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短いお話

『――だって私は、本当のミンフィリアじゃない…!」

その言葉が、嫌に心に残っている。
悩みの根底はきっと同じなのだ。私はミンフィリアの代わりにはなれないし、第一世界のミンフィリアだって、本物のミンフィリアの代わりにはなれない。
そんな事、わかりきっている。それでも、悩まずにはいられないのだ。

「私が、ミンフィリアの代わりにあの時残っていれば…」
ぽつりとつぶやきながら星見の間へと続く階段に腰を下ろす。取り戻した夜空を眺めているとぽたぽたと涙が溢れてきた。英雄ならば泣くべきではない。泣き顔を見せれば、彼すらも愛想を尽かしてしまうかもしれない。ごしごしと目を擦るが、涙は止まるどころかどんどんと溢れ出してくる。

「…あなたがこんな所で泣いているとは。一体、どうしたんだ?」
「すい、しょうこう……」
ふと後ろを振り返ると、水晶公がこちらに近付いてきていたのがわかった。水晶公はゆっくりと自分の隣に座ると、こちらに顔を向けながら言葉を続けた。

「誰かに…何か、言われたのか?」
「ううん、違う……ただ、私が生きてることよりも、もっと良い選択肢があったんじゃないかって……思って」

「……何故、そう思う?」
先程声をかけた時よりも低く、それでいて不安そうな声で水晶公は言葉を促してくる。

「私ね、大切な人がいるんだ。でも、彼には家族のように大切に想ってる人がいて、その人の代わりにはきっとなれない……だから、私が生き残るよりも、その人が生き残っていてくれたほうがきっと…彼だって幸せで、世界だってきっと……今より良いものになってたんじゃないかなって」

ぽつぽつとゆっくり話す私に、水晶公はじっと耳を傾けていた。

「…あなたがその人を大切に想っていることはわかった。だが、それでも…私は、あなたが死んでいてよかったなどとは決して思わないさ。」

そう言って水晶公は私の頭にそっと手を乗せると、優しく撫でてきた。始めは驚いたが、撫でられる感覚が嫌に嬉しく、どこか懐かしさを覚えてまた涙が溢れてきた。

「沢山泣くと良い。今は誰もいない。それに、あなたの涙はあなたが取り戻した夜の闇に溶けて消えていく事だろう。……私も、あなたのように大切な誰かのためならば、この身を捧げても良いと思っている。しかし、その決断はすぐでなくても良い。本人に気持ちが言えないのならば、誰かに相談するのも悪くはないだろう。」

優しい声でそう語ってくれる水晶公に小さい声でわかった、と言えば水晶公は軽く微笑んでくれた。水晶公にも大切な人がいて、そしてその人の為に命をかけようとしている。彼も私と似たようなものなのかもしれない。そう思うとなんだか心が軽くなるようだった。

「ありがとう、水晶公。またこうやって相談してもいいかな…?」

「ああ、勿論だとも。………大切な人の話も聞けないほど、落ちぶれてはいないさ」
そう言って水晶公はどこか別の場所を見つめていた。最後の言葉は小さく、聞き取れはしなかったが、水晶公が話を聞いてくれると言ってくれただけで嬉しかった。今はそれだけで十分だ。

階段から立ち上がり、お尻の砂を軽く落とす。水晶公の方を向き、ありがとうと声をかけて階段を降りる。今日はなんだかよく眠れそうだ。

ペンダント居住館へと歩いていった私を見送ると、階段の下でこちらを覗いていた一人の男の影も、夜の闇に消えていった。
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