第二話 未体験の知識
着替えを終えて、城門前に出るとそこにサルゴンが待っていた。
「あ、終わっただか?」
「ええ。怪我の手当てもしましたよ」
「ありがとう」
ニコリとスイセンに微笑むと、その優しい表情のままサルゴンはシルヴィーに向き直った。
「シルヴィーちゃん。今デューン…あ、うちん国を担当さしてる監視者で、知国の人な。そのデューンが急いでフェルナンドに知らせに行ってっだ。すぐに向かえ来るけ、もうちっとの辛抱だへ」
「……」
シルヴィーは一瞬目を揺らし、サルゴンの言葉に頷きもせず、俯いた。
「何故…」
「??…どしたの?もしかしてどっか痛むん?だいじ?」
「何故怒らないのですか!?」
シルヴィーは声を張り上げて、言葉を荒げた。
しかし、その声は周囲の家畜や作業している者たちの賑やかさで打ち消され、目の前のサルゴンと後方のスイセンとその隣に歩いてきていた男にしか聞こえなかった。
「私は、存じなかったとはいえ、貴方を…いえ、それだけではないですね。私はこの農国を侮辱したのです。それを、貴方は…何故責めないのですか!?何故罰を与えないのですか!?……おかしいです…」
規則は絶対。秩序は理。王族を侮辱した者を許すなんて。名前も素性も知らない娘を自分の危険も顧みずに助けるなんて。
──"正しくない"
「…シルヴィーちゃん」
ふわりと、優しい風が頬を撫でた。
「シルヴィーちゃんは何も悪くねぇっぺよ」
サルゴンはシルヴィーに目線を合わせるようにしゃがみ、屈託なく笑った。
「馬車さ倒れたり、オオカミに襲われたり、色々あって疲れて余裕なかったべよ。それに、オラが自己紹介忘れたのが悪いでな。他の四人と違って、王子らしくね恰好してっし…」
そう言いつつ、困ったように頭を掻いて首を傾げた。
「ちゃんとした服着れば良いと思うだげども…作業するけ、これが一番でなぁ…ううーん…オラ、フェルナンドみたく頭よぐねから上手く言えねぇ…だけども、シルヴィーちゃんが自分を責めっことはねぇ」
シルヴィーの胸が痛みとは違う衝撃に揺れた。
今までの人生は"可か否"の二択だった。間違いは否定され、正しい事が全て肯定される。0か100か。
けれども、それは"自身の価値観に依存した可否"だった。
相手は王族だ。だから自分は"間違っている"と感じた。しかし、それは──一般人が相手だったら"間違い"と思わなかったという事になる。
ずっと自身が言っていた事、不満に思っていた事は、例え相手が王族でなくても"言ってはいけない"のだ。
相手を見下し、傲慢に振舞ってしまった。
だから、責められ罰せられる事は当然のはずなのだ。
「…どうして…貴方は」
"そんなに優しいのですか?"
