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08

 魔王城に帰ってきた頃には夜も更けていた。
 結局、俺とアルノートは神殿を出てから一度も言葉を発することなく帰路に着く。
「小瓶をくれないか?必要なんだ」
 前を歩くアルノートにそう言うと「後で持っていかせる」とそっけない返事が返ってきた。
(お前が届けに来るんじゃないのか……)
 今までアルノートはことあるごとに俺の部屋へやってきた。明らかに従者にやらせればいいことも彼自ら行ってくれていた。
 まぁそれは、俺の正体がばれるのを懸念しての行動だったのだろうが。

 部屋に戻ると、また一人きり。
 最初こそ警戒していたが、内心は徐々に彼が来ることを期待していたことを俺は駄目なことだとわかってながらも止められなかった。
 会話こそ少なかったものの彼という存在が、俺の寂しさを和らげてくれていた。
 勿論リーザの存在だって大切だ。だが俺が彼に向けている感情は、それとは別の気がする。
 そんなことを考えていると、従者らしき者が小瓶を届けに来てくれた。
 装飾の無いシンプルな小瓶。
 まぁ入れる物のことを考えるとこれで充分だろうとそれをベッド脇にあるサイドテーブルに置く。
 俺は小瓶の蓋を開けると手元に剣を一本出現させる。そのまま腕に刃を当てスライドさせると、痛みと共に赤い液体が傷口から出てくる。
 それを小瓶の中に入れると、少しの間を置いて小瓶が液体で満たされた。
 後はアルノートに対価を貰ってこれを渡すだけだ。
 そうすれば契約は果たされ、俺は暗黒界に帰り彼は力を得る。
 それだけ、それだけで終わり。
 たったそれだけの関係。
「……」
 涙が頬をつたう。
 何で神なんかに生まれたんだろう、何で邪神なんかになってしまったのだろう。
 もし人間に生まれていたら、彼のことなど気にせずにいられたかもしれない。もし亜人に生まれていたら、ただ彼を慕う国民でいられたかもしれない。
「どうしてっ……!」
 俺は、アルノートに恋心を抱いていた。たった数日、会っていただけなのに。
 馬鹿な奴だと自分でも思う。それでも邪神であることを呪うほど、彼に恋い焦がれていた。
 民に向けられていた笑顔が、俺に向けられることはない。それだけで胸が苦しい。
 たった一度だけ俺に見せた笑顔は眩しいほどに輝いて見えた。
 もう、その笑顔は見られないだろうけれど。
 彼を手に入れるのは簡単だ。
 対価にアルノート自身を選べばいい。対価を払えば俺の物に、対価を払わなければ俺は彼の傍に居続けることができる。だが、そうすれば魔界は滅ぼされ彼は俺を憎むだろう。
 これ以上彼に嫌われたくない。
 でも彼と一緒にいたい。
 リーザの為に一度は暗黒界へ帰らなければと考えていたのに、今ではアルノートのことばかりが頭に浮かぶ。
 ああ、本当に最低な神だ、俺は。
 ベッドに横たわる。
 何もかも忘れて、早く寝てしまいたかった。
 だが涙は止まらないし、頭の中はゴチャゴチャしている。
 それでも俺は眠りに就こうと強く目を閉じるのだった。
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