第二話 未体験の知識
城へ出発するまで、まだ時間がある。シルヴィーは一息溜息を洩らしつつ、馬車の中で膝に乗せた本を撫でた。彼女の体からすれば大きすぎる上に厚すぎるのだが、それも気にせず毎日肌身離さず持ち歩いている。
ゆっくりと本を捲ると、部屋にいた時同様に字を追い始めた。
『五つ国百科』
本の題名にはそう書かれていた。
この百科辞典には国一つ一つの事が詳しく書かれ、一冊読めば五つ国の詳しい事が分かる仕組みとなっている。ヴィーナス領発行の本でも代表的な一冊だ。
シルヴィーは幼い頃からこれを熟読し、すでに暗唱まで出来る。
世界はこの本に書いてあることが全てだ。
大陸と五つの国の成り立ちや規則、各国独自の法、言葉や風土。
御伽噺のような話も書かれている。
かつて工国コクマーが領土拡大を目論み、隣国武国ホドと結託し争いを起こしたが、女神の怒りに触れ逆に両国共に領土を縮小させられたという教訓話。
数代前の創国ティファレト王の好色が災いし、多くの子が産まれ、王位継承権を巡り泥沼の殺し合いが起きたという怖い話。
農国イエソドの子供が一つの苗を植えたら大きくなりすぎて一時国の半分を飲み込みかけ、今でもその一部は城に残っているという噂話。
知国ケフラーの賢人がとある貴族の娘に恋をし、提示された数多の難題を明晰な頭脳で突破した後に無事貴族の娘と結ばれたという恋物語。
これ嘘なのか本当なのかは分からない。子供に読み聞かせる為に作り話を掲載したのかもしれない。しかし、実際は物語のように甘く優しく都合の良い事は起こらないのだ。
少なくとも、賢人の恋話のような事は起こるはずがない。
「(恋なんて、そんなのは本の中だけの夢物語に決まっている…)」
シルヴィーは百科辞典のページを繰りながら、言い聞かせるように首を振った。
地位や権威、宝石や装飾にしか興味がない両親だって、お互いに恋をして結婚したわけではないだろう。婚姻とは家と家との繋がりを作る為の契約。そこに甘ったるい感情など存在しないのだ。
──自分の使命はヴィーナス領、そして国の為に身を捧げる事…
馬車の小さな窓から空を見上げる。青く広く澄み渡った空を鳥が自由に飛び、風がそよぎ、花の香りを運んできている。
しかし馬車の中からでは、それを肌で感じる事は出来ない。
「…飼われた鳥は死ぬまでこのまま──」
その刹那──馬車が大きく揺れた。
「きゃあっ!!」
シルヴィーは大きく揺れた反動で底床に手をついてしまった。しかし揺れはその一度だけで収まらず、ずっと続いている。
──勝手に馬が走ってる…馬の異常な鳴き声でその事態に気付いた。
「(何らかの原因で馬が暴走してしまったんだわ!)」
シルヴィーは冷静に分析をするが、馬車の中は揺れが激しく立つことさえ叶わない。しかもよりにもよって、車体と馬を繋ぐ繋駕装置が頑丈で切り離しが出来ていない。
この馬車は知国ケフラーの王城から出されている特別な物──その"王族も使用している特別頑丈な構造"というのが仇となってしまったようだ。
石畳を走る音が変わり揺れが強まった。どうやら舗装された道を抜け、畦道に入ったようである。
「(このままではどこかに叩き付けられて大破されてしまう…!何か打開策を考えないと…!)」
頭では分かってても、今のシルヴィーは床にしがみつくので精一杯だ。自身の無力さが腹立たしい。
物語の中ならば、こんな時
「──誰か」
王子様が
「助けてっー!!」
助けてくれるのに…
しかし、馬車は走り続けた──
ゆっくりと本を捲ると、部屋にいた時同様に字を追い始めた。
『五つ国百科』
本の題名にはそう書かれていた。
この百科辞典には国一つ一つの事が詳しく書かれ、一冊読めば五つ国の詳しい事が分かる仕組みとなっている。ヴィーナス領発行の本でも代表的な一冊だ。
シルヴィーは幼い頃からこれを熟読し、すでに暗唱まで出来る。
世界はこの本に書いてあることが全てだ。
大陸と五つの国の成り立ちや規則、各国独自の法、言葉や風土。
御伽噺のような話も書かれている。
かつて工国コクマーが領土拡大を目論み、隣国武国ホドと結託し争いを起こしたが、女神の怒りに触れ逆に両国共に領土を縮小させられたという教訓話。
数代前の創国ティファレト王の好色が災いし、多くの子が産まれ、王位継承権を巡り泥沼の殺し合いが起きたという怖い話。
農国イエソドの子供が一つの苗を植えたら大きくなりすぎて一時国の半分を飲み込みかけ、今でもその一部は城に残っているという噂話。
知国ケフラーの賢人がとある貴族の娘に恋をし、提示された数多の難題を明晰な頭脳で突破した後に無事貴族の娘と結ばれたという恋物語。
これ嘘なのか本当なのかは分からない。子供に読み聞かせる為に作り話を掲載したのかもしれない。しかし、実際は物語のように甘く優しく都合の良い事は起こらないのだ。
少なくとも、賢人の恋話のような事は起こるはずがない。
「(恋なんて、そんなのは本の中だけの夢物語に決まっている…)」
シルヴィーは百科辞典のページを繰りながら、言い聞かせるように首を振った。
地位や権威、宝石や装飾にしか興味がない両親だって、お互いに恋をして結婚したわけではないだろう。婚姻とは家と家との繋がりを作る為の契約。そこに甘ったるい感情など存在しないのだ。
──自分の使命はヴィーナス領、そして国の為に身を捧げる事…
馬車の小さな窓から空を見上げる。青く広く澄み渡った空を鳥が自由に飛び、風がそよぎ、花の香りを運んできている。
しかし馬車の中からでは、それを肌で感じる事は出来ない。
「…飼われた鳥は死ぬまでこのまま──」
その刹那──馬車が大きく揺れた。
「きゃあっ!!」
シルヴィーは大きく揺れた反動で底床に手をついてしまった。しかし揺れはその一度だけで収まらず、ずっと続いている。
──勝手に馬が走ってる…馬の異常な鳴き声でその事態に気付いた。
「(何らかの原因で馬が暴走してしまったんだわ!)」
シルヴィーは冷静に分析をするが、馬車の中は揺れが激しく立つことさえ叶わない。しかもよりにもよって、車体と馬を繋ぐ繋駕装置が頑丈で切り離しが出来ていない。
この馬車は知国ケフラーの王城から出されている特別な物──その"王族も使用している特別頑丈な構造"というのが仇となってしまったようだ。
石畳を走る音が変わり揺れが強まった。どうやら舗装された道を抜け、畦道に入ったようである。
「(このままではどこかに叩き付けられて大破されてしまう…!何か打開策を考えないと…!)」
頭では分かってても、今のシルヴィーは床にしがみつくので精一杯だ。自身の無力さが腹立たしい。
物語の中ならば、こんな時
「──誰か」
王子様が
「助けてっー!!」
助けてくれるのに…
しかし、馬車は走り続けた──