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bsr超短編



「やだやだ、行かないで」

 どこにも行かないって、言ったじゃないか。
 ずっとここに居るよって、言ったじゃないか。
 大きな掌で、柔らかく私の頭を撫でて、笑ってくれたじゃないか。

「うそつき」

 彼を傷つける言葉をあえて選んだ。
 少しでも彼の心に傷がつけばいいと思った。
 だってわたしの心はもう血に塗れて原型を留めていない。熟れた果実のように、風の一つでも吹けば呆気なく地に落ちて潰れて飛び散るだろう。

「これもお仕事だから」

 いつも通りの笑顔。人当たりの良い優しい顔。
だけど絶対に私の頭を撫でてはくれない。その腕は固く身体の前で組まれて解ける気配は微塵もない。
 優しそうなのは顔だけだ。首から下ははっきりと私を拒絶している。庭に面した障子にもたれ掛かったまま、彼は近づこうとすらしてくれない。

「やだ、やだ。いやだ、佐助といっしょがいい」

 無理だと、どこか冷静な頭がすでに結論を出している。
 多分それを、佐助も気付いている。
 それでも私はわがままを言った。言わないわけにはいかなかった。「そっか、分かった、仕方ないよね」なんて笑って返せるほど、わたしは大人じゃない。そんなものに、なりたくなんかなかった。
 うそつき。うそつき。うそつき。
 佐助のうそつき。
 行ったらもう、帰ってこないくせに。
 私がそんなことも分からないほど幼な子でもないことを、十分に分かっていて、それでいて、知らないふりを押し通す、うそつきの大人。

「聞き分けのない子は嫌いだよ」

 低い声にはっとして佐助の顔を見上げる。
 さっきまでの優しい笑みはどこかに消え失せて、感情の消えた冷たい目が私を見下ろしていた。
 それを見た私は一瞬真顔になって、それからまた──声を上げて、泣いた。
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