第二話 未体験の知識
城で一騒動あった頃、とある知国領土の大きな屋敷に馬車がついていた。
『百科の領土ヴィーナス』
この地はそう呼ばれていた。
ヴィーナス領は、五つ国全ての言葉と事柄をまとめた辞書を製作発行している、知国の中でも随一と言っても良い知識深い領土だ。
馬車が止まっているのは、その領土を治める領主の邸宅である。
「準備は出来ましたの、シルヴィー!?」
邸宅に響くのは、領主夫人と思われる女性の声。夫人はツカツカと階段を昇ると、返事のない部屋のドアをノックもせずに開け放った。
「早くしないと約束の時間に遅れてしまいますわ!シルヴィー!」
「……分かってますぅ」
夫人の目に映ったのは、本を読む少女──『シルヴィー』と呼ばれた彼女は二つ返事で夫人に応えた。
「でしたら本を置きなさい。今日はフェルナンド様との挙式の詳細を決める、大事な日なのですからね」
「………分かってます…」
フェルナンドの許嫁──シルヴィーはやっと瞳を本から離した。
ヴィーナス領主の娘、シルヴィーは知の国にふさわしく理知的な姿をしている。
明るい金の髪をきっちり後ろでまとめ上げ、服装も浅い赤で統一されているため清潔感を感じさせ、藍色の瞳はくりっと大きく美人と言うより可愛い。
だがしかし…──背も小さく顔立ちも幼く、どこからどう見ても年端も行かぬ少女にしか見えない。
「お母様、そんなに急がなくても時間はまだあります。訪問の場合は約束の時間より五分前に到着が礼儀。今からでは早すぎます」
外見の幼さとは裏腹に、シルヴィーはスラスラと母に言葉を並べた。
このシルヴィー、子供っぽい姿をしているが年齢は19歳。さらに頭には莫大な本の数から得た知識が記憶されている…いわゆる天才という部類だ。
"外見で人を判断してはいけません"
その言葉が彼女の座右の銘の一つでもある。
「シルヴィーは……まあ発展途上だが、王子の妻になればこちらの物だ」
屋敷の外に出ると、領主…シルヴィーの父が執事と談笑していた。
領主はシルヴィーと夫人に気付くとニコニコと微笑みながら近付いてきた。
「シルヴィー、リボンが曲がっているぞ?髪も…」
「馬車の中で直します」
「よろしい。いいか、くれぐれもフェルナンド様の機嫌を害うな?お前の使命は、フェルナンド様の妻になること。そして…」
「次の王子を生む事。分かってます。その為に今日は城に行くのです」
「よろしい」
領主はスパスパと答える娘に笑顔で頷いた。
"知国ケフラーの王族はヴィーナス領主に貸しがある"
シルヴィーのみならず、この話は領内で常識となっていた。
詳しい貸しの内容等は分からないが、今の王から一つ前…前王はヴィーナス領主に何らかの貸しをし、そして次に生まれる女子を王妃すると約束したそうだ。
そして約束した後に生まれた最初の女子が、シルヴィーである。
「これで、ヴィーナス領も安泰ですわね」
「あわよくば政治にも関われる…ふふ」
「………」
シルヴィーがフェルナンドと結婚することは生まれた瞬間から決まっていた。
決して、フェルナンドに不満があるわけではない。今まで何度も会って話した事もあり、その知識の豊富さや静かで冷静な性格、人を外見で決めつけないという聡明さがとても好ましいと感じている。
ただ、一つだけ──
「(自分が家の…領の道具に使われる事が不満)」
ニコニコと笑う両親だが、シルヴィーには欲望に貪欲な腹の中がよく見えた。
"王妃の親ならば、豪華な宝石も服も家も思いのまま"
"国を裏から操作も出来る。上手くやれば今の王を退位させ、自分が王になることも可能"
「(我が両親とはいえ、なんて欲望深い人達なんだろう…)」
シルヴィーは静かに眉を顰めた。
確かに人間誰でも目の前に美味しそうな料理があれば、我慢が出来ずに舌舐めずりして涎も出てしまうだろう。それが好物だったり、念願の品だったら猶更だ。
今両親の、否、ヴィーナス領の鼻先には"それ"が並べられている。後は"召し上がれ"という号令だけを待っている状態なのだ。
並べられているのは花嫁姿の自分自身───シルヴィーは少し寂しそうな瞳をして馬車に乗り込んだ。
