第一話 始まりの一織り
──布姫は揺れる馬に振り落とされないように、必死だった。
その体勢は意図せずザードの胸に顔を埋める形となってしまっている。
「(こ…こんなに男の人と密着するの……初めて)」
自分でも驚くぐらい、今の状況からすると不謹慎な思考が過ぎる。
体中の体温が上がる気がした。
「(……私は、こんな時に一体何を考えて……嗚呼、どうしよう…夢なら醒めて…!!)」
布姫はギュッと瞳を瞑った。
──ほどなくして、馬はその歩みを止めた。布姫は乗せられた時同様にザードに掴まれ、地に足を付ける。
その場所はなんとなく遠くから見た故郷の国の城と似ていた。
しかし、
別世界──
布姫の瞳に移った光景を一言で表すと、その言葉そのものだった。
あちこちが崩れた城壁。いたる場所に配置された屈強で大きな兵士達。石畳には剣や槍が刺さっていたり、転がっている。そして、城の天辺には武の国ホドの王国である証、矛と盾の上に神獣の描かれた旗が風に遊ばれていた。
「ザード」
布姫がきょろきょろと辺りを見回しているうちに、目の前に一人の男が立っていた。
くすんだ金茶の髪。服装は分厚い毛皮を羽織り、簡素な鎧を着けている。表情から感情は読めないが、その瞳は如何なるモノも寄せ付けぬ『獅子』そのものだった。
「んだよ」
「……コクマーで何かしたらしいな」
「てめぇには関係ねぇ」
「…お前の行動には口は出さん。だが、」
ザードを見ていた男は突然布姫に向き直り、
「彼女だけは自由にしてやれ」
と男は軽く溜め息を混じりに言った。ザードの眉間に皺が寄るのも怯まず、続ける。
「お前が彼女をどうしたいのか、それに私は関与しない。だが、完全に怯えている者を放ってはおけない……無理矢理連れてきたのか」
「てめぇには関係ねぇって言ってるだろう!」
ザードの怒声に布姫は体を跳ねさせ、身を小さくして目に涙を溜めた。
男は微動だにせず、再び溜め息を吐く。
「……ヒイラギにはこちらから言っておく。あと、分かっているとは思うが、ナルセスとフェルナンドにはバレないようにしろ…お互い、奴らに説教されるのは厄介だからな」
舌打ちをしたザードを一瞥し、男は布姫に手を差しのべ、
「私は武の国ホド 国王レオ。君を、歓迎する。──すまない、息子が迷惑をかける」
そう、続けた。
城の中は武の国にふさわしく、いたる場所に武器や防具が飾られていた。
──否、これは放置と言った方が正しいかもしれない。見た限り、整理された気配がまっったく感じられないのだ…
「(さっきから男性の方しか見かけない…)」
城兵士達の視線を感じながら、布姫はザードの後を付いて廊下を歩いた。
割れた窓に剥がれた壁、床には勿論そんな諸々の破片が落ちている。窓ガラスの破片を踏む度にジャリジャリと音が鳴り、ここで転んだら危険過ぎると内心震えてしまう。
「きょろきょろするな。兵の奴らに何されても知らねぇぞ」
「え?」
「この城には女がいねぇからな」
──と、言っているうちにある扉の前で止まるとザードはベルトに付いた鍵を外して、扉を開けた。
「入りな」
「──ぁ」
部屋は鍵がかけられていたわりには埃もなく、綺麗に片付けられていた。簡素なベッドと小さな机、そして窓に…
「窓に……剣?」
布姫は窓に立掛けられた細身の短剣に首を傾げた。微かにヒビの入ったそれには武の国の紋章が──
「それに触るな!」
「きゃっ!」
剣に触ろうとした布姫は乱暴に肩を引かれ、床に倒された。ザードは剣を回収しつつ、布姫を睨みつける。
「これは──てめぇが触っていい代物じゃねぇんだ………この部屋でおとなしくしてろ」
そう吐き捨てるように言うと、ザードは部屋を後にした。
部屋は静寂に包まれた。
布姫は起き上がると、体の震えが蘇った。
「か…えり…」
──今日、何度目になるのだろう…
「か…えりたい…」
瞳から大粒の涙が溢れた。
拘束されていないのだから、走れば逃げられる──そう思った。
しかし、布姫は住んでいた塔の周辺やリンスロットと一緒に内緒で数回遊びに行ったキルティー領の街しか知らない。故に土地勘のない武国では身動きは出来なかった。
更に入口から城内のいたる場所に配備された兵士達の目を掻い潜るのは不可能だ。
部屋に1人にはなったが、廊下には窓ガラスの破片が散らばり踏むと音が長い廊下に響いてしまう。かといって、窓から抜け出そうにも高さがある。
──布姫は長年塔に軟禁されていた。だから今までと今の状況は変わらない。のに……
「帰りたいよ…怖い…よ」
