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第一話 始まりの一織り

「黙れ!」
静かな囁きが包む空間から一変、ザードの怒鳴り声が響いた。
「てめぇは『アテナ』っつてんだろ!つべこべ言わず黙って待ってろ!馬鹿!」
「ザード様!!」
ザードは身を低くし、ヒサギの脇を狙う。ヒサギも避ける事が出来ないと判断したのか、腰に差していたナイフを取りガードする。しかし力で勝てるはずもなく、ヒサギは後方へと飛ばされてしまった。
民衆からどよめきが起きたが介せずに、ザードは牢を見上げた。
「ふんっ、俺様が本気を出せばこんなもんだ…さ、帰るぞ『アテナ』」

ザードは得意げに笑い、一歩踏み出した──その刹那

「──ちっ!」
閃光の如く、弓矢が金茶の前髪をかすった。ザードは再び鋭い視線を巡らせ、振り返る。
「俺の言ってる事の意味、分かってないだろ…?」
人々の後方、叩き付けられて崩れている屋台のその場所から、

「『布姫』はこちらの所有物なんだよ!」

小型のボウガンを太陽に輝かせ、かかった土埃を払いつつヒサギが灰色の視線を突き刺した。
──ヒサギは避けられないと悟った瞬間、後方へ跳んで攻撃の勢いを殺した。流石のザードも本気で攻撃を繰り出したわけではないらしく、それで十分躱せたらしい。

「もう一度言う…こいつは『ヒルデ』じゃない。本人も言ってたようにな…」
「見れば分かる」
「…じゃあ、問うぞ?何故お前は『布姫』を求めるんだ?醜く、布を織ることにしか存在価値のない…この女を」
「…約束した」
周囲がシンと静まると、ザードは『アテナ』を見上げた。
「こいつ…今日、朝飯に握り飯を作るんだとさ」

──握り飯?

「弁当にも俺の好きなもんも入れてくれる…そう言ってた」
ザードの場違いな言葉に周囲の群衆だけでなく、ヒサギの顔も引き攣った。
「そんなくだらない事で俺の計…」
「くだらなくねぇ!」
ザードは剣でヒサギを指し睨みつけた。瞳には一点の曇りもなく、澄んでいる。
「あいつがいなくなったら誰が兵士達の飯を作ると思う?!誰が大量の洗濯すると思う?!