第二話 未体験の知識
「おい、コラ!」
「!?」
思案していたシルヴィーの背後から大声と共にドスドスとした足音が近づいてきた。
慌てて振り返ると、凄い形相睨みつつ抜いた剣を手にした赤髪の娘が立っていた。
「てめぇがアレか、フェルナンドの『良い漬け物』か!?」
「……はい?」
「良い漬け物か聞いてんだよ!!」
咄嗟に立ち上がり後退りしたシルヴィーは、赤髪の娘の思いもよらない理解不能な言葉にフリーズし、思考をフル回転させた。
漬け物?否、この場合の"漬け物"とは所謂"述語"だ。"主語"は"フェルナンド様"だ。…ますます意味が分からない。
私が、フェルナンド様の、良い漬け物?
何故漬け物に"良い(いい)"が付く?良い漬け物?イイツケモノ。いいつけもの。……。
「…『許嫁(いいなずけ)』のことですか?」
「良い漬け(いいづけ)だろ!?フェルナンドが言ってたぞ!今日良い漬け物が来るって!お前だろ!!」
「成程…はぁ、分かりました。それで」
シルヴィーは赤髪の娘を睨んだ。
「私に何の用ですか?」
「むむっ!話し合いか!よし、それは俺も最近フェルナンドと話をして鍛えられたぞ!俺が言いたいのは一つ!フェルナンドの嫁は俺だ!!」
「……はぁ」
この娘、どこからどう見ても武の国ホドの人間である。
軽装とはいえ胸元を守るアーマーに機動力を損なわないブーツにスパッツ。剣を収める姿は手馴れたもので、チラリと見えた足には投げナイフらしきものが装備されていた。
赤みの強い…臙脂色の髪を高くポニーテールにしていて、漆黒の瞳は武人らしい強さを持っていた。
「言ってる意味がよく分からないのですが?」
──そんな武人相手に堂々と言い返せるのは、シルヴィーも相手同様に気が強い性格なせいだ。
武の娘は呆れ顔のシルヴィーを睨み、再び叫んだ。
「俺はフェルナンドが好きなんだ!!」
「──!」
唐突にシルヴィーの胸が跳ねた。
「すすす、好きだから、俺は奴と絶対け、結婚すんだ!だから…だから!良い漬け物は許さない!駄目だ!俺がフェルナンドの嫁になるんだ!!」
顔を真っ赤にした武の娘は叫び終わると、ゼェゼェと肩で息をしシルヴィーの返答を待った。
しかし、シルヴィーは跳ねた胸の奥を抑えるように俯き黙り込んだ。
「……」
「…なんだよ、なにか言うことないのかよ」
──シルヴィーは言い返すことが出来なかった。いつもならば、反論と理論的講釈を瞬時に頭の中で構成するのだが…何故か考えがまとめられない。
今まで一度として、こんな事は無かった。
──否
「"あの人"の隣でも、同じだった…」
"あの人"の隣はぬるま湯に浸かったかのようで、頭の回転がゆるくなり、そして、止まってしまった。
けれど、その時間はとても心地良く、暖かく、優しかった──
「(…もう、会うこともないのに…何を…)」
シルヴィーは頭を振った。
現実を見ろ。忘れろ。
今、自身は何故ここに立っている?
自身は何故産まれてきた?
自身の使命は?
