十六歳 ふたりがみつけた花

ふと目線を下へやる。いつの間にか自分の右手は、小指だけをぴんと真っ直ぐに立てて、誰もいない空間に向き合っていた。それはまるで、誰かと指切りをしているようで、小指の先がじわりと熱を宿していく。風に乗った薄桃色の花びらが一枚、指先にふれた。その瞬間、世界をひっくり返したように視界が切り替わり、私の夢はそこで途切れた。


───夢と現実の境界線。曖昧なその線を明確にしてくれたのは、見慣れた天井に聞き慣れた秒針の音だった。重いはずの目蓋がやけに軽い。いつもの寝起きに比べ、視界がくっきりと開けている気がする。その原因は、自分の瞳が水気を帯びていたからだった。

「………あれ?」
目尻にたまった涙を指先で拭うと、重だるい上半身を起こす。

ベット脇にある置き時計を見ると、時刻は朝五時を指していた。まだ暗い部屋の中を見回してみるも、当たり前に花びらなんて舞っていなかった。右手をゆっくりと持ち上げて、指切りげんまんの形を作ってみる。小指を折り曲げてみても、特に変化はみられなかった。

"襧豆子がくるのちゃんと待ってるから"

「………待ってる……?」

どこで。誰が。

「………私を?」
──心がざわつく。
自分の声が震えていることに驚いていた。収まっていたはずの涙が、また一筋と頬をなぞっていく。夢の中で、指と指がふれあった感覚をはっきりと思い出せる。いつも見ていた花の夢は、今日初めてその意味を訴えてきた気がするのだ。

音は聞こえずとも、流れる風を示していた花びら達。強く揺さぶられるような、時間がないと急き立てているような、昂る感情が渦になったように舞い踊っていた。まるで恐怖にも似たこの感情は何だろうか。胸の奥で静かに芽吹いたこの気持ちを、どう言い表したらいいかわからない。

ただわかるのは、誰かが自分を待っているということ。



「誰………?」
シンと静まりかえった部屋に、自分の声だけが響いた。カーテンの隙間から朝日が差し込みだして、階下で自分を呼ぶ母の声がする。

夢から現実に持ち帰ってきたわだかまりを胸に、ゆっくりとベットから下りた。
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