私の考えを読み取ったのか私の疑問を先生が答えてくれて、患者さん用の椅子に座る。
私も恐る恐る先生に向かいの椅子に座るも、視線を上げることができなかった。
先生と目を合わせたら心の中を全部見透かされそうで怖い。
私は先生の顔を見ずに話しかけた。
「・・・もしかして視察か何か?師匠から場所聞いたの?」
「ただのプライベートだよ。場所はいのちゃんから聞いた」
──いの・・・
私は悪友に対して頭を抱えた。
唯一私たちのことを知っている奴のことだ、私が困ることを楽しむために手紙にこのことを書かなかったのだろう。
その親友の思惑通り、1年以上ぶりの先生との会話に胸がときめいている自分がいる。
先生はプライベートだなんて言っていたけど、多忙な火影に里の外に出るプライベートな時間などあるわけがない。
元生徒で元カノのためなんかに時間を使うぐらいなら奥さんに使うべきだ。
「サクラ」
「・・・っ」
先生の声が肩が大げさなほどに跳ねる。
何を喋るつもりなんだ。
何言われるのか分からなくて怖くて、先生の口が先に開く前に矢継ぎ早に先生の言葉を遮る。
「カカシ先生結婚したんでしょ?いのから聞いた。おめでとう。今度遊びに来る時には結婚式の写真持ってきてよ。あ、やっぱり私が里に帰ったときがいいかしら?遅くなったけど私の奢りで七班のみんなとお祝いして──」
「あぁ。彼女とは別れたよ」
「・・・は?」
なんて言った?この男。
ポカーンとした言葉が似あうほど惚ける私を無視して先生は言葉を続ける。
「元々そういう結婚だったんだよ。周りが煩いから、とりあえず結婚して相性が悪かったとか何とか理由付けて離婚しましょうって相手から提案されてね」
「どうして・・・」
まだこんがらがっている頭で何とか聞くと、先生の手が膝の上にあった手に触れてくる。
久しぶりの少し低い体温大きな手に、一気に自分の体温が上がって熱い。
「お互い大事な人がいるから」
いつものヘラっとした表情ではなく真剣なカカシ先生の顔。
触れていた手は気づいたら指から絡められていて、もう逃げることを許さないというように強く握られる。
「相手も恋人がいたんだけど、立場が違うからって親に認めてもらえなくてオレとの見合いを勝手に進められてたことにすごく怒っててね。安心しきってる親族の目を盗んで着々と逃避行の準備してたんだよ。今頃船の上かなぁ」
他人事のように話しながら私の手をにぎにぎと握ってこられ、もう頭が正常に働いていない。
「カカシ先生は、それで良かったの?相手の都合に振り回されたのよ?」
「さっき言ったでしょ?お互いの為だよ。オレのために勝手に身を引いた可愛い恋人を取り戻すためのね」
握っていない手が私の頬に触れて、その瞳に強い意志の熱が込められていて喉が鳴る。
なんでそんな目で私のことを見てくるの。
せっかく決別した想いが1年ぶりに蘇ってくるではないか。
「サクラ、結婚式の日来てたでしょ」
「ど、どうして・・・!?」
「知れば気になってくると思ってたからね。いのちゃんが連絡取ってるって聞いたから伝えてもらったんだよ」
「・・・・・・・・・」
自分の意志で動いていたと思っていたのに、完全に先生の手のひらで転がされていたことに恥ずかしくて死にそう。
赤い顔を見られたくなくて繋がれていない手で顔を隠すと、グイっと手を引かれて椅子のキャスターが転がり至近距離にカカシ先生の顔がくる。
「なぁ。オレが他の人と結婚して、どう思った?」
「どうって・・・」
「教えて」
久しぶりに見る灰青の瞳が縋るようにこちらを見てくる。
やっぱりこの瞳に見つめられると自分の気持ちを吐かされてしまう。
この1年以上、ずっと硬く誰にも知られないようにしていた鍵が開いたとともに目の前の先生の顔が滲んでよく見えない。
「・・・辛かった。もしかしたら、隣にいるのは私だったかもしれないって思ったら・・・辛くて、寂しくて、涙が止まらなかった・・・」
「──じゃあ結婚しよう。今度こそ」
ずっと聞きたかったプロポーズの言葉。
でも私は両目からボロボロ涙を零しながら首を横に振る。
「・・何で?サクラ、まだオレのこと好きでしょ」
「っ!だ、だって、私に火影夫人が務まると思えないもの・・・」
「どうして」
「どうしてって、私にはナルトやサスケくんと違って何もないし・・・」
「ここ数年、サクラが頑張ったおかげで木ノ葉の周辺の里の医療体制は発展した。この1年は特にね。サクラのおかげでたくさんの命が救われた。それ以外に何か必要?」
「だって、先生なんかより子供だし・・・」
はぁ、と先生は大げさなほどに大きくため息を吐いて身をすくませる。
だってずっと考えてたことなんだもの。
先生と付き合っている間も、どうしようもない差が辛くてしょうがなかった。
「オレたちどれだけ歳が離れてると思ってんだ?どれだけ時間が経ってもこの年齢差は埋まらない。でも、お前はもう子供じゃないでしょ?」
私たちが出会って6年。
先生の胸元にしかなかった身長は少し顔を上げてばすぐそこに先生の顔が来るようになった。
出会ったことには取れなかった鈴が取れるようになった。
戦争で先生に背中を預けてもらえるようになった。
子供をあやすように撫でられていた手が、大人の女性に対するように撫でてくるようになって何度も身体を重ねてきた。
1人の女性として接してくれるようになった。
オレは子供を抱くような奴じゃないよと呆れたように笑う先生の顔に、もう逃げる理由が思いつかない。
そしてもう逃げることは許さないといつの間にか腰に回されていた手が強く引きよせてくる。
気づいたら唇が合わさるほどにカカシ先生の顔が近づいている。
「白無垢もドレスもきっと似合うよ。サクラはどっちがいい?」
「・・・・・・どっちも」
「ふっ。りょーかい」
先生は嬉しそうに笑って1年ぶりに唇が触れた。
離れていた時間を埋めるように長く続くキスに、一筋の涙が頬を流れた。
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