──全ては知の王を産み、国を繁栄させる為。
「おい、大丈夫かよ」
シルヴィーは肩を揺らされ、思考の雪崩から引き上げられた。その弱く揺れた瞳は、黒く輝いた武の娘の瞳と重なる。
「何だよ、体悪いのか?」
「……貴方は」
シルヴィーはぼんやりと、無意識に小さく呟いた。
「フェルナンド様の隣に居たいのですか…?」
「は?」
「フェルナンド様と共にいたいのですか…?」
「ばっ、んなの…!!」
武の娘は唐突なシルヴィーの問いに
「あったりまえだろ!!」
少しも迷わず頷いた。
「俺はフェルナンドの事が好きだから、隣にいたいし、一緒にいたい!んでもって、俺がフェルナンドを守ってやるんだ!ドヤッ!」
「…正直ですね」
シルヴィーは自嘲気味に笑った。
──知の民は真実のみを語り、嘘偽り無く生きるべきである。
それは知の民が幼少時から教え伝えられる"ルール"だ。
知の民の指針であり、破る必要も無い"絶対"である。
なのに──
「…なんだよ、煮え切らねぇ奴だな」
「貴方と違って重いモノを背負ってますから」
「むかっ」
武の娘は怒ったように口を尖らせ、シルヴィーの両頬を引っ張った。
「ひゃい!!なひをすふのれふか!!」
「悩む前に行動してみろよ!!」
もがくシルヴィーから手を離すと、武の娘は一歩後ろに下がって腕を組んだ。
「お前がなんでそんなに悩んでるのか俺にはまっっっっったくわかんねぇ!!"好きな奴"の…フェルナンドの嫁になれるんだろ?もっと喜べよ」
『じゃないと殴れねぇし…』と武の娘は最後に付け足したが、シルヴィーの耳には届いてなかった。
"好き"な人──
"好き"とはなんだろう?
フェルナンド様への想いだろうか?
フェルナンド様の事は"嫌いではない"。
思慮深く、知識も豊富で話していて飽きない。こちらを容姿から判断せず対等に扱ってくれる。職務にも真面目で、自他に厳しく、王位継承者としての自覚もあり、必ずや未来の国を豊かにしてくれるという確信を持てる。
しかし、この違和感はなんだろう。
フェルナンド様と"好き"を結ぼうとすると、頭が重くなる。思考が鈍くなり、別の"何か"が邪魔をする。
「………なぁ」
俯くシルヴィーの顔を覗き込み、武の娘は眉を顰めた。
「お前、フェルナンドのこと好きじゃないのか?」
「!?」
思案していたシルヴィーの背後から大声と共にドスドスとした足音が近づいてきた。
慌てて振り返ると、凄い形相睨みつつ抜いた剣を手にした赤髪の娘が立っていた。
「てめぇがアレか、フェルナンドの『良い漬け物』か!?」
「……はい?」
「良い漬け物か聞いてんだよ!!」
咄嗟に立ち上がり後退りしたシルヴィーは、赤髪の娘の思いもよらない理解不能な言葉にフリーズし、思考をフル回転させた。
漬け物?否、この場合の"漬け物"とは所謂"述語"だ。"主語"は"フェルナンド様"だ。…ますます意味が分からない。
私が、フェルナンド様の、良い漬け物?
何故漬け物に"良い(いい)"が付く?良い漬け物?イイツケモノ。いいつけもの。……。
「…『許嫁(いいなずけ)』のことですか?」
「良い漬け(いいづけ)だろ!?フェルナンドが言ってたぞ!今日良い漬け物が来るって!お前だろ!!」
「成程…はぁ、分かりました。それで」
シルヴィーは赤髪の娘を睨んだ。
「私に何の用ですか?」
「むむっ!話し合いか!よし、それは俺も最近フェルナンドと話をして鍛えられたぞ!俺が言いたいのは一つ!フェルナンドの嫁は俺だ!!」
「……はぁ」
この娘、どこからどう見ても武の国ホドの人間である。
軽装とはいえ胸元を守るアーマーに機動力を損なわないブーツにスパッツ。剣を収める姿は手馴れたもので、チラリと見えた足には投げナイフらしきものが装備されていた。
