第二話 未体験の知識
丘を越え、シルヴィーとサルゴンは一面緑の農作地へと辿り着いた。
「はぁ…ふぅ…牛の指した場所…やっと、着いた」
あまり体力のないシルヴィーは少し歩いただけで既に息も絶え絶えである。抱えている辞典も腕に食い込む始末だ。
「だいじ?ちょっと休憩しよか。ここで待ってて」
「…え」
サルゴンは肩で息をするシルヴィーを確認すると、一人スタスタと歩いて行ってしまった。
彼の行動は本当に突拍子もない…そう考えつつシルヴィーは溜め息を吐くと、近くの木陰に腰を下ろした。
──風が暖かい…
目を閉じ、頬を撫でる風に身を委ねる。
新緑の爽やかな香りが鼻をくすぐり、少し汗ばんだ肌が優しく乾かされていく。
そういえば、今は何時なんだろう?お昼は回っただろうか?
知の国では決められた時間通りに動いていたが、
「(ここにいると、だらけてしまいます…)」
時間、という概念さえ忘れてしまう位、農国は長閑だ。
風が木々を揺らし、動物達の優しげな息遣いも間近に聴こえ、空は澄み渡り永遠に高く感じる。
このまま何もかも忘れて、眠ってしまいたい──
「シルヴィー」
「!!」
一瞬眠りそうになったその時、突然目の前にピンクの物体が差し出された。反射的に受け取ったそれは、柔らかく熟れた桃だった。
「昼の代わりだへ。瑞々しくて美味しいべよ」
いつの間にか戻って来ていたサルゴンは数個の桃を片手に微笑んだ。
…どこから採ってきたのだろう?
「あの…」
「?」
「勝手に木から採ってはいけないと思うんですが…」
問掛けている間も、隣に座ったサルゴンは桃にかぶりついている。
シルヴィーは眉間に皺を寄せた。
「あぁ、だいじけぇ。ウメキチ…ここの果樹園主には後で言うでな」
「後では意味がない気がしますけど…王族の特権ですか?それでも勝手に人の物を盗るのは良くないです」
「と、盗ってるわけじゃないべよ。あと、王族特権?はうちにはないけ。ええと…うちん国はな、お腹空いたら、ちょっとだけなら『分けてもらう』って事があるべよ。この国のは"皆の物"だから…」
サルゴンは少し慌てて言った後、落ち着くと前方へ顔を向けた。深緑の瞳がゆるりと煌めく。
「オラ達は大地から『命』を分けて貰っとるけぇ」
「…いのち」
「大地は何も言うことなく、オラ達に豊かな食物を与えてくれとる」
そこで一度言葉を切ると、サルゴンは手で軽く土をすくった。
「大地から出来る作物はオラ達の命を作る。んで、命を分けて貰ったオラ達は大地を耕す。大地だけでね。海だって、空だって、オラ達に命を分けてるけぇ。誰のもんでもねぇ。命は皆のもんだで」
ふわりと抜けた風は、サルゴンとシルヴィーの髪を揺らした。
「あ、もちろんウメキチに言わねと怒られっぺ。作物は皆のもんだが、手塩かけて育てたのはウメキチだけぇ」
「……」
『上手く説明出来ない』と困ったように頭を掻くサルゴンの顔に、シルヴィーは釘付けとなってしまった。
──なんて、優しい瞳だろう…
「ようするにオラは桃をシルヴィーに食べてもらいてぇっぺや。疲れには甘いもんが効くでな」
「……」
シルヴィーはサルゴンの笑顔に促され、桃を一口食む。口内に水々しい甘さが広がり、ここまでの疲れが溶けてなくなるようだった。
「…桃」
「美味いだか?」
「そのまま食べるの初めてです」
皮を剥いて、皿に盛られた果物の姿しか知らない。
皿の上の桃は、キレイに切り分けられ、飾られ、軽くフォークで刺し口に運ぶだけ。しかし、今手にしている桃は、強く握ったら潰れてしまいそうで柔らかい。
「…いえ、こんなに美味しい食べ物さえ…──初めてです」
シルヴィーの胸は暖かい優しい気持ちでいっぱいになった。自然と笑みがこぼれてしまう。
チラリとサルゴンに視線を移すと、彼もニコニコと満面の笑みを浮かべている。何故かその表情が気恥ずかしくて、シルヴィーは思わず目を伏せ、桃だけに集中する事にした。
桃はとても甘かった。
「はぁ…ふぅ…牛の指した場所…やっと、着いた」
あまり体力のないシルヴィーは少し歩いただけで既に息も絶え絶えである。抱えている辞典も腕に食い込む始末だ。
「だいじ?ちょっと休憩しよか。ここで待ってて」
「…え」
サルゴンは肩で息をするシルヴィーを確認すると、一人スタスタと歩いて行ってしまった。
彼の行動は本当に突拍子もない…そう考えつつシルヴィーは溜め息を吐くと、近くの木陰に腰を下ろした。
──風が暖かい…
目を閉じ、頬を撫でる風に身を委ねる。
新緑の爽やかな香りが鼻をくすぐり、少し汗ばんだ肌が優しく乾かされていく。
そういえば、今は何時なんだろう?お昼は回っただろうか?
