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◯心の天秤

「サクラは可愛いね」

毎日毎日、カカシはサクラを褒める。
頭を撫でたり、時には顔を近づけてだったり。
普通なら嬉しくなる言葉だろうが、サクラにとって気分が高揚するものではないらしい。
その証拠に白い頬は風船のように膨れている。

「・・・それ、どういう意味?」
「どうって?」
「〜〜〜!もういい!!」

カカシの返答が気に食わなかったサクラは地団駄を踏みながら去っていく。
忍らしからぬその足取りにカカシは喉の奥で笑いながら薄紅の少女の背中を愛おしそうに見つめる。
最近、サクラの心の変化に気づいていた。
ずっと黒髪の少年ばかり見ていたその翡翠の瞳がだんだんとこちらを見る回数が増えていく。
だがまだサクラの中にはサスケがいる。
完全にサクラの中の天秤が自分に傾くのを待っている。
早くサクラの中が自分のことだけで埋まればいいのに。






◯2人の居場所

カカシ先生と付き合うようになって、私たちは2人で過ごすようになった。
任務が終わって報告書を出しに行く先生と手を繋いでアカデミーに行って、それから一緒に図書館に行って夕飯の時間まで本を読む。
先生は相変わらずイチャパラだけど、それでも隣に座って一緒にいてくれる時間が好きだった。
そんな時間を過ごしていると目の前が陰り、顔を上げると見知らぬくノ一が数人立っていた。
しかし女たちは私に興味がないのか、ただ一点、隣の先生だけを見ている。
同じように気づいた先生は先に声をかけた。

「何か用?」
「私たち、カカシさんに色々教わりたいなって。よければご一緒にご飯でもいかがですか?」

あぁ、完全に私は眼中にないらしい。
あってもこんな小娘なんかには負けないという自信があるのだろう。
そりゃ胸もお尻も薄い子供とは違い、メリハリのある魅惑的な体を持っているのだ。
普通ならその豊満な胸に目が釘付けになるはずだ。
密かに落ち込んでいると、本を持つ手に大きな手が重ねられる。
そして私の手と指が絡まる。

「悪いけど彼女といるから」

顔を上げれば優しく微笑む先生に嬉しくなる。
女たちは残念そうに私たちから離れていき、また2人だけの空間で私たちは体を寄り添った。






◯かえりたくない

「帰りたくない」

それは唐突に発せられた。
カカシとサクラの関係は師と弟子から恋人という名前に変わった。
しかしお互い忙しい身でもあり、恋人ではあるがまだキス止まり。
まだ幼い恋人に無理はさせたくないとカカシは静かに耐えていたのだ。
しかしそんな恋人の心情など知らないサクラは、久しぶりのデートの帰り道、突然おんぶしろとねだってきてカカシは渋々サクラを背負って一人暮らしをするサクラの家へと向かう。
昔もこうやっておんぶしろと何度も強請られてしていたな、と昔に思いを馳せていると、ギュッと首に回る腕が強まる。
そうすると更に密着することになり、昔には感じなかった2つの膨らみに意識が向いてしまう。
何とか別のことに意識を向けようとすると「先生」と後ろから小さく名前を呼ばれて先ほどの発言だ。
知らぬうちに足が止まり、人通りのない夜道の真ん中で2人きり。

「・・・どう意味」
「・・・言葉の通りよ。先生の家に連れてって」
「・・・分かって言ってるのか」

期待に声が掠れる。
サクラはまたギュッと抱きついてきて、無意識に喉が鳴る。
カカシはふう、と息を吐き、進行方向を変えてまた足を進めた。






◯逃げて追いかけて逃げて

いつからかサクラがオレを避けていることに気づいた。
目が合うと逸らすし、話しかけようとしたら逃げる。
これから4人で任務をこなしていくのだ。
不穏要素はすみかに消しておくに限る。
そう思って逃げるように帰ろうとするサクラの肩を掴むと、痴漢にあったかのような声で叫ばれて思わず手を離す。
サクラは自分のしたことに泣きそうな顔をしながらも、またオレから逃げて行った。
何か知らぬ間に嫌われるようなことをしたのなら謝りたい。
なのにそれすらも叶わない。
しかもナルトとサスケとは普通に話している。
苛立ちがだんだんと溜まっていき、オレは小さくなっていく背中を全力で追いかけた。
気づいたサクラもまた全力で逃げるが、下忍が上忍から逃げ切れるわけもない。
すぐに追いついて後ろからサクラを羽交締めする。
願としてこちらを見ようとしないサクラを無理やりこちらに向かせ、その顔に虚を突かれた。
腕が緩み、その隙にサクラはまた逃げ出した。
今度は追いかけない。
いや、追いかけられない。
足が動かない。
薄紅色の髪よりも真っ赤な顔、潤んだ瞳。
その意味が分からないほど鈍くはない。

「・・・まじか」

オレの顔は口布越しでも分かるほど熱かった。






◯定位置

カカシの横にはいつもサクラがいる。
任務へと歩いている時や、雑談をしている時、作戦を伝えている時。
だいたいナルトとサスケが歪みあっているからか、カカシとサクラが一緒にいることが多かった。
それに対して不快感はなく、逆に安心感を覚える。
だが2人は恋人関係ではない。
ただの上司と部下だ。
そしてカカシはモテる。
いつもカカシの隣にいるサクラに女たちの嫉妬が向けられてしまった。

ある日、待ち合わせの橋に行くとサクラの様子がおかしかった。
無理に笑顔を作り、鈍いナルトはその様子に気づいていないようだったが勘の鋭いサスケは気づき、ちょくちょくサクラの様子を伺っている。
カカサクは任務に向かう道すがら、2人に聞こえないように話しかける。

「・・・もう先生の隣に立たないことにするわ」
「・・・誰かに何か言われたのか」
「・・・・・・・・・」

カカシが少し怒気を含んだ声で聞くとサクラは黙る。
それは肯定と同じだった。
カカシが重くため息を吐くと小さいサクラの体が更に縮こまり、カカシの顔を見ようとしない。
カカシは止まり、半歩前を歩くサクラの腕を掴んで止まらせる。
振り返るとサクラの瞳は薄い膜が張っており、今にも溢れそうで。
カカシはしゃがみこんで、サクラと目線が合うようにして話す。

「他人の言葉なんか気にするな。サクラにはこれからも隣に居てほしい。サクラはどうだ?」

カカシは真っ直ぐ本音を伝えると、サクラはグッと下唇を噛み、泣きそうな顔でいつものように笑った。

「・・・私も先生の隣に居たい」
「うん」

カカシは笑ってサクラの頭を撫でると立ち上がり、サクラの手を握って先を歩く2人の少年の後を追いかけた。



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