『百科の領土ヴィーナス』
この地はそう呼ばれていた。
ヴィーナス領は、五つ国全ての言葉と事柄をまとめた辞書を製作発行している、知国の中でも随一と言っても良い知識深い領土だ。
馬車が止まっているのは、その領土を治める領主の邸宅である。
「準備は出来ましたの、シルヴィー!?」
邸宅に響くのは、領主夫人と思われる女性の声。夫人はツカツカと階段を昇ると、返事のない部屋のドアをノックもせずに開け放った。
「早くしないと約束の時間に遅れてしまいますわ!シルヴィー!」
「……分かってますぅ」
夫人の目に映ったのは、本を読む少女──『シルヴィー』と呼ばれた彼女は二つ返事で夫人に応えた。
「でしたら本を置きなさい。今日はフェルナンド様との挙式の詳細を決める、大事な日なのですからね」
「………分かってます…」
フェルナンドの許嫁──シルヴィーはやっと瞳を本から離した。
ヴィーナス領主の娘、シルヴィーは知の国にふさわしく理知的な姿をしている。
明るい金の髪をきっちり後ろでまとめ上げ、服装も浅い赤で統一されているため清潔感を感じさせ、藍色の瞳はくりっと大きく美人と言うより可愛い。
だがしかし…──背も小さく顔立ちも幼く、どこからどう見ても年端も行かぬ少女にしか見えない。
「お母様、そんなに急がなくても時間はまだあります。訪問の場合は約束の時間より五分前に到着が礼儀。今からでは早すぎます」
外見の幼さとは裏腹に、シルヴィーはスラスラと母に言葉を並べた。
このシルヴィー、子供っぽい姿をしているが年齢は19歳。さらに頭には莫大な本の数から得た知識が記憶されている…いわゆる天才という部類だ。
"外見で人を判断してはいけません"
その言葉が彼女の座右の銘の一つでもある。
「シルヴィーは……まあ発展途上だが、王子の妻になればこちらの物だ」
屋敷の外に出ると、領主…シルヴィーの父が執事と談笑していた。
領主はシルヴィーと夫人に気付くとニコニコと微笑みながら近付いてきた。
「シルヴィー、リボンが曲がっているぞ?髪も…」
「馬車の中で直します」
「よろしい。いいか、くれぐれもフェルナンド様の機嫌を害うな?お前の使命は、フェルナンド様の妻になること。そして…」
「次の王子を生む事。分かってます。その為に今日は城に行くのです」
「よろしい」
領主はスパスパと答える娘に笑顔で頷いた。
"知国ケフラーの王族はヴィーナス領主に貸しがある"
シルヴィーのみならず、この話は領内で常識となっていた。
詳しい貸しの内容等は分からないが、今の王から一つ前…前王はヴィーナス領主に何らかの貸しをし、そして次に生まれる女子を王妃すると約束したそうだ。
そして約束した後に生まれた最初の女子が、シルヴィーである。
「これで、ヴィーナス領も安泰ですわね」
「あわよくば政治にも関われる…ふふ」
「………」
シルヴィーがフェルナンドと結婚することは生まれた瞬間から決まっていた。
決して、フェルナンドに不満があるわけではない。今まで何度も会って話した事もあり、その知識の豊富さや静かで冷静な性格、人を外見で決めつけないという聡明さがとても好ましいと感じている。
ただ、一つだけ──
「(自分が家の…領の道具に使われる事が不満)」
ニコニコと笑う両親だが、シルヴィーには欲望に貪欲な腹の中がよく見えた。
"王妃の親ならば、豪華な宝石も服も家も思いのまま"
"国を裏から操作も出来る。上手くやれば今の王を退位させ、自分が王になることも可能"
「(我が両親とはいえ、なんて欲望深い人達なんだろう…)」
シルヴィーは静かに眉を顰めた。
確かに人間誰でも目の前に美味しそうな料理があれば、我慢が出来ずに舌舐めずりして涎も出てしまうだろう。それが好物だったり、念願の品だったら猶更だ。
今両親の、否、ヴィーナス領の鼻先には"それ"が並べられている。後は"召し上がれ"という号令だけを待っている状態なのだ。
並べられているのは花嫁姿の自分自身───シルヴィーは少し寂しそうな瞳をして馬車に乗り込んだ。