11
「おお……!」
目の前にある物を見て俺は感嘆の声を漏らす。
それは精巧に作られた球体関節人形。
俺はアルノートに血を与える対価を、王家の宝ではなくこの人形にした。
外見や服装は俺が細かく注文して、リーザそっくりに作られている。
「しかし驚いたな……お前にそんな趣味があるとは」
後ろからアルノートの呆れた声がする。
「そんな訳ないだろ」
俺がこの人形を欲しがったのにはちゃんとした理由がある。
前にリーザは、器さえあればそれを操ることが出来ると言っていた。
正直、普通の球体関節人形なら街の人形屋に売っていたがどうせなら本人にそっくりな物が良いだろう。
「リーザ、リーザ!ついにお前の器が出来たぞ!」
そう言ってから少し間を置いて人形がゆっくりと動き出す。
「……ユ、ユリアルマ様」
人形が喋り出す。やった、成功だ!
「リーザ!」
感極まってリーザ(の人形)を抱き締めると彼女はぎこちない動作で両腕を背中に回してくる。
「貴方様を抱き締めることが出来て私、とても嬉しいです……!」
そのまましばらく二人で抱き締めあっていると後ろから「いつまでやってるんだ」と声がする。
しまった、アルノートのことを忘れていた。
リーザから離れて、彼女のことを紹介する。
「彼女はリーザ、俺の家族みたいなものだ。本体は暗黒界にあるからこうして器を用意して貰った訳だ」
「初めまして、魔界の王。ユリアルマ様に『長く』お仕えしております、リーザと申します」
「ほぅ、長く、か。俺はこいつの『旦那』魔王アルノートだ。よろしくな人形」
な、何でだ、何でこんなにギスギスした空気に。
「頼むからお前達、喧嘩はしないでくれよ……」
俺がアルノートと契約を交わしてから数週間が経った。
人形を納めたことにより契約は成立し、彼は俺の血を飲んだ。
ちゃんとした段取りを踏んだお蔭か、アルノートからは禍禍しい空気は感じなかった。それでも力は発揮され彼の能力は大幅に上昇した。
魔界で対等に戦えるのは現在、俺位しかいないだろう。
そう言えば例の事件についてだが、アルノートが、自分が負傷したのはゼバの反逆の所為でゼバは自らの魔法で自滅した。俺はたまたま居合わせたただの客人だと言ったことにより罪は取り消された。
……ゼバのことだが、あの爺さんの言うこともあながち間違ってはいないのではと思ってしまう。
かつての俺があんなことを言わなければ亜人は人間に勝っていたかもしれない。そうすればこんな状況にはなっていなかっただろう。
(本当に?)
微かに残る過去の俺が問いかける。
確かに勝てば今の様な状況にはなっていなかっただろう。だが、人間が負けたとなれば今度は神達が復讐に来て魔界は滅ぼされていたかもしれない。
どちらが正しいのか、答えは出ない。
モヤモヤした思いを抱えながら、俺は街外れにある墓地に来た。
理由は人間に殺された者達への追悼だ。一人一人、祈りを捧げながら歩いて行くと見覚えのある少女に会う。
「マヤ」
声をかけるとマヤはこちらを向いて「あ、ユーリだ」と笑う。
マヤの前には彼女の父親の墓が建っている。
「毎日来てるのか?」
「うん、私とお母さんは毎日頑張ってるから安心してねってお父さんに伝えてるの」
そう言って笑う彼女だが、その雰囲気はどこか悲しげで心が締め付けられる。
「ユーリ、私ね、大きくなったら魔王軍に入ろうと思うんだ」
「えっ」
魔王軍とはこの国で最も戦いに長けているアルノート直属の兵士達だ。
「私、魔法の素質があるんだって。だから魔法学校に入っていっぱい勉強して、強くなる。魔王様やユーリみたいに」
小さな少女が戦う決意をするなんて……歯痒くて思わず拳を握りしめる。
「そう言えばユーリ、魔王様とは仲良くしてる?」
「え、まぁ、そこそこな……」
表向き、俺はエルフ族でユーリという名前になっている。
職業、というか階級は王の妻だ。何をとち狂ったのかアルノートは俺のことを自分の妻として迎え入れることを公に宣言した。勿論どこの馬の骨かもわからない俺を認めない者もいたが、俺の戦いを見ていた街の住人は俺より王の妻に相応しい者もいないとあっさりと受け入れられた。
最近では俺の強さに惚れたアルノートが求婚したとかいう噂も流れている。
