君と僕とロックンロールと
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あれから、2週間が過ぎた。
あれっきり、佐助くんとは会っていない。いや、それどころか、ほぼ毎日のように会話をしていたSNSすら、あの日を境にぱったりと途絶えてしまった。
それはそうだろう。だって、いくらなんでも気まずすぎる。
あんなことがあった後で、なんて声を掛ければいいかなんて、私にはまるで分からなかった。
ただ毎日、ふとした拍子に佐助くんとのトーク画面を開いては、何か打とうと入力パッドを開き、結局一文字も打てないままトーク画面を閉じる……という一連の動作を繰り返し続けている。
トーク画面は、あのライブの日から止まったままだ。
最後の会話は、佐助くんから来た「気をつけておいでね〜」というコメントと、それに対して私が送った、ゆるいクマが「了解!」と叫んでいるスタンプのみ。
この時みたいに気軽に話し合える仲には、もう戻れないのだろうか。
そう思うだけで、胸にまた、チクリと針が刺さるような痛みを覚える。
たった2週間会話をしていないだけで、こんなにも心を掻き乱されるものかと、今日もまた動かないトーク画面を眺めながら、私は一人ため息をついた。
時刻は夜8時。
適当に夕飯を済まして、シャワーを浴びるまでのしばらくの間、私は何をするでもなく自室のベッドに横たわっていた。
何も音がないのは無性に寂しくなるので、適当に音楽を掛けようと思い立ち、枕元のスピーカーに繋がった音楽プレイヤーを操作する。
だけどアルバム一覧に出てくるのはほとんどが佐助くんに借りたバンドのものばかりで、今聞いたら絶対に逆効果だからやめておこうと、またため息をついた。
そこでふと、夏休み前に佐助くんに借りたCDのことを思い出した。
そうだ。あのCDは、いつか佐助くんに返さなきゃいけない。
佐助くんは夏休み明けでいいって言ってたけど、だけどこれは、佐助くんに会いに行く一つのチャンスだ。
そこで、佐助くんとちゃんと話をしよう。
SNSじゃなくて、会って顔を合わせて、もう一度……彼と、仲直りしよう。
よし、と気合を入れて、もう一度佐助くんとのトーク画面を開く。
…………
………………
………………………
…………な、なんて、話しかければいいんだろう。
「久しぶり」? いや、たった2週間ぽっちで久しぶりはいかがなものか。それこそまるで私が佐助くんのことが恋しかったみたいに見えるじゃないか。
…………いや、まあ、その通りなんだけど……
普通に「こんばんは」がいいのかな。……なんか、固いかな?
ビックリマーク付けたらちょっとは元気に見えるかな……でもそれもなんか、空気読めてない感じがしないだろうか……
トーク画面を開いて腹を括ったものの、どうにも指が止まってしまう。
自分のコメントたった一つで、佐助くんにどう思われるかなんて気にしている自分は、はたから見れば実に滑稽なのだろう。これが恋の魔力というものなのか。
「ええい、ままよ……!」
10分ほど悩みに悩んだ挙句、ついに私は覚悟を決めて「こんばんは」と短いコメントを入力した。
そして震える手で送信ボタンを押すその直前。
ずっと動かなかったトーク画面に突然、「今、ちょっといい?」というコメントが表示された。
あまりに突然のことに、一瞬思考回路が停止する。
コメントの主は言うまでもなく──佐助くんだ。
突然、それもたまたまトーク画面を開いている時に、佐助くんからコメントが来るなんて。
思わず、目が勝手に輝いてしまう。
まったく同じタイミングで、連絡を取ろうとしてくれた。
ただそれだけのことが、どうしようもなく嬉しかった。
「っ、あ、へ、返信……!」
そうだ。舞い上がりすぎて呆然とトーク画面に釘付けになっていたけど、早く返信しなくては!
っていうかこれ、トーク画面開きっぱなしだったから、佐助くんからすればコメント送ったと同時に既読がついたってことだよね。
ど、どうしよう。既読のあまりの早さに引かれてないかな? ずっとトーク画面に張りついてたって、バレてないかな……!? と、とにかく早く返信しなきゃ……!
