bsr超短編
ふう、と息を吹きかけてみたけれど、掌の上にこんもりと盛られた泡の塊は表面がゆらゆらと揺れるだけで、想像したようにシャボンが舞い上がるようなことは無かった。
少しだけ残念がっていると、突然掌の周りで小さな風の渦が巻き起こり、それは手の上の泡たちを巻き上げて、あたりにシャボンのように舞い上がらせた。
魔法のようなその光景に、思わず笑みが零れる。
それから、その魔法の主である背後の彼を振り向けば、泡まみれのバスタブの中、小太郎さんは相変わらずの無表情でこちらをじっと眺めていた。
「ふふふ、ありがとうございます」
「…………………」
ジャグジーの音だけが浴室に反響する。
舞い降りてくるシャボンの一つを指で突いていると、小太郎さんが湯船の縁に手を掛けて、ずいと身体をこちらへと寄せた。
広い湯船に波が立ち、端から湯と泡が、浴室の床へと流れ落ちていく。
泡まみれの小太郎さんの大きな掌が私の頰を包んで、湯で温められたその体温の高い掌の感覚に、ぞくりと背に興奮の波が駆け抜けた。
吐息がかかるほど近付いた顔に耐えきれず目蓋を下ろせば、しっとりと濡れた薄い唇が、私の唇を奪っていく。
啄むようにすぐに離れた唇を名残惜しむように目を開ければ、濡れて束になった紅い前髪が揺れて、その先にある同じく紅い瞳が、私を真っ直ぐに捉えていた。
一瞬、視線が絡み合う。
強請るように彼の名前をもう一度呼ぶのと、彼が私の腰を引き寄せてより深く口付けたのは、ほぼ同時の出来事だった。
身体を包む泡のふわふわとした感覚と、ぬるりと侵入する熱い舌の感覚に、思考回路が溶けていく。
鳴り響くジャグジーの音はもう、気にならなかった。