……まぁ、惚れられてたのは間違いじゃないけど。
「魔王様が優しいからってあんまり甘えてばかりじゃ駄目だよ?」
実際は俺様で我儘で子供っぽいんだけどなぁ。
「はい、肝に銘じておきます」
そう言うとマヤは宜しい、と笑った。
「そろそろ帰ってお母さんの手伝いしなきゃ」
「気を付けて帰るんだぞ」
「ユーリもね」
バイバイ、と俺に手を振ってから走り去るマヤ。
彼女が大人になる前に、人間界との問題が解決すればいいんだがと心から思う。
「……俺も、帰るか」
また来るから、と墓の住人達に話しかけ俺は魔王城へと足を進めた。
「本当に宜しいのですか?」
リーザが心配したように話しかけてくる。
「いいんだよ、俺が決めたことなんだから」
そう言って自室のベッドに横たわる。
一応魔王の妻として迎え入れられたのだから普通は彼と一緒に寝るべきだろうが、俺は彼の部屋と自室と交互で寝るようにしている。
だってそうしないとリーザが夜ずっと一人になってしまう。
アルノートは最初こそ不服そうな顔をしたが、俺の必死の説得により渋々納得をした様だった。
「なぁ、リーザ」
「何でございましょう?」
「人間達はまたやって来るだろうか」
「恐らくは」
「そうか……」
やって来た人間だけ倒す。そうして魔界は守られてきた。
今までも、これからも。
だがそれもいつまで続くかわからない。
いつかより強い人間、いや神自体が襲ってくるかもしれない。
それでも。
「リーザ……たとえ誰に邪神と言われても、たとえアルノートから愛されなくなったとしても、ユリアルマという神を信仰する者がいる限り俺は」
信仰してくれる亜人達の為に、幸せをくれたアルノートの為に、それが永遠に続く苦行だとしても。
「俺は、戦い続ける」
目の前にある物を見て俺は感嘆の声を漏らす。
それは精巧に作られた球体関節人形。
俺はアルノートに血を与える対価を、王家の宝ではなくこの人形にした。
外見や服装は俺が細かく注文して、リーザそっくりに作られている。
「しかし驚いたな……お前にそんな趣味があるとは」
後ろからアルノートの呆れた声がする。
「そんな訳ないだろ」
俺がこの人形を欲しがったのにはちゃんとした理由がある。
前にリーザは、器さえあればそれを操ることが出来ると言っていた。
正直、普通の球体関節人形なら街の人形屋に売っていたがどうせなら本人にそっくりな物が良いだろう。
「リーザ、リーザ!ついにお前の器が出来たぞ!」
そう言ってから少し間を置いて人形がゆっくりと動き出す。
「……ユ、ユリアルマ様」
人形が喋り出す。やった、成功だ!
「リーザ!」
感極まってリーザ(の人形)を抱き締めると彼女はぎこちない動作で両腕を背中に回してくる。
「貴方様を抱き締めることが出来て私、とても嬉しいです……!」
そのまましばらく二人で抱き締めあっていると後ろから「いつまでやってるんだ」と声がする。
しまった、アルノートのことを忘れていた。
リーザから離れて、彼女のことを紹介する。
「彼女はリーザ、俺の家族みたいなものだ。本体は暗黒界にあるからこうして器を用意して貰った訳だ」
「初めまして、魔界の王。ユリアルマ様に『長く』お仕えしております、リーザと申します」
「ほぅ、長く、か。俺はこいつの『旦那』魔王アルノートだ。よろしくな人形」
な、何でだ、何でこんなにギスギスした空気に。
「頼むからお前達、喧嘩はしないでくれよ……」
俺がアルノートと契約を交わしてから数週間が経った。
人形を納めたことにより契約は成立し、彼は俺の血を飲んだ。
ちゃんとした段取りを踏んだお蔭か、アルノートからは禍禍しい空気は感じなかった。それでも力は発揮され彼の能力は大幅に上昇した。
魔界で対等に戦えるのは現在、俺位しかいないだろう。
そう言えば例の事件についてだが、アルノートが、自分が負傷したのはゼバの反逆の所為でゼバは自らの魔法で自滅した。俺はたまたま居合わせたただの客人だと言ったことにより罪は取り消された。
……ゼバのことだが、あの爺さんの言うこともあながち間違ってはいないのではと思ってしまう。
かつての俺があんなことを言わなければ亜人は人間に勝っていたかもしれない。そうすればこんな状況にはなっていなかっただろう。
(本当に?)