とにもかくにもまずは何か返さなければと、大慌てで「大丈夫だよ」とコメントを送った。
〝何してた?〟
〝部屋でのんびりしてたよ〟
〝そっか。突然なんだけど、良かったら今から会えないかな?〟
「えっ」
佐助くんからの提案に、スマホを両手で握りしめたまま、勝手に口から言葉が零れた。
どうしよう。今からって、そんな、こ、心の準備が。
どう返信しようかと手が止まっていると、立て続けに佐助くんからコメントが入った。
〝椿ちゃんのアパート近くに公園あったよね。そこまで行くよ〟
〝30分後くらいに集合でどう?〟
なんだか今日の佐助くんは、やけに押しが強い。
だけど。佐助くんが私に会いたいと思ってくれている──そう思うだけで嬉しさがじんわりとこみ上げてきて、つい頬が緩みそうになる。
だからつい、何も考えず「いいよ」と返信してしまった。
〝じゃ、30分後にね〟
佐助くんからのコメントに、前回と同じゆるいクマが「了解!」と叫んでるスタンプを押す。
ひと段落した会話に緊張の糸が緩み、深呼吸するように深く息を吐き出した。
久しぶりに──佐助くんに、会える。
それだけで、ああ、もう、頬がすぐ緩みそうになるのが本当に情けない。惚れた弱みとは恐ろしいものだと苦笑する。
…………待てよ。会う? 会う?? 30分後に? 佐助くんに???
「っっ………着替え! メイク! っていうかシャワー……は浴びる時間もないじゃんか! ふ、服、どうしよう!? 何着よう!?」
なんてこった! ただでさえ日中暑くて結構汗かいちゃったのに! シャワー浴びられないならせめてフレグランスの制汗シートで身体拭かなきゃ……!
あと髪の毛にもフレグランススプレー吹いて……!
ふ、服……! 今こそ先日買ったお洒落なワンピースを解禁するべきか!?
いや、でも、そんながっつりオシャレしてったら、あからさまに佐助くんを意識してるのがバレバレじゃないか!?
でででも流石にこの部屋着代わりに着てる高校のジャージとだるだるTシャツで会うわけには……!
とかなんとかしてるうちにもうあと15分しか無いし!!
あああ急げ私! メイクも必要最低限になっちゃうけど……!
あ、あと! CD! 佐助くんに借りたCD返さなきゃ!
やだもうやることが多い!!
部屋の中をドタバタと駆け回りながらなんとかかんとか身支度を整え、最後にベッドヘッドにあるCDラックを漁る。佐助くんから借りていたCDはすぐに見つかった。
それから──そのすぐ隣に並べられた、とあるCDタイトルに目が止まった。
「あ……これって……」
CDケースに指を掛けたまま、手が止まる。
それから一瞬思案を巡らせて──私はラックからCDを2枚、鞄へと入れた。
時計を見れば、集合時間まであと5分ちょい。
大慌てでスニーカーを履くと、部屋を飛び出す。
生温い夏の夜の風が、小走りで公園を目指す私の頬を撫でていった。
* * *
公園に着くと、佐助くんの姿はまだ無かった。
少し安堵したようながっかりしたような複雑な心境で、公園内に入る。
外灯が、夜闇の中に佇む遊具たちを照らす。
公園内の木々からは、夜だというのにまだなおセミたちの大合唱が途絶えることなく辺りに響き渡っていた。
ただ突っ立ってるのもなんだか落ち着かず、佐助くんが来るまでの間、ブランコに座って待つことにした。
そういえばブランコに乗るのなんて、小学校ぶりだ。
ゆらゆらと軽く漕いでいると、公園の入り口からキィ、と金属特有の高い音が響いた。
音に釣られるまま視線をそちらに向けると、クロスバイクに乗った佐助くんとカチリと目が合った。
「……久しぶり」
「えっ、あっ……久し、ぶり」
佐助くんはわたしの顔を見るなり、なんだか複雑な顔で小さく苦笑した。口元は笑って見せているけれど、頬に力が入っているし、眉は八の字。嬉しいような、辛いような……そんな複雑な表情。
そして当たり前のように彼がこの2週間という期間に対して「久しぶり」と呟いてくれたことが嬉しくて、私の心臓はそれだけで小さく跳ねた。
自転車を止めて、佐助くんがブランコに近付いてくる。
私もブランコから立ち上がると、佐助くんの正面へと立った。
「……この間は、ごめん」
「……気にしないで。あれは、その……私のこと、心配してくれたんだよね?」
「ああ、うん……まあ、そんな感じ」
佐助くんは何故か歯切れの悪い返事をして、少し困ったように笑いながら、頬を掻く。
一瞬の無言。