言葉に出来なかった最後の声は、飲み込んだ。
サルゴンは言葉に詰まるシルヴィーを見つめ、言葉を続けた。
「王族は偉いとか敬うべきとか言うけども、同じ人間だで。同じ空を見で、同じ土を踏んで…そこに違いなんてねぇとオラは思うけぇ。だから、シルヴィーちゃんが焦ったり不満に思ったり、キツイ事言いたくなる気持ちもよく分かる。だけぇオラも国の事も何も気にしなくていいし、もし気にすんだったら次から気を付けよって、勉強出来たってことで前向きに考えよ。な?」
「……サルゴン様」
シルヴィーは無意識にサルゴンの名前を呼んでいた。
一瞬その行為に自分で怯むが、すぐにそれを振り払い顔を上げた。
「…酷いこと言って、ごめんなさい」
──謝罪が受け入れられたとしても、自分を許す事はまだ出来ない。けれども、優し気なサルゴンの瞳を見つめると、不思議と胸が軽くなった。
自然とシルヴィーの顔は綻んだ。
「やっと笑っただ」
サルゴンは嬉しそうに小さな目を見開いた。
「良かった!ずっと暗い顔して心配だったけぇ。だけども、へへ…シルヴィーちゃんみてぇな可愛い子はやっぱ笑顔が似合うべなぁ」
「かっ…!?」
サルゴンの言葉にシルヴィーの顔は真っ赤になってしまった。可愛い…そんな言葉、生まれて初めて言われた。社交辞令でも言われた事が無い。そもそも外見が子供っぽくて、性格も強気すぎなので両親や使用人や領民にまで"可愛気皆無令嬢"とあだ名をつけられている。
「わ、私は可愛くなんかないです!もももしかして!嫌味ですか?!」
「え?いやいやいや!本当だで。シルヴィーちゃんめっちゃかわええでな。へへ、うん。かわええ。かわええなぁ」
「ううぅ!むむ、うっあ、そ…その!『ちゃん』付けは止めてください!!子供扱いされてるみたいで嫌です!」
「へ?…そけ?」
「そうです!よ…呼び付けにしてください!シルヴィーと呼んで下さい!い、いいですね!?」
「うん、分かっただよ」
…自分でも何を言っているのかワケわからないが、熱った顔を冷やす為の時間を稼がなくては…とシルヴィーはそっぽを向きつつ、深呼吸をした。
「(この胸の高鳴りは褒められる事に慣れてないからでこの方にときめいているのではなくちょっとびっくりしただけなのですそうですそうに決まっているそもそも私にはフェルナンド様という許嫁がいるわけで)」
シルヴィーはまるで念仏のようにブツブツと自分に言い聞かせた。
「(──嗚呼、でも…)」
胸に手を添えると、胸の奥に仄かなぬくもりを感じた。
「謝れて、良かった…」
シルヴィーの胸の重さと痛みは悪口ばかり言っていた、罪悪感からだったようだ。
「あ、終わっただか?」
「ええ。怪我の手当てもしましたよ」
「ありがとう」
ニコリとスイセンに微笑むと、その優しい表情のままサルゴンはシルヴィーに向き直った。
「シルヴィーちゃん。今デューン…あ、うちん国を担当さしてる監視者で、知国の人な。そのデューンが急いでフェルナンドに知らせに行ってっだ。すぐに向かえ来るけ、もうちっとの辛抱だへ」
「……」
シルヴィーは一瞬目を揺らし、サルゴンの言葉に頷きもせず、俯いた。
「何故…」
「??…どしたの?もしかしてどっか痛むん?だいじ?」
「何故怒らないのですか!?」
シルヴィーは声を張り上げて、言葉を荒げた。
しかし、その声は周囲の家畜や作業している者たちの賑やかさで打ち消され、目の前のサルゴンと後方のスイセンとその隣に歩いてきていた男にしか聞こえなかった。
「私は、存じなかったとはいえ、貴方を…いえ、それだけではないですね。私はこの農国を侮辱したのです。それを、貴方は…何故責めないのですか!?何故罰を与えないのですか!?……おかしいです…」
規則は絶対。秩序は理。王族を侮辱した者を許すなんて。名前も素性も知らない娘を自分の危険も顧みずに助けるなんて。
──"正しくない"
「…シルヴィーちゃん」
ふわりと、優しい風が頬を撫でた。
「シルヴィーちゃんは何も悪くねぇっぺよ」
サルゴンはシルヴィーに目線を合わせるようにしゃがみ、屈託なく笑った。
「馬車さ倒れたり、オオカミに襲われたり、色々あって疲れて余裕なかったべよ。それに、オラが自己紹介忘れたのが悪いでな。他の四人と違って、王子らしくね恰好してっし…」
そう言いつつ、困ったように頭を掻いて首を傾げた。
「ちゃんとした服着れば良いと思うだげども…作業するけ、これが一番でなぁ…ううーん…オラ、フェルナンドみたく頭よぐねから上手く言えねぇ…だけども、シルヴィーちゃんが自分を責めっことはねぇ」
シルヴィーの胸が痛みとは違う衝撃に揺れた。
今までの人生は"可か否"の二択だった。間違いは否定され、正しい事が全て肯定される。0か100か。
けれども、それは"自身の価値観に依存した可否"だった。
相手は王族だ。だから自分は"間違っている"と感じた。しかし、それは──一般人が相手だったら"間違い"と思わなかったという事になる。
ずっと自身が言っていた事、不満に思っていた事は、例え相手が王族でなくても"言ってはいけない"のだ。
相手を見下し、傲慢に振舞ってしまった。
だから、責められ罰せられる事は当然のはずなのだ。
「…どうして…貴方は」
"そんなに優しいのですか?"