微かに残る過去の俺が問いかける。
確かに勝てば今の様な状況にはなっていなかっただろう。だが、人間が負けたとなれば今度は神達が復讐に来て魔界は滅ぼされていたかもしれない。
どちらが正しいのか、答えは出ない。
モヤモヤした思いを抱えながら、俺は街外れにある墓地に来た。
理由は人間に殺された者達への追悼だ。一人一人、祈りを捧げながら歩いて行くと見覚えのある少女に会う。
「マヤ」
声をかけるとマヤはこちらを向いて「あ、ユーリだ」と笑う。
マヤの前には彼女の父親の墓が建っている。
「毎日来てるのか?」
「うん、私とお母さんは毎日頑張ってるから安心してねってお父さんに伝えてるの」
そう言って笑う彼女だが、その雰囲気はどこか悲しげで心が締め付けられる。
「ユーリ、私ね、大きくなったら魔王軍に入ろうと思うんだ」
「えっ」
魔王軍とはこの国で最も戦いに長けているアルノート直属の兵士達だ。
「私、魔法の素質があるんだって。だから魔法学校に入っていっぱい勉強して、強くなる。魔王様やユーリみたいに」
小さな少女が戦う決意をするなんて……歯痒くて思わず拳を握りしめる。
「そう言えばユーリ、魔王様とは仲良くしてる?」
「え、まぁ、そこそこな……」
表向き、俺はエルフ族でユーリという名前になっている。
職業、というか階級は王の妻だ。何をとち狂ったのかアルノートは俺のことを自分の妻として迎え入れることを公に宣言した。勿論どこの馬の骨かもわからない俺を認めない者もいたが、俺の戦いを見ていた街の住人は俺より王の妻に相応しい者もいないとあっさりと受け入れられた。
最近では俺の強さに惚れたアルノートが求婚したとかいう噂も流れている。
……まぁ、惚れられてたのは間違いじゃないけど。
「魔王様が優しいからってあんまり甘えてばかりじゃ駄目だよ?」
実際は俺様で我儘で子供っぽいんだけどなぁ。
「はい、肝に銘じておきます」
そう言うとマヤは宜しい、と笑った。
「そろそろ帰ってお母さんの手伝いしなきゃ」
「気を付けて帰るんだぞ」
「ユーリもね」
バイバイ、と俺に手を振ってから走り去るマヤ。
彼女が大人になる前に、人間界との問題が解決すればいいんだがと心から思う。
「……俺も、帰るか」
また来るから、と墓の住人達に話しかけ俺は魔王城へと足を進めた。
「本当に宜しいのですか?」
リーザが心配したように話しかけてくる。
「いいんだよ、俺が決めたことなんだから」
そう言って自室のベッドに横たわる。
一応魔王の妻として迎え入れられたのだから普通は彼と一緒に寝るべきだろうが、俺は彼の部屋と自室と交互で寝るようにしている。
だってそうしないとリーザが夜ずっと一人になってしまう。
アルノートは最初こそ不服そうな顔をしたが、俺の必死の説得により渋々納得をした様だった。
「なぁ、リーザ」
「何でございましょう?」
「人間達はまたやって来るだろうか」
「恐らくは」
「そうか……」
やって来た人間だけ倒す。そうして魔界は守られてきた。
今までも、これからも。
だがそれもいつまで続くかわからない。
いつかより強い人間、いや神自体が襲ってくるかもしれない。
それでも。
「リーザ……たとえ誰に邪神と言われても、たとえアルノートから愛されなくなったとしても、ユリアルマという神を信仰する者がいる限り俺は」
信仰してくれる亜人達の為に、幸せをくれたアルノートの為に、それが永遠に続く苦行だとしても。
「俺は、戦い続ける」