赤みの強い…臙脂色の髪を高くポニーテールにしていて、漆黒の瞳は武人らしい強さを持っていた。
「言ってる意味がよく分からないのですが?」
──そんな武人相手に堂々と言い返せるのは、シルヴィーも相手同様に気が強い性格なせいだ。
武の娘は呆れ顔のシルヴィーを睨み、再び叫んだ。
「俺はフェルナンドが好きなんだ!!」
「──!」
唐突にシルヴィーの胸が跳ねた。
「すすす、好きだから、俺は奴と絶対け、結婚すんだ!だから…だから!良い漬け物は許さない!駄目だ!俺がフェルナンドの嫁になるんだ!!」
顔を真っ赤にした武の娘は叫び終わると、ゼェゼェと肩で息をしシルヴィーの返答を待った。
しかし、シルヴィーは跳ねた胸の奥を抑えるように俯き黙り込んだ。
「……」
「…なんだよ、なにか言うことないのかよ」
──シルヴィーは言い返すことが出来なかった。いつもならば、反論と理論的講釈を瞬時に頭の中で構成するのだが…何故か考えがまとめられない。
今まで一度として、こんな事は無かった。
──否
「"あの人"の隣でも、同じだった…」
"あの人"の隣はぬるま湯に浸かったかのようで、頭の回転がゆるくなり、そして、止まってしまった。
けれど、その時間はとても心地良く、暖かく、優しかった──
「(…もう、会うこともないのに…何を…)」
シルヴィーは頭を振った。
現実を見ろ。忘れろ。
今、自身は何故ここに立っている?
自身は何故産まれてきた?
自身の使命は?
──全ては知の王を産み、国を繁栄させる為。
「おい、大丈夫かよ」
シルヴィーは肩を揺らされ、思考の雪崩から引き上げられた。その弱く揺れた瞳は、黒く輝いた武の娘の瞳と重なる。
「何だよ、体悪いのか?」
「……貴方は」
シルヴィーはぼんやりと、無意識に小さく呟いた。
「フェルナンド様の隣に居たいのですか…?」
「は?」
「フェルナンド様と共にいたいのですか…?」
「ばっ、んなの…!!」
武の娘は唐突なシルヴィーの問いに
「あったりまえだろ!!」
少しも迷わず頷いた。
「俺はフェルナンドの事が好きだから、隣にいたいし、一緒にいたい!んでもって、俺がフェルナンドを守ってやるんだ!ドヤッ!」
「…正直ですね」
シルヴィーは自嘲気味に笑った。
──知の民は真実のみを語り、嘘偽り無く生きるべきである。
それは知の民が幼少時から教え伝えられる"ルール"だ。
知の民の指針であり、破る必要も無い"絶対"である。
なのに──
「…なんだよ、煮え切らねぇ奴だな」
「貴方と違って重いモノを背負ってますから」
「むかっ」
武の娘は怒ったように口を尖らせ、シルヴィーの両頬を引っ張った。
「ひゃい!!なひをすふのれふか!!」
「悩む前に行動してみろよ!!」
もがくシルヴィーから手を離すと、武の娘は一歩後ろに下がって腕を組んだ。
「お前がなんでそんなに悩んでるのか俺にはまっっっっったくわかんねぇ!!"好きな奴"の…フェルナンドの嫁になれるんだろ?もっと喜べよ」
『じゃないと殴れねぇし…』と武の娘は最後に付け足したが、シルヴィーの耳には届いてなかった。
"好き"な人──
"好き"とはなんだろう?
フェルナンド様への想いだろうか?
フェルナンド様の事は"嫌いではない"。
思慮深く、知識も豊富で話していて飽きない。こちらを容姿から判断せず対等に扱ってくれる。職務にも真面目で、自他に厳しく、王位継承者としての自覚もあり、必ずや未来の国を豊かにしてくれるという確信を持てる。
しかし、この違和感はなんだろう。
フェルナンド様と"好き"を結ぼうとすると、頭が重くなる。思考が鈍くなり、別の"何か"が邪魔をする。
「………なぁ」
俯くシルヴィーの顔を覗き込み、武の娘は眉を顰めた。
「お前、フェルナンドのこと好きじゃないのか?」