第一話 始まりの一織り

一迅の風が吹き抜けると、ヒサギの舌打ち聞こえた。
「…おい、ザード…お前、脳味噌使いもんにならないんじゃねぇか?」
「んだと!?」
「脳が生きてるんなら、よく考えてみろ」
ヒサギはザードに向けて、四本の指を立て示した。人々も自然とそれに注目する。

「いずれ国を束ねる王子の花嫁には四つ条件がある。
まずは
『五国大陸の住民であること』
『16歳以上』
これは基本的な事だ。別の大陸の血が入ったらどうなるか分からないし…16歳以下だと犯罪だ。
次に
『王子と同じ領内に在住であること』
…武の国なら武の国の女と結婚しろってことだ。
最後は
『身分は高く、王に認められた家柄であること』
より優れた血を受け継がせろ…そういうこと」

そこまで一気に言うと、ヒサギは溜め息を吐きながら『布姫』と、群衆の後ろで拘束された領主家族を交互に見やり、呆れたようにザードを睨んだ。
「『布姫』はお前の国の女でもない上に、王にも認められてない平民だ。好き?俺のもんだ?そんな子供みたいな言い分が通用するなら──戯言も大概にしやがれ!この…脳筋ハリネズミっ!」

ヒサギは叫ぶと同時に、小型ボウガンを発射した。しかしザードは冷静に弓の軌道を瞳で捉えた。
一発、軽々と避け。二発、剣で弾き。三発、余裕の掴み取り
「はんっ…!止まって見えるぜ!」
ザードは顔にかかる髪を手で退かしながらニヤリと笑った。しかし、
「それは良かった」
ヒサギも大鍋の横で笑った。ボウガンを撃ちつつ『布姫』の入る牢へ近付いていたのだ。逆にザードは距離をとらされている。まんまと誘導されてしまったようだ。

「お前にはまだ説明してなかったな…これは、縄を切ると牢の床が落ちる仕組みなんだ…落ちる場所は…見れば分かるだろ?」
牢の下にある鍋からはグツグツと湯が煮えるような音が聞こえてくる。煙の量からしても落ちれば、人間なんて一瞬でスープに浮かぶ肉になってしまうだろう。
ザードはその事実に気付くと、目を見開いて一歩踏み出した。しかし、ヒサギはそれを片手を差し出し制止する。
「近付くな!近付いたらすぐにでもこの縄を切る!」
「ちっ…」
ザードはおとなしく剣を下ろし、悔しげに歯を噛み締めた。

「…いつものお前なら、考えなく突っ込んで来るはずだが」
「…『アテナ』を殺したくはないからな」
「『アテナ』、ね」

二人の間に微かな花の香りが流れた。

「大事なのか、この女が」
「大事だ」
「…掟を破ってでも、この女が…好きなのか」
「当たり前の事を聞くな!」
「……」

ヒサギは静かに目を伏せると、浅く呼吸した。
緩やかな風が髪を弄ぶ。空を飛ぶ鳥の声が聴こえてくる。腰に提げたボウガンが無機質に揺れる。

「…俺は、」

ヒサギが薄く瞳を開けると、灰色の光は憂いを帯ていた。

「いつも真っ直ぐなお前が…──大嫌いだ」

ヒサギの静かな呟きが終わると同時に、牢の床が轟音をさせ落ちた──
47/51ページ