十六歳 ふたりがみつけた花

「ははははっ、見事な鶴と紙ひこうきじゃのう」

「これ、この鶴は私が折ったの。こっちはお姉ちゃんで、こっちがお兄ちゃん。このちょっとよれてる紙ひこうきは、弟の六太ががんばって折ったんだよ。あ、それときいて!竹雄兄ちゃんと茂がね───」

あちこち飛び回るひな鳥のような花子の話に、校務員さんは耳を傾ける。スカートのポケットから、買ってもらったばかりのスマホをこっそりとのぞかせた。面会時間は約十分でと、受付のボードに書かれていたのだ。部屋に入って、大方十分は過ぎようとしている。

でも…。
二人の姿を眺めていると、そんなルールを守る気など失せてしまう。もし怒られたら、妹の代わりに謝ってあげよう。二人の和やかな雰囲気が自分をそんな気持ちにさせた。思う存分、お話してたらいい。そう思いながら会話を聞いていると、ふいに花子が言った。

「ねぇ、一人でさびしくない?」
「…さびしい…ねぇ。家でももうずっと一人じゃからのぉ。場所が変わっただけで大差はない。それにほれ、見てごらん」

校務員さんの目線の先には窓があった。正確には窓の先にある風景を指している。空の下には低い山々が連なり、自然の生んだ植物が陽射しを浴びて埋め尽くされていた。薄桃色に染められた花が、まるで誰かの足跡のようにぽつりぽつりと山を歩いている。

「ここは日当たりもいいし、見晴らしがよくてな。向こうの山を眺めていると、案外あっちゅう間に時間が経ってるんじゃよ」

「あ…そっか。お花が好きなんですよね」
思わず口に出てしまう。はっと口元を抑えたものの、遅かった。

「あぁ。花も草も木も、眺めるのが好きでね。花は特に正直じゃ。ただ自然の摂理に沿い、自分の運命を静かに受け入れる強さがある。しかしその反面、それに抗おうとする強さも持っている。そして何よりも儚い。だからこそ美しい花を咲かせるんじゃ」

「…儚い…」
だからこそ美しい。

頭に電流のような痛みが走る。それは一秒にも満たないほど一瞬でおわり、立ち眩みを感じたのかと思ったけどそうではなかった。なぜだろう。この人の言葉が、やけにしっくりとくる。

コンコン、と扉をノックする音が響いた。
校務員さんが返事をすると、看護師さんがカーテンをくぐって部屋に入ってきた。

「失礼します。そろそろお体を…あら、可愛いお見舞いの方ですね」そう愛想よく看護師さんは言ってくれたものの、面会時間を過ぎていることを咎められるかもしれない。借りていた椅子から立ち上がった。

「あ…こんにちは。花子、そろそろお暇しなきゃ」
「うん。あ、まって。最後にこれ」

花子が慌てて取り出した手紙を、校務員さんは緩やかに受け取った。花柄の便箋には、彼女からの応援や励ましの言葉がたくさん込められているはずだ。

「…ありがとう、花ちゃん」
「さびしくなったら読んでね!」
「はははっ、さびしくなくても読むさ」

「お大事になさってください」

「襧豆子ちゃんも、ありがとうな」
片手を上げる校務員さんに向かって頭を下げた。看護師さんにもお辞儀をして部屋を出る間際、最後に花子が振り返って手を振った。


「ばいばい!また来るね、鉄井戸さん」

カチリ。何かと何かの嵌め合う音を最後に聞いた気がして、扉がゆっくりと閉まっていくのを見送った。
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