君と僕とロックンロールと
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「あ、それ新曲のMVじゃん。」
「えっ」
肩越しに突如聞こえた声に慌てて振り向けば、すぐ目の前に整った横顔が迫っていて、思わず心臓が飛び跳ねた。
左耳にだけ突っ込んでいたイヤホンを、ほぼ反射的に耳から引っこ抜く。
5限目の授業まで暇だということで適当に立ち寄ったパソコン室。
皆が黙々とレポート作成や調べものをしている中、一人ぼけっとネットサーフィンをしていた私に声を掛けてきたその人は、私の右肩から身を乗り出すようにデスクへと腕をついて、楽しげにパソコンの画面を覗き込んでいる。
あまりに突然のことで状況が上手く飲み込めず、かつ、その人の左腕は私の座っている椅子の背もたれにしっかりと回されているかめに、私はこの近すぎる距離から逃げることも出来ない。
「へー、あんたってこういう音楽聞くんだ?ちょっと意外」
「え、あ、う、うん……?」
チラ、と視線を此方に向けられて益々挙動不審になった私は、とりあえず目の前のパソコン画面へと視線を逸らした。
映し出されているのは、動画サイトを漁りながら見つけた、よく知らないロックバンドのMV。
今日初めて聞いたばかりのこのバンドを好きだとも嫌いだとも言えず、なんて返すべきか答えを模索していると、まるでそれを阻止するかのように目の前の彼は次々と私に言葉を投げ掛けてきた。
「あんた、経済学科のみょうじなまえちゃんだよね?」
「え?あ、あぁ、うん、そ、そうだよ」
「俺様も同じ経済学科なんだよね。ほら、専門の授業の時、教室に居たろ?」
「え、えぇっと……そ、そうだね、うん」
「えー、もしかして気付かれてなかった俺様?」
そのまま、此方の返答を待たずに「うわー、俺様ショックー」と大袈裟にリアクションして見せるこの男。
知ってる。
と言うより、知らない訳がない。
流れるような鷲色の髪に、すらりとした体型と、端正な顔立ち。人混みの中でも際立って目を引くその存在は、入学当初から女子よりとんでもない人気を集め、毎回休み時間になる度に、彼の周りには何人もの女の子の山が出来上がっていた。
それに毎度嫌な顔一つせず、誰とでもアドレスを交換したり談笑したりするその姿は、1年の頃からいつも嫌でも目に入っていた。
恐らく彼は、うちの学科でNo.1に顔の知られている人間だろう。
ただ私と言えば、確かに彼のことはかっこいいなあくらいには思うものの、周りの女子のあまりの熱狂ぶりにドン引きしてしまい、結局2年になる今の今まで、ただの一度も彼と話をしたことは無かった。
と言うより、私には彼はどこか、近付きにくい人間のように感じられていた。
彼は、自分に近付いてくる人間には、実に愛想良く対応する。
だけど彼は同級生たちから向けられる好意を、受け入れることも、拒絶することもなかった。ただいつもへらへらと笑っては、それらを全て受け流しているだけのように、私には見えた。
そのせいか、今ではまるで一時のブームが過ぎ去ったかのように、彼の元には誰も近寄ろうとはしない。
否、別に誰かに話し掛けられれば自然と返すのだけれど、どこか他人と自分との間に確かな距離を置いている。彼は、そんな人間だったのだ。
だからこそ困惑した。
その彼が突然、今まで挨拶すらろくに交わしたことの無いような私に、何の前振りもなく話し掛けてきたのだから。
「えっと、猿飛佐助くん、だよね?」
「おっ、ちゃんと覚えててくれたんじゃん。嬉しいねぇ」
「は、はぁ……」
「この曲、俺様も好きなんだよねぇ」
「そ、そうなんだ……?」
「そ。サビの部分とか良くない?」
「う、うぅん……そう、だね」
ははは、と乾いた笑いを見せてみるが、猿飛くんは全然気にしていない感じで、ボーカルの声が良いんだとか教えてくれる。
が、正直このバンドはさっき見つけたばかりで全然知らないし、生憎私はそこまで音楽に精通している訳でもない。
確かに好きなアーティストはちらほらとはいるが、いかんせんBGM代わりに聞くぐらいしかしないため、誰かと語り合える程でもないのだ。
「……良かったらさ、今度、このバンドのアルバム貸すぜ?」
「えっ、い、いや、そんな……」
「いいっていいって。何のアルバム持ってる?一応、最新のやつまで集めてはあるんだけど」
「え、えっと……………あ、新しいやつしか、持ってない……かな」
「お、マジで?じゃあ1stアルバムから貸してくよ。どうせ専門の授業で会うだろうし」
「う、うん。じゃあ……よ、よろしくお願いします?」
「あいよ、任せな。じゃ、また明日な」
「あ、うん、またね」
ようやく離れてくれた猿飛くんは、首に掛けていたイヤホンを耳にはめ直すと、ひらひらと手を振ってパソコン室を後にして行った。
嵐のように過ぎ去った出来事に暫し呆然としながら、耳から外したままだったイヤホンを小さく握りしめる。
ついてしまった他愛ない嘘への、チクリとした罪悪感の痛みと、それでも高鳴ったままの心臓の鼓動がやけにリアルに感じられて、静かにパソコンの画面へと目を移した。
イヤホンをもう一度耳に押し込めば、いつもは聞かないような、激しいロックミュージックが頭に流れ込んで来る。
聞きながらも頭を過るのは先程の猿飛くんの横顔や、嬉しそうに話す声色ばかりで。
今までなら絶対に興味など示さなかったそのバンド名に、今ではすっかり興味を抱いてしまっている私はやはり、〝音楽好き〟を名乗るにはあまりにおこがましい存在、なのだろう。
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