気まずい空気を打ち破るように、私は意を決して鞄からCDを1つ取り出すと、佐助くんへと差し出した。
「これ、佐助くんに借りてたCD。今回もすごく良かったよ、ありがとう」
「ん、そっか。なら良かった」
「それと、ね」
鞄を漁り、もう一枚のCDを佐助くんへと手渡す。
佐助くんは少し驚いた様子で、手渡されたCDを眺めていた。
「それね、私が唯一、中学生の頃から聞いてるアーティストなの。ロックバンドでも無いし、普通のJ-POPだけど……私が一番、大好きな音楽。佐助くんには色んなCDを借してもらって、私の知らないバンドや音楽をたくさん教えて貰ったから……だから、今度は私の好きな音楽を、佐助くんにも聞いてもらえたら嬉しいなあ、って……」
「っ……椿、ちゃん」
「……気に入ってくれたら、違うアルバムも貸すから」
それが、私なりに考えた佐助くんとの仲直りの方法。
佐助くんが、彼の手渡してくれるCDが、私の世界の幅を広げてくれたように。
その感謝の気持ちを込めて、今度は私が佐助くんに同じことをしてあげたらと、そう思ったのだった。
勿論、佐助くんの知っている音楽の世界に比べたら、私の分かる世界なんてほんの僅かでしかないんだろうけど。
それでも、ほんの僅かでもいいから。佐助くんの世界の中に、私の手渡した音楽の色が少しでも混ざってくれれば嬉しいなと、思う。
最後に、これで気まずい空気はチャラにしよう、そんな意味を込めて佐助くんに笑いかければ、佐助くんは少し安堵したように眉を下げて、それから。
「……サンキュ」
そう言って、同じように笑い返してくれた。
「これでさよならってのもなんだし、ちょっと座って話でも……いいかな?」
そう言って佐助くんは、私の背後にあるブランコを指差す。
私はそれに笑顔で頷いた。
ブランコが揺れる甲高い金属音が、公園に響く。
でもそれは、けたたましく鳴くセミたちの声にすぐに掻き消された。
私と佐助くんは、隣り合うブランコに座って、この2週間の時間を取り戻すように、くだらない、他愛無い日常会話を楽しんだ。
それは、ただただ、互いがどんな日常を過ごしていたかの状況報告。ただそれだけなのに、その時間が、佐助くんの口から語られる何気ない日常の話が、全部全部、私には宝物のように感じられた。
「そんでさぁ、この間たまたま前田の旦那と鉢合わせたんだけど、そしたらあいつってば、その場で飛び込む勢いで土下座してきてさ! もー、周りからはジロジロ見られるんだし、前田の旦那は何度言っても頭上げようとしないしで、ほーんと、散々な目にあったよ」
「あはは、それは災難だったね」
「まーったくだぜ。……まあ、元はと言えば、あいつがあんたの背中に腕回してるの見たくらいで、ついカッとなっちまった俺様が悪いんだけどさ……」
「えっ……」
「あーあ、俺様としたことが、ねえ」
佐助くんが誤魔化すようにしてブランコを揺らす。
キィキィと、金属音の軋みが辺りに響く。
私の心臓は急に速度を上げ始めて、顔に熱が集まっていくのを感じる。
佐助くんはブランコを大きく漕いで、私の方を向いてくれない。
佐助くん。卑怯だよ、佐助くん。
そうやって前触れもなく突然、人の心をかき乱して。
これじゃあ、顔の熱がしばらく引かないじゃないか。
一方的に振り回されてるのがなんだか悔しくて、少し唇をすぼめる。
それから私も前を向いて、ブランコを軽く漕いだ。
キィキィ、キィキィ。二人の漕ぐブランコの音が、少し大きくなる。
「でも、嬉しかったよ」
「え?」
「佐助くんが腕を引いて助けてくれて、その……佐助くんならこのまま連れ去られてもいいかな、なんて、思っちゃった」
思い切って、そんな戯言を口にしてみた。
いつも佐助くんの言葉に心を掻き乱されてばかりだから、少しくらいは反撃したって、いいよね。
まあでもきっと、佐助くんには反撃にすらなってないんだろうけど。
自分で言っておきながら、なんてくさい台詞だろうかと、後から恥ずかしさがこみ上げてくる。
なんちゃって! と誤魔化そうと佐助くんの方を向くと、そこには、朧げな外灯の下でもはっきりと分かるくらい顔を真っ赤に染めて、口元を手で押さえた佐助くんが、驚いた表情でこちらを凝視していた。
予想だにしていなかった反応に、思わずブランコを止める。
「ちょっ……反則でしょ、それ」
「えっ、えっ、ご、ごめん……?」
真っ赤な顔のまま、じっとりと佐助くんがこちらを睨みつけてくる。
えっと、これは、もしかして……反撃、成功なのだろうか?
