第一話 始まりの一織り
──あれから数日が過ぎた。
いつも通り塔で織り機を繰る布姫は、あの日の出来事は夢だったのではないかと思い始めていた。
──そんな黄金に輝く血まみれの剣士。恐ろしげながらも気高ささえ感じとれた、不思議な感覚…あれは、
布姫は首を振って、その考えを払った。
…この塔にいる限り、二度と会うことはないだろう。
そう、『二度と』───
それが当然なのにも関わらず、布姫の胸はチクリと痛んだ。この身、運命さえ自分のモノではないのだ。剣士の事は、夢だった。
束の間が見せた、ただの夢。
「──?」
ふと、窓から小さく見える街に目が止まった。
●●●
キルティー領の境界を見回る兵士は暖かい日和に欠伸をした。
すぐ近くには国境がある。その隣国が五つ国中最も危険な武の国ホドだとしても、この十数年キルティー領には大きな騒ぎはない。
他の国境領は色々と武国絡みの戦だの反乱だのに巻き込まれてしまっていたらしいが…ここは平和なものだ。
今日も、いつも通り何も起こらずに終わるのだろう。
兵士は二度目の欠伸をした。
──その刹那、馬の蹄の音が聞こえてきた。商人が繰る馬車ではなく、駆ける音だ。
「なん……えええぇ!?」
首を傾げる暇もなく、その音の主は目の前まで迫っていた。
「ひぇえええ!!」
馬は、尻餅をついた兵士の上を風のように跳び越え、そのまま町まで走り去って行った──
その姿は漆黒。まさに地獄の遣いのようだった。
キルティー領の町の中心で、馬に騎乗していた男は地に足を付き、辺りを鋭く見回した。
のどかな日和にも関わらず背中に大きな剣を差し、武装している。
──その異様な雰囲気に人々は足を止めた。
「そこの男!止まれ!!何用でこのキルティー領まで来た!?」
「……うるせぇな」
先程の兵士が知らせたのか、領主が中央広場に駆け付け、男に歩み寄り叫んだ。
「ここは貴様のような野蛮な奴が足を踏みいれて良い場所ではない!立ち去…」
──領主の視線は男の剣に彫られた紋章に釘付けになった。
剣と盾がクロスされた上に守護の証である神獣が描かれた独特の紋様……
「そ、れは…!」
言葉を発するだけで血の気が引き、喉の奥が渇いて詰まる。
「武の国、ホド王家の紋章…!」
太陽光に反射しした金茶の髪が黄金に光り、風が揺らす。
男はニヤリと笑った。
『王家』の言葉に周りの人々は息を飲んだ。
「ホドの王子、ザード様!?」
民衆の一人が叫ぶのと、領主が地面に頭を擦りつけるのはほぼ同時であった。
「武の国次期王、荒ぶる龍のザード様がこのような田舎領に何か御用でしょうか…!?」
声は裏返り、語尾も震えてしまう。
それも当然である。
王子はこの大陸に於いて王に次いで尊いもの──
更に武の国といえば、五国一の武力を持つ国だ。機嫌を損ねれば、国の違いなどねじ伏せて領は滅ぼされる。
領主は目の前の男、ザードの顔さえ見れない位に恐怖を覚えていた。
「……女を出せ」
「は…?」
領主の頭を下げる姿を蔑むように見つめ、ザードは口を開いた。
「この前、兎を連れてきた女だ。ここにいる事は分かってる。出しな」
「い、いや…しかし…」
「……俺は気が長い方じゃねぇ」
ギロリと睨まれた領主の声は再び裏返った。
「う、兎を連れてきた娘をここに早く!」
いつも通り塔で織り機を繰る布姫は、あの日の出来事は夢だったのではないかと思い始めていた。
──そんな黄金に輝く血まみれの剣士。恐ろしげながらも気高ささえ感じとれた、不思議な感覚…あれは、
布姫は首を振って、その考えを払った。
…この塔にいる限り、二度と会うことはないだろう。
そう、『二度と』───
それが当然なのにも関わらず、布姫の胸はチクリと痛んだ。この身、運命さえ自分のモノではないのだ。剣士の事は、夢だった。
束の間が見せた、ただの夢。
「──?」
ふと、窓から小さく見える街に目が止まった。
●●●
キルティー領の境界を見回る兵士は暖かい日和に欠伸をした。
すぐ近くには国境がある。その隣国が五つ国中最も危険な武の国ホドだとしても、この十数年キルティー領には大きな騒ぎはない。
他の国境領は色々と武国絡みの戦だの反乱だのに巻き込まれてしまっていたらしいが…ここは平和なものだ。
今日も、いつも通り何も起こらずに終わるのだろう。
兵士は二度目の欠伸をした。
──その刹那、馬の蹄の音が聞こえてきた。商人が繰る馬車ではなく、駆ける音だ。
「なん……えええぇ!?」
首を傾げる暇もなく、その音の主は目の前まで迫っていた。
「ひぇえええ!!」
馬は、尻餅をついた兵士の上を風のように跳び越え、そのまま町まで走り去って行った──
その姿は漆黒。まさに地獄の遣いのようだった。
キルティー領の町の中心で、馬に騎乗していた男は地に足を付き、辺りを鋭く見回した。
のどかな日和にも関わらず背中に大きな剣を差し、武装している。
──その異様な雰囲気に人々は足を止めた。
「そこの男!止まれ!!何用でこのキルティー領まで来た!?」
「……うるせぇな」
先程の兵士が知らせたのか、領主が中央広場に駆け付け、男に歩み寄り叫んだ。
「ここは貴様のような野蛮な奴が足を踏みいれて良い場所ではない!立ち去…」
──領主の視線は男の剣に彫られた紋章に釘付けになった。
剣と盾がクロスされた上に守護の証である神獣が描かれた独特の紋様……
「そ、れは…!」
言葉を発するだけで血の気が引き、喉の奥が渇いて詰まる。
「武の国、ホド王家の紋章…!」
太陽光に反射しした金茶の髪が黄金に光り、風が揺らす。
男はニヤリと笑った。
『王家』の言葉に周りの人々は息を飲んだ。
「ホドの王子、ザード様!?」
民衆の一人が叫ぶのと、領主が地面に頭を擦りつけるのはほぼ同時であった。
「武の国次期王、荒ぶる龍のザード様がこのような田舎領に何か御用でしょうか…!?」
声は裏返り、語尾も震えてしまう。
それも当然である。
王子はこの大陸に於いて王に次いで尊いもの──
更に武の国といえば、五国一の武力を持つ国だ。機嫌を損ねれば、国の違いなどねじ伏せて領は滅ぼされる。
領主は目の前の男、ザードの顔さえ見れない位に恐怖を覚えていた。
「……女を出せ」
「は…?」
領主の頭を下げる姿を蔑むように見つめ、ザードは口を開いた。
「この前、兎を連れてきた女だ。ここにいる事は分かってる。出しな」
「い、いや…しかし…」
「……俺は気が長い方じゃねぇ」
ギロリと睨まれた領主の声は再び裏返った。
「う、兎を連れてきた娘をここに早く!」