短いお話
恋は盲目、とはよく言ったものだ。
惚れた女相手だと普段自分が抑えている理性や常識が通じなくなる。それでは駄目だと頭では理解しているが、身体がそれに追いつくかどうかはまた別の話で。
「…どうしたもんかな」
ぽつりと呟く。目の前には仲間であり、相棒であり、世界を救った英雄がいる。呟いた声に反応してこちらを見つめるその眼差しは、お世辞にも英雄と呼べるような顔ではなく。
「あー…いや、ただの独り言だ」
そう言うと英雄はそっか、と返事をして武器の手入れを始める。
使い込まれた武器は今までに駆け抜けてきた戦場の数を物語っており、ふと目線を下に落とすと腕や脚にもいくつもの傷が見えた。
もしも、もしも英雄にならなければ、普通の人間と同じように日々を過ごしていたのだろうか。
いや、それでは掟の番人である自分と出会うことは無かっただろう。それならば、英雄でいてくれてありがとう、と感謝すべきなのだろうか。
そのまま英雄として生きるくらいならば、いつか自分が伝えたように、ここに匿って、そしてそのまま英雄としての生を終えさせて、自分の傍に置いて。
――今、自分は何を考えた?
世界が必要としている英雄を、自分だけの物にしようとしていた?
…ああ、そうか。嫌だったのだ。英雄として彼女がいつか消えてしまうのではないか。自分という存在がどんどん彼女の中で小さくなっていって、いつか無くなってしまうのではないか、と。
そんなどす黒い思考をぐるぐると巡らせていると、ふと声が聞こえた。
大丈夫か、と。
まさか自分のことを考えているなど、露程も思っていないであろう彼女が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「…はは、大丈夫だ。お前が心配するような事じゃねぇよ。」
そう答えると英雄は安心したような表情を見せ、立ち上がる。
「もう、行くのか?」
そう聞くとこくりと頷いて出口へと向かっていく。行かせたくないと、出ていこうとする腕を掴む。
こうやって引き止めた所で、英雄である彼女が止まるわけが無いと頭では理解しながら。
掴んだ腕は細く、簡単に折れてしまいそうで。この腕で色々なものを護ってきたのか。そう考えると裏社会で生きる自分とは真逆なのだと、改めて実感させられる。
「……悪い、何でもない。今日は無事に顔が見れてよかったぜ。また来いよ。」
そうお決まりの言葉を放ち、掴んでいた腕を離す。英雄は何かを言いかけたようだったが、そのまま扉を開け外に出た。
「はぁ…中々、ままならねぇもんだな。」
惚れた女を口説くことも、引き止める事も出来ずにただ見守ることしかできない。そんな自分に心底腹が立つ。
だが、諦めるものか。彼女を手に入れる。それだけは、誰にも譲れないのだ。
だからどうか、どうかそれまでは、俺の事を忘れないでいてくれよ。
惚れた女相手だと普段自分が抑えている理性や常識が通じなくなる。それでは駄目だと頭では理解しているが、身体がそれに追いつくかどうかはまた別の話で。
「…どうしたもんかな」
ぽつりと呟く。目の前には仲間であり、相棒であり、世界を救った英雄がいる。呟いた声に反応してこちらを見つめるその眼差しは、お世辞にも英雄と呼べるような顔ではなく。
「あー…いや、ただの独り言だ」
そう言うと英雄はそっか、と返事をして武器の手入れを始める。
使い込まれた武器は今までに駆け抜けてきた戦場の数を物語っており、ふと目線を下に落とすと腕や脚にもいくつもの傷が見えた。
もしも、もしも英雄にならなければ、普通の人間と同じように日々を過ごしていたのだろうか。
いや、それでは掟の番人である自分と出会うことは無かっただろう。それならば、英雄でいてくれてありがとう、と感謝すべきなのだろうか。
そのまま英雄として生きるくらいならば、いつか自分が伝えたように、ここに匿って、そしてそのまま英雄としての生を終えさせて、自分の傍に置いて。
――今、自分は何を考えた?
世界が必要としている英雄を、自分だけの物にしようとしていた?
…ああ、そうか。嫌だったのだ。英雄として彼女がいつか消えてしまうのではないか。自分という存在がどんどん彼女の中で小さくなっていって、いつか無くなってしまうのではないか、と。
そんなどす黒い思考をぐるぐると巡らせていると、ふと声が聞こえた。
大丈夫か、と。
まさか自分のことを考えているなど、露程も思っていないであろう彼女が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「…はは、大丈夫だ。お前が心配するような事じゃねぇよ。」
そう答えると英雄は安心したような表情を見せ、立ち上がる。
「もう、行くのか?」
そう聞くとこくりと頷いて出口へと向かっていく。行かせたくないと、出ていこうとする腕を掴む。
こうやって引き止めた所で、英雄である彼女が止まるわけが無いと頭では理解しながら。
掴んだ腕は細く、簡単に折れてしまいそうで。この腕で色々なものを護ってきたのか。そう考えると裏社会で生きる自分とは真逆なのだと、改めて実感させられる。
「……悪い、何でもない。今日は無事に顔が見れてよかったぜ。また来いよ。」
そうお決まりの言葉を放ち、掴んでいた腕を離す。英雄は何かを言いかけたようだったが、そのまま扉を開け外に出た。
「はぁ…中々、ままならねぇもんだな。」
惚れた女を口説くことも、引き止める事も出来ずにただ見守ることしかできない。そんな自分に心底腹が立つ。
だが、諦めるものか。彼女を手に入れる。それだけは、誰にも譲れないのだ。
だからどうか、どうかそれまでは、俺の事を忘れないでいてくれよ。
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