布姫の涙は止まらず、床を濡らし続けた。
その体勢は意図せずザードの胸に顔を埋める形となってしまっている。
「(こ…こんなに男の人と密着するの……初めて)」
自分でも驚くぐらい、今の状況からすると不謹慎な思考が過ぎる。
体中の体温が上がる気がした。
「(……私は、こんな時に一体何を考えて……嗚呼、どうしよう…夢なら醒めて…!!)」
布姫はギュッと瞳を瞑った。
──ほどなくして、馬はその歩みを止めた。布姫は乗せられた時同様にザードに掴まれ、地に足を付ける。
その場所はなんとなく遠くから見た故郷の国の城と似ていた。
しかし、
別世界──
布姫の瞳に移った光景を一言で表すと、その言葉そのものだった。
あちこちが崩れた城壁。いたる場所に配置された屈強で大きな兵士達。石畳には剣や槍が刺さっていたり、転がっている。そして、城の天辺には武の国ホドの王国である証、矛と盾の上に神獣の描かれた旗が風に遊ばれていた。
「ザード」
布姫がきょろきょろと辺りを見回しているうちに、目の前に一人の男が立っていた。
くすんだ金茶の髪。服装は分厚い毛皮を羽織り、簡素な鎧を着けている。表情から感情は読めないが、その瞳は如何なるモノも寄せ付けぬ『獅子』そのものだった。
「んだよ」
「……コクマーで何かしたらしいな」
「てめぇには関係ねぇ」
「…お前の行動には口は出さん。だが、」
ザードを見ていた男は突然布姫に向き直り、
「彼女だけは自由にしてやれ」
と男は軽く溜め息を混じりに言った。ザードの眉間に皺が寄るのも怯まず、続ける。
「お前が彼女をどうしたいのか、それに私は関与しない。だが、完全に怯えている者を放ってはおけない……無理矢理連れてきたのか」
「てめぇには関係ねぇって言ってるだろう!」
ザードの怒声に布姫は体を跳ねさせ、身を小さくして目に涙を溜めた。
男は微動だにせず、再び溜め息を吐く。
「……ヒイラギにはこちらから言っておく。あと、分かっているとは思うが、ナルセスとフェルナンドにはバレないようにしろ…お互い、奴らに説教されるのは厄介だからな」
舌打ちをしたザードを一瞥し、男は布姫に手を差しのべ、
「私は武の国ホド 国王レオ。君を、歓迎する。──すまない、息子が迷惑をかける」
そう、続けた。
城の中は武の国にふさわしく、いたる場所に武器や防具が飾られていた。
──否、これは放置と言った方が正しいかもしれない。見た限り、整理された気配がまっったく感じられないのだ…
「(さっきから男性の方しか見かけない…)」
城兵士達の視線を感じながら、布姫はザードの後を付いて廊下を歩いた。
割れた窓に剥がれた壁、床には勿論そんな諸々の破片が落ちている。窓ガラスの破片を踏む度にジャリジャリと音が鳴り、ここで転んだら危険過ぎると内心震えてしまう。
「きょろきょろするな。兵の奴らに何されても知らねぇぞ」
「え?」
「この城には女がいねぇからな」
──と、言っているうちにある扉の前で止まるとザードはベルトに付いた鍵を外して、扉を開けた。
「入りな」
「──ぁ」
部屋は鍵がかけられていたわりには埃もなく、綺麗に片付けられていた。簡素なベッドと小さな机、そして窓に…
「窓に……剣?」
布姫は窓に立掛けられた細身の短剣に首を傾げた。微かにヒビの入ったそれには武の国の紋章が──
「それに触るな!」
「きゃっ!」
剣に触ろうとした布姫は乱暴に肩を引かれ、床に倒された。ザードは剣を回収しつつ、布姫を睨みつける。
「これは──てめぇが触っていい代物じゃねぇんだ………この部屋でおとなしくしてろ」
そう吐き捨てるように言うと、ザードは部屋を後にした。
部屋は静寂に包まれた。
布姫は起き上がると、体の震えが蘇った。
「か…えり…」
──今日、何度目になるのだろう…
「か…えりたい…」
瞳から大粒の涙が溢れた。
拘束されていないのだから、走れば逃げられる──そう思った。
しかし、布姫は住んでいた塔の周辺やリンスロットと一緒に内緒で数回遊びに行ったキルティー領の街しか知らない。故に土地勘のない武国では身動きは出来なかった。
更に入口から城内のいたる場所に配備された兵士達の目を掻い潜るのは不可能だ。
部屋に1人にはなったが、廊下には窓ガラスの破片が散らばり踏むと音が長い廊下に響いてしまう。かといって、窓から抜け出そうにも高さがある。
──布姫は長年塔に軟禁されていた。だから今までと今の状況は変わらない。のに……
「帰りたいよ…怖い…よ」
布姫の涙は止まらず、床を濡らし続けた。