第二話 未体験の知識

シルヴィーは放心したままサルゴンの家…農国の城の一室に案内された。

──青年の正体を知ったパニックで道中流してしまったが、この城はかなり汚れている。屑等が落ちているわけではない。土や泥だらけなのだ。

五つの国の王城は全て同じ作りをしている。外観、構造、内部の配置まで共通だ。
言い伝えによると大昔に王制が敷かれた際、女神が城を五つ複製した…という。それが事実かは定かではないが、実際に五つの王城はまるで写し鏡のように同一なので言い伝えの真偽はどうでもいいだろう。
五つの国の中でも知城は建造当初から手を加えられず、いわば"原型"である。
長い廊下に高い双塔。大きな門に広い中庭。そして白い城壁。
五つの城、そこは"共通"のはずなのだが、農城は──緑である。
何が緑かと言うと、そのままの意味。外観だ。農城は巨木に覆い被さられ、更に蔦や複数の植物が城壁に絡まり下地が見えなくなってしまっている。
本には全ての王城が同一としか書かれていなかったので、農国に来たことないシルヴィーは城自体が巨大な樹木のように見え、圧倒されてしまった。

城の門を潜ると、更に目を疑った。
何故か家畜が歩いていたのだ。

──細かい説明は省くが、城には複数の門が存在する。
居館門(城内部への扉~中庭を囲っている壁の門)
主城門(居館門を囲む壁の門)
防壁門(主城門を囲む壁の門。崩壊して使い物にならないらしいが武城にのみ存在している)
通常は居館門と主城門が存在し、その二つの間に兵士や下級使用人の居住館や厩舎、穀物庫等が建っている。知城にも馬の餌や備蓄用の小さな菜園、馬場が存在しているので、動物が歩いていても驚きはしない。ようするに居館門と主城門の間の空間はいわば"城の外"といっても差支えはないのだ。
しかし、農城にはそもそも主城門が存在せず、居館門の扉も空きっぱなしで、内部…中庭に家畜が闊歩しているのである。
分かりやすい言葉にすると、敷地を囲う塀や柵が無く、誰でも庭に入り放題。更に居住スペースに動物がうろついている…のだ。

中庭内には牛や豚、羊に山羊…馬やロバやガチョウもチラホラと見える。柵で人が歩く場所とは区切られているが、まるで屋根のない家畜舎である。
世話をしていると思われる者も明らかに城の使用人ではなく一般民の姿をしている。

シルヴィーは城に入る前から、自分の思い描く王城の知識崩壊を感じた。

光輝くシャンデリア。大理石の床は歩く音さえ美しく響く。絶妙な間隔で置かれた調度品。どこからか、ふわりと花の香りがして、窓から花々が咲き乱れている風景が見える──そんな城内部の光景を想像していた。
しかし、現実は、
長年使われた痕跡がない埃の被ったシャンデリア。床は、大理石のようだが砂やら泥やらが全面に付いている。絶妙な間隔で置かれている物はなく、そこには窓とドアだけが並ぶ。窓からの風景は、広大な畑。香るのは土と肥料の臭い。

「(私、なんでこんな場所にいるんだろう…)」
シルヴィーは案内された一室から畑を見つめ、溜め息を吐いた。
何事も無ければ、清潔で想像した通りの知城へ行けていたのに、同じ王城でも農城のような場所には来たく無かった。
──いや、次期王位継承者として他国王子の許嫁を城で保護するのは義務だし、仮に放っておく選択をしたら国際問題だ。それに──

シルヴィーはチクリとした胸の痛みと共に、吐いた溜息と本音を訂正しようと首を振った。と、同時に背後のドアがノックされ開いた。
「着替えは終わりました?…ああ、良かった。その服、よく似合ってるわ」
シルヴィーが振り返ると部屋に案内してくれた上、服を貸してくれた女性…王子サルゴンの母なのだから王妃なのだろう…スイセンが笑いかけていた。
「ごめんなさいね、シルヴィーさんの服の代わりがそれしかなくて…」
「…いえ」
スイセンが『汚れた服の代わり』だと渡してくれたのは、Tシャツと作業着…しかも、子供用のピンクだ。
確かに自分は小柄だが、子供用はないだろうと異議を言おうとした。しかし、有無を言う前にスイセンは王に知らせてくると退室してしまったので仕方なく受け取った子供サイズの作業着に着替えたのであった。

スイセンはシルヴィーに近付くと、手にしていたハンカチで頬の汚れを拭ってくれた。
「…この国に来て、驚いたでしょう?」
「え…いえ……その」
「ふふ…大丈夫。初めての方は皆さんそうだから」
「……」
シルヴィーは気まずくて俯いてしまった。
──この国に来てから先程までずっと、知国と比較し、農国を批判していたのだ。それに…王子にも不敬な態度をしてしまった。

「この国に身分なんて気にする人はいないわ」

シルヴィーがハッとして目線を上げると、スイセンとバッチリ目が合ってしまった。
深緑の瞳が優しく輝き、まるでシルヴィーの胸の内を理解したように言葉を続ける。

「ここまでの道で、皆さんサルゴンの事を『王子』って呼ばなかったでしょう?」
「え……」
「誰も偉くはないし、特別でもない…農の民は皆、家族みたいなものなのです。だから困っていたら助ける、それがこの国の当たり前」
スイセンは汚れを拭ったハンカチをしまいつつ、シルヴィーの瞳を見つめた。
「だから、シルヴィーさんもここにいる間は身分や家柄は忘れて、素直に過ごして大丈夫なのですよ」

スイセンはシルヴィーの髪にふわりと触れ、撫でた。
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