知の国では決められた時間通りに動いていたが、
「(ここにいると、だらけてしまいます…)」
時間、という概念さえ忘れてしまう位、農国は長閑だ。
風が木々を揺らし、動物達の優しげな息遣いも間近に聴こえ、空は澄み渡り永遠に高く感じる。
このまま何もかも忘れて、眠ってしまいたい──
「シルヴィー」
「!!」
一瞬眠りそうになったその時、突然目の前にピンクの物体が差し出された。反射的に受け取ったそれは、柔らかく熟れた桃だった。
「昼の代わりだへ。瑞々しくて美味しいべよ」
いつの間にか戻って来ていたサルゴンは数個の桃を片手に微笑んだ。
…どこから採ってきたのだろう?
「あの…」
「?」
「勝手に木から採ってはいけないと思うんですが…」
問掛けている間も、隣に座ったサルゴンは桃にかぶりついている。
シルヴィーは眉間に皺を寄せた。
「あぁ、だいじけぇ。ウメキチ…ここの果樹園主には後で言うでな」
「後では意味がない気がしますけど…王族の特権ですか?それでも勝手に人の物を盗るのは良くないです」
「と、盗ってるわけじゃないべよ。あと、王族特権?はうちにはないけ。ええと…うちん国はな、お腹空いたら、ちょっとだけなら『分けてもらう』って事があるべよ。この国のは"皆の物"だから…」
サルゴンは少し慌てて言った後、落ち着くと前方へ顔を向けた。深緑の瞳がゆるりと煌めく。
「オラ達は大地から『命』を分けて貰っとるけぇ」
「…いのち」
「大地は何も言うことなく、オラ達に豊かな食物を与えてくれとる」
そこで一度言葉を切ると、サルゴンは手で軽く土をすくった。
「大地から出来る作物はオラ達の命を作る。んで、命を分けて貰ったオラ達は大地を耕す。大地だけでね。海だって、空だって、オラ達に命を分けてるけぇ。誰のもんでもねぇ。命は皆のもんだで」
ふわりと抜けた風は、サルゴンとシルヴィーの髪を揺らした。
「あ、もちろんウメキチに言わねと怒られっぺ。作物は皆のもんだが、手塩かけて育てたのはウメキチだけぇ」
「……」
『上手く説明出来ない』と困ったように頭を掻くサルゴンの顔に、シルヴィーは釘付けとなってしまった。
──なんて、優しい瞳だろう…
「ようするにオラは桃をシルヴィーに食べてもらいてぇっぺや。疲れには甘いもんが効くでな」
「……」
シルヴィーはサルゴンの笑顔に促され、桃を一口食む。口内に水々しい甘さが広がり、ここまでの疲れが溶けてなくなるようだった。
「…桃」
「美味いだか?」
「そのまま食べるの初めてです」
皮を剥いて、皿に盛られた果物の姿しか知らない。
皿の上の桃は、キレイに切り分けられ、飾られ、軽くフォークで刺し口に運ぶだけ。しかし、今手にしている桃は、強く握ったら潰れてしまいそうで柔らかい。
「…いえ、こんなに美味しい食べ物さえ…──初めてです」
シルヴィーの胸は暖かい優しい気持ちでいっぱいになった。自然と笑みがこぼれてしまう。
チラリとサルゴンに視線を移すと、彼もニコニコと満面の笑みを浮かべている。何故かその表情が気恥ずかしくて、シルヴィーは思わず目を伏せ、桃だけに集中する事にした。
桃はとても甘かった。