言葉に出来なかった最後の声は、飲み込んだ。
サルゴンは言葉に詰まるシルヴィーを見つめ、言葉を続けた。
「王族は偉いとか敬うべきとか言うけども、同じ人間だで。同じ空を見で、同じ土を踏んで…そこに違いなんてねぇとオラは思うけぇ。だから、シルヴィーちゃんが焦ったり不満に思ったり、キツイ事言いたくなる気持ちもよく分かる。だけぇオラも国の事も何も気にしなくていいし、もし気にすんだったら次から気を付けよって、勉強出来たってことで前向きに考えよ。な?」
「……サルゴン様」
シルヴィーは無意識にサルゴンの名前を呼んでいた。
一瞬その行為に自分で怯むが、すぐにそれを振り払い顔を上げた。
「…酷いこと言って、ごめんなさい」
──謝罪が受け入れられたとしても、自分を許す事はまだ出来ない。けれども、優し気なサルゴンの瞳を見つめると、不思議と胸が軽くなった。
自然とシルヴィーの顔は綻んだ。
「やっと笑っただ」
サルゴンは嬉しそうに小さな目を見開いた。
「良かった!ずっと暗い顔して心配だったけぇ。だけども、へへ…シルヴィーちゃんみてぇな可愛い子はやっぱ笑顔が似合うべなぁ」
「かっ…!?」
サルゴンの言葉にシルヴィーの顔は真っ赤になってしまった。可愛い…そんな言葉、生まれて初めて言われた。社交辞令でも言われた事が無い。そもそも外見が子供っぽくて、性格も強気すぎなので両親や使用人や領民にまで"可愛気皆無令嬢"とあだ名をつけられている。
「わ、私は可愛くなんかないです!もももしかして!嫌味ですか?!」
「え?いやいやいや!本当だで。シルヴィーちゃんめっちゃかわええでな。へへ、うん。かわええ。かわええなぁ」
「ううぅ!むむ、うっあ、そ…その!『ちゃん』付けは止めてください!!子供扱いされてるみたいで嫌です!」
「へ?…そけ?」
「そうです!よ…呼び付けにしてください!シルヴィーと呼んで下さい!い、いいですね!?」
「うん、分かっただよ」
…自分でも何を言っているのかワケわからないが、熱った顔を冷やす為の時間を稼がなくては…とシルヴィーはそっぽを向きつつ、深呼吸をした。
「(この胸の高鳴りは褒められる事に慣れてないからでこの方にときめいているのではなくちょっとびっくりしただけなのですそうですそうに決まっているそもそも私にはフェルナンド様という許嫁がいるわけで)」
シルヴィーはまるで念仏のようにブツブツと自分に言い聞かせた。
「(──嗚呼、でも…)」
胸に手を添えると、胸の奥に仄かなぬくもりを感じた。
「謝れて、良かった…」
シルヴィーの胸の重さと痛みは悪口ばかり言っていた、罪悪感からだったようだ。