第二話 未体験の知識

「おぉい、うちとりー!」
「ああ、デューン。馬行ったけ?」
「ふぅー…やっぱ君が寄越したのか!まぁね、うん、助かりましたがね?でもねぇ!」

「…はぁっ…」
歩き始めて約一時間。シルヴィー達はやっと人の姿が見える場所までやって来た。
…見渡す限りの畑畑畑…様々な野菜が植えられ、まさに五つ国の食物庫にふさわしい光景だ。畑にはチラホラと作業する者が見え、土を均している牛や荷物を運ぶヤギ、地面を突いている鶏もいる。とても長閑だ。
しかしそんな雄大な風景も霞むくらい、長い距離を歩いた事のない足はガクガクと震え、その場に座りたくなってしまっていた。
「(やっぱり降ろしてもらわなければ良かった…かも)」
数十分前、青年に抱き上げられそのまま運ばれそうになったが、バタバタともがき腕から逃れたのをシルヴィーは少々後悔した。

そんな青年も、何やら他の住人と話し始めている。早く道案内を再開してほしい所だが、相手の表情からして重要な話をしているらしく口を挟み難い。
シルヴィーは大人しくその場で待機する事にした。


「お、もんこいあまっこだへ~どっがらきぃ?」
「ほんどもんこいっぺ~」
「…へ?」
その時、シルヴィーの後ろから数人のお年寄りが歩いてきた。服装は農業着に麦わら帽子…一般的農国スタイルだ。
ニコニコとこちらに話しかけているらしいが、訛りが酷く言葉の意味が分からない。
「あ、あの…」
「ほだほだ、ばらっぱ餅くうげ?」
「え、ええと…」
後退りしつつ、首を振る。

シルヴィーは幼少期から知国王妃に相応しい知識を身に着ける為、勉学を欠かさなかった。特に言語については、相手との交渉や外交等を有利に進められるように五つ国だけでなく世界中のものを本で習得してきた。
だから、言語の聞き分けやコミュニケーションには自信があったのだが…
「(どうしよう…このお婆さん達がなに言ってるかさっぱり分からない)」
「?どしたげ」
お婆さん達の言葉は所謂農国独自の訛りだ。
発音やイントネーションが一般的に使われている言語とは異なる上、家ごとに使っている訛りが違う為、五つ国中で一番言葉が多彩と言っても良いだろう。
とはいえ、シルヴィーもそこはキチンと把握し細かい発音やイントネーションの違いも本で学んだ。…のだが、実際にリスニングするとさっぱり理解が出来ない。一般的に聞き慣れない言語とは早口に聞こえてしまう為、その点でも脳内処理が追い付かずしどろもどろとしてしまう。

なんたる屈辱だろう。とシルヴィーは俯いた。
"無知は恥である"
幼少時代から両親や周りからそう言われ続けていた。
知らなければ嗤われ罵られ、否定される。知国王の妃に相応しくないと呆れられる。
「(私はキチンと学んだ!私は知っているはずなのに、分からないはずないのに、なのに…)」
シルヴィーの思考は絡まり、高熱のように頭が熱くなってきた。頭痛もする。眩暈も感じる。足元を映す視界がぐにゃりと歪んだ──その時、

「ごめんな、この子、ちょっと歩き過ぎて疲れてっぺよ」
「!!」
シルヴィーは後ろからポンと肩に手をかけられ、体を支えられた。
「今っからオラんち連れってくとこ。な?」
「……」
見上げると、農民青年が穏やかに笑っていた。
…何とも気の抜ける、のんびりとした声と笑顔だろう。しかし、不思議と安心してしまう。
シルヴィーは深く息を吐きゆっくりと頷くと、青年に手を優しく握られた。
「へぁ」
「行くっぺ。あ、ばぁちゃん達も後でうちさ来ぃ。昨日採れた芋さ皆で食べるでな」
青年はニッコリ微笑むと、シルヴィーの手を引き再び歩き始めた。
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