bsr超短編
「ね、チョコ、あるんでしょ?」
放課後の人の居なくなった教室で、私を膝に乗せながら佐助が満面の笑みで呟く。
逃げたくても腰にしっかりと腕を回されて身動きが取れず、せめてもの抵抗にと視線だけでも逃げてみせた。
「そんなもの無いよ」
「うそ。かすががさっき廊下で上杉にチョコ渡しながら叫んでたよ。昨日の放課後、あんたの家であんたと一緒に作ったんだ──ってね」
かすがのばか。ばかばかばか。
でも上杉先生にちゃんと渡せたんだね。
良かった。かすがが幸せならそれでいい。
だけどそれをこの恐ろしく意地の悪い、猿飛佐助という名の幼馴染みにだけは、どうか聞かせないで欲しかった。
そしたら私はこの、一日渡すか渡さないか散々悩んだ挙句、未だに鞄の中に収まったままの不格好なトリュフたちを、こっそり家に持ち帰って一人で処分してやったのに。
佐助の催促するような視線に耐えきれなくなり、その腕の中でもぞもぞと鞄を開けて、ラッピングの施された小箱を取り出す。
それを見た佐助の顔がほんとのほんとに嬉しそうに目を輝かせるから、なんだか胸の奥がむず痒くなった。
「……それ、俺様以外の誰かにもあげた?」
「え、……ううん。かすがと味見し合っただけ」
「そっか」
いつもヘラヘラ笑って人をおちょくる佐助が、今だけは目を細めて、穏やかに笑みを浮かべる。 いつもみたいにおちょくってくれればいいのに、二人の間に流れる空気はあまりに静かで、私も調子が狂ってしまう。
どうにも佐助のこの笑顔が、私は苦手だ。直視していられない。あまりに見つめていると、吸い込まれて、そのまま戻れなくなってしまう気がするから。
だから俯いて掌の中で小箱のリボンを弄っていると、こつんと、佐助の額が私の額に合わせられた。
「すっげー嬉しい」
「…………う、ん」
「ねえ」
「うん?」
「キスするね」
「う、うん?」
今、なんて言った?
私も口を開くのが恥ずかしいからって適当に相槌打ってたら、とんでもない返答をしてしまったんじゃないか?
ちょっと待ってと言おうとして開いた唇は、いとも簡単に薄い唇で塞がれて。
すごくクサいことを言うならば、まだチョコも食べてないのに、それがなんだかこの上なく甘く感じてしまったのだから、ああもう私もダメだなと、よく分からないけれど、私はそのまま、色んなものを諦めて目を瞑ることにしたのだった。