だけど、まるで佐助くんの顔の赤さが移ったみたいに、私の顔も段々と赤くなっていくのを感じる。頬が熱い。これでは反撃どころか、共倒れに近い。
佐助くんの真っ直ぐな視線に耐えられず、真っ赤な顔を少しでも隠すように正面を向いて俯く。
すぐ横で、佐助くんが深々とため息をつく音が聞こえた。
「あーー…………もう無理。限界」
「へ?」
なにか佐助くんが言った気がして、もう一度佐助くんの方を向いた。
だけどそこには、誰も乗っていないブランコが揺れているばかりで。
あれ、佐助くん、どこ行ったの。
そう思いながら少しブランコを揺らした次の瞬間、背中に何かが優しくぶつかる。それから逞しい二本の腕が背中から回されたかと思うと、私の両肩を覆い包むように、抱き締めた。
突然のことで頭が真っ白になる。
顔のすぐ近くで漂う男性の香りと、頭にずっしりと感じる重み。
頭のすぐ近くで、佐助くんの喉がくつくつと笑う振動を感じた。
「さ、さささ、佐助くん!?」
「ほんと、やってくれたね椿ちゃん」
「ご、ごめんなさい! すみません! つい出来心で……!」
「だめ。許してやんない」
「ひぃ……!」
頭の上で佐助くんの妖艶な声が響いて、私の肩を抱く佐助くんの腕にさらに力が込められる。
それから、すん、と髪の毛に鼻先が押しつけられる感覚がした。
「あ、椿ちゃんの髪、前と違う匂いがする」
「ちょちょちょ、か、嗅がないでってば……!」
「前はシャンプーの匂いだと思ったけど……もしかして、俺様と会うのにおめかししてくれたってわけ?」
「いや、ちが、ほら今日暑くて! あ、汗かいて!シャワー浴びる時間も無くて! その!」
「あっはは、でも気遣ってくれたわけだ。……もしかして、こうされるのまで見越してた、とか?」
「そっ、そんなわけない、です!!」
緊張で頭が上手く回らなくて、佐助くんのからかいに、つい声が大きくなってしまう。
ブランコの鎖を握りしめる掌の中に、じんわりと嫌な汗が滲む。
少しでも動けば、ますます佐助くんに触れてしまう。
ただでさえ背中に佐助くんの体温を感じて、それがもう、熱くて、熱くて、背中から溶けてしまいそうなのに。
すると、楽しそうに笑う佐助くんの喉の動きが、ぴたりと止まった。
「もしも本気で嫌なら……躊躇わず、振り解いて欲しい」
真剣な声色でそう言いながら、言葉とは裏腹に、より強く肩を抱き寄せられた。
佐助くんの顔は見えない。
だけどその分、彼の腕が、込めれた力が、表情以上に彼の心の内を表しているような気がした。
だとしたらこのチグハグな行動は──佐助くんの本心だと、思っていいのかな。
私の勘違いじゃないと、そう信じていいのかな。
ねえ、佐助くん。…………いいんだよね?
「……嫌じゃ、ないよ」
たった一言。セミの声に掻き消されそうなくらいの小さな声で、そう呟いた。
心臓はさっきから相変わらず早鐘を打ち続けている。
だけど少しだけ、鼓動が落ち着いた気がした。
おそるおそる、ブランコの鎖から手を離して、肩へと回された佐助くんの腕に触れる。
彼に触れた指先はとても熱くて、私の手が熱いのか、佐助くんの腕が熱いのか、もはや分からなかった。
そのまま、暫しの間会話もなく、指先の熱さをじりじりと感じながら、夜の公園に響き渡るセミの合唱を聞いていた。
「あ、そうだ」
突然、佐助くんが思い出したように呟くと、私を包んでいた腕がするりと離れていった。
それが少しだけ名残惜しくて、離れていった佐助くんの方を見る。
佐助くんはそんな私の表情を見て、困ったように微笑んだ後、そっとスマホを私へと差し出した。
「良かったらさ……今度、フェス行かね?」