第二話 未体験の知識

シルヴィーは呆然と、高く高くそびえ立つ木を見上げていた。

現在地は農林地帯。建築資材や燃料などに使う木材がここで育てられている。その量はほぼ五つ国全体分だ。
「そう考えると、本当に凄い光景ですね…」
見回す限りの木木木木…上も左右前後全方位巨木で視界が埋め尽くされている。しかし乱雑に生えているというわけではなく、きちんと整備されているらしく狼の森のような薄暗さも無ければ高い雑草も生えていない。

そういえば、ここまで見てきた畑も牧場も地平線の向こうまで続いていた。この国で五つ国全ての生活を支えているのは伊達じゃないようだ。

「本で読むのと、実際に見るのとでは大違い…」

シルヴィーは辞典を強く握り締めた。

"五つ国の食糧庫"
辞典の農国の説明はそんな簡単な説明文と写真で片付けられていた。
『──ああ、そうなんだ』
その頁を目にしても、そんな感想しか抱かず、疑問も疑いも興味もなく次の項目へと指を動かしていた。
しかし、実際に農国へ来て目にし体験してみるとその凄さに驚き、感動する。

途方もなく続く"命"の源。そしてそれを生み出し育て働く人々。その一人一人が、五つ国全ての命に繋がっている。

「…なんて大きな国なんだろう」
巨木に手を触れ、呟く。幹は人間の体より太く、その表皮に長い年月を感じられた。サワサワと風になびき葉を揺らす雄大な姿は、小さな自分が一段と小さい存在なのだと思い知らされる。

シルヴィーはゆっくりと振り返り、その視界にサルゴンを映した。
このエリアで林業に従事する民と話している。
無造作ヘアーと言えば聞こえは良いが、有体に言ってしまうと整えられていないモサモサの薄紫髪。森林を思い出される緑の瞳と日に焼けた小麦色の肌。泥で汚れた作業着に長靴。特徴だけ上げると野暮ったい人物に思えてしまうが、背が高く背筋が伸び姿勢が良い。立ち姿が大樹を思わせるように真っ直ぐで、それから優れた体幹を持ち合わせているのだと分かる。半袖のシャツから出ている腕は太く、筋肉質で逞しい。最初に出会った時に軽々と運ばれたので見た目だけでなく力もしっかりとあるのだろう。
優し気な表情と声色は相手を安心させ、心を解く。彼と話していると心地良さを感じるのだろう。相手も顔を柔らかくし、目を細める。

彼は五つ国の命を支える農国イエソド──雄大で穏やかな大地を思わせる、その姿を体現しているかのようだ。
農国の次期王位継承者、サルゴンはしっかり王子様なのだとシルヴィーは理解させられた。

「シルヴィー!」
そうこう考えていると、サルゴンがこちらに手を振って歩み寄ってきていた。シルヴィーの前まで来ると、悩んだように頭を掻く。
「ここの人は雛は見てねぇって…うーん、ここだと思ったになぁ」
現在地は最初のスタート地点…城からここまで人間の足でも数時間かかる距離。なんてアクティブな雛だろう。一体どこまで大冒険してしまっているのか。
「そうですか…とにかく、もう少し進んでみましょう!」
「…んでも、この先は…」
サルゴンの視線は、地平線に薄らと見える海に向けられた。

農林地帯の先は海だ。海からの潮風や万が一の津波から守るために海の隣で農林をしていると本に記述があったので、シルヴィーもその位置関係は把握していた。
把握しているからこそ、流石に雛だってそこまでは行かないはずだと思ってはいるのだが…
「可能性はゼロではありません」
シルヴィーは青い瞳を光らせた。
「生まれて間もない雛ならば、海も何も分からず進んでいく事もあります。何でも疑え。それが知国ケフラーの教えです」

自分は知の民。全知ヴィーナス領の娘。

「行きましょう、サルゴン様」
でも、
「…うーん。んだな。シルヴィーの言うごとは正しいべや」
隣を歩き始めた理由は、もっとサルゴンと一緒にいたい、という私情が大半を占めていた。
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