第一話 始まりの一織り
──工の国『コクマー』城内、謁見の間。
「…今日、キルティー領は布を献上しに来ると聞いてたけど…さて、何故兎なんか抱えてるのかな?」
王の代わりに王座に座るコクマーの王子は眉間に皺を寄せた。
目の前にいる娘──リンスロットの腕の中には傷付き瀕死状態の兎が抱えられている。
「はい!王宮に来る途中、傷付いた兎が倒れてまして…見捨てるなんて、そんなかわいそうな事は!」
「あ~、はいはい分かった。分かりました!………ようするに、君…なんだっけ?リンスロットだっけ?君が来る途中に兎が死にそうだったから、献上するはずだった布を使って止血して治療してそのままここにきた、と?」
「はい!さすがですわ、ヒサギ様!」
王子の前に跪いたリンスロットは頬を染めた。
「………そう…君は、優しくて、素晴らしい子だね」
王子はフワリと微笑む。その天使のような笑みは、周りにいた兵士達をも見惚れさせた。
「ぬ、布はありませんが、この兎は差し上げます!お納め下さい!♡」
「ありがとう、今日はもう帰っていいよ。一刻も早く」
〇〇〇
「…あの女はなんだ?」
「この兎やるよ、死にかけだし汚いし消毒臭いし…野生児のお前なら食えるだろ」
「俺はあの女の事を聞いてるんだ!」
城門前でスキップするリンスロットの後ろ姿を見下ろし、コクマーの王子の自室は騒がしくなった。
「その兎はさっき…!」
「っるさいなぁ、鼓膜が破けるじゃないか、この脳筋。そのまま喉潰れてしまえ!」
王子がそう切り返して、睨む相手、光の加減で黄金に見える金茶の髪に獲物を狙うような鋭い錆色の瞳──先程の剣士の男は王子に噛みつく勢いで怒鳴った。
「俺の質問に答えやがれ!ぶん殴られたいか!?」
「ぶん殴られたら喋れねぇし………今来た女?あれはキルティー領の貢ぎ屋。類稀なる織り師らしいけど、ウザイし、執拗いし…なんだよ、惚れたのか?まぁ顔は悪くないけど」
「……右顔に火傷がある女は奴とどんな関係だ?」
「右顔に、火傷…?」
王子が首を傾げる仕草を見て、剣士は顔をしかめた。