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03

「……様……ユリ……様……」
 誰かが呼ぶ声が聞こえる。
「ん……」
 ゆっくりと瞼を開けると端正な顔立ちの少女がこちらを見ているのが端に映った。
 こちらが目を開けたことに安心したのか少女は静かに頬笑む。
「気が付かれたのですね、ユリアルマ様」
 ……またそれか。
「俺は、ユリアルマじゃない」
 体を起こして少女に言うが、彼女は首を横に振る。
「いいえ、貴方様は私の仕える御方、ユリアルマ様でございます」
 何だって皆、俺をユリアルマと勘違いするんだ?
 少女を見る。ロングなメイド服、白い髪に白い肌、銀の瞳、そして尖った耳。
 だが彼女には角が無かった。
「……お前も、あいつらの仲間なのか?」
「あいつら、とは貴方様に剣を向けた愚か者とその連れでしょうか?……あれらは魔族、私達神族とは違います」
「私達?」
「あっ、私の様な下級の神と貴方様とを同じにしてはいけませんね……」
 申し訳ありません、と少女は頭を下げる。
 そんなことをされても困る、俺は神なんかじゃないのに。
「俺は神様なんかじゃない、ただの人だ」
「先ほどから何を仰っているのですか……?」
 まさか、と少女の顔が青くなる。
「ユリアルマ様、記憶が……無いのですか?」
「記憶が無いって言うか……」
 俺は少女に今までのことを語った。自分が人として生きてきたこと。変な男に殺されたと思ったら真っ暗な場所にいて、声と光に導かれたらあの二人の前に立っていたこと。
「そう、ですか……」
 少女は神妙な顔をして何やら考えているようだ。
「だから俺は間違って召喚されたとかで」
 俺の考えをいえ、と少女は否定する。そして真剣な面持ちでこちらを見る。
「ユリアルマ様、落ち着いて聞いて下さい……貴方様は別世界の人間に転生していたのでございます」
「……は?」
 何だって?人間に転生していた?何を言い出すかと思えば馬鹿馬鹿しい。
「貴方様は人間として何年生きて来ましたか?」
「え、歳のことか?1、16歳だけど」
「……ユリアルマ様は昔言いました、この世界に飽きたので別世界に行くと。それから15年間、行方不明で……そして16年目の今日、貴方様はこうして帰ってきた」
 ……顔から血の気が引いていく。
「そんなの、偶然に」
「その間、多くの魔族が貴方様を呼び出そうとしましたが上手くいかず、私の力を持ってしても貴方様を探し出すことは出来ませんでした」
「じゃあ、何で今になって」
「私の見立てでは今回使われた召喚陣は今までで最も強力なもの。それにより強制的に神としての貴方様をここへ召喚し……ただ、あまりにも強引過ぎる手段で本来戻る筈だった記憶が戻らなかったのではないでしょうか」
 俺は何も言い返せなかった。思い出したからだ。
 俺を指した男が言っていたこと。
『これで、邪神が、蘇る』
「あいつらに召喚される為に、俺は殺されたのか……?元の、邪神に戻す為に人間だった俺は殺されたのか……?」
 恐らく、と少女は言った。
 何で、その言葉が脳内を埋め尽くす。
 何で俺なんだ、俺はただ生きていただけなのに。生きていたかっただけなのに。
 高校生活を満喫して、大学に行って、就職して、結婚して……そんな当たり前の生活を送りたかっただけなのに。
 目から涙が溢れる。
「ユリアルマ様……」
「違う、俺は……明神悠莉だ……」
「……ユリアルマ様、こちらへ」
 少女がすたすたと歩いていく。
 ……俺はベッドを降りて後をついていく。言うことを聞く必要もない。だが拒否する理由も見つからない。
 着いた先には少女と、大きな姿見があった。
「さぁ、こちらへ……」
 嫌だ、見たくないと本能が叫ぶ。
 だがそうだ、鏡に映るのは本来の俺の筈。
 恐る恐る足を進めて……そして俺は鏡を見る。
「……あぁ……!」
 鏡に映るのは俺の知る姿ではなかった。
 以前よりも白い肌、長く伸びた黒髪に金の瞳。そしてなにより、少女と同じ尖った耳が否応なしに自分が人間ではないことを証明していた。
「俺、俺は……!」
 膝から崩れ落ちる。
 俺はもう、明神悠莉ではない。
 皆の言う、邪神ユリアルマなのだ。

 明神悠莉は、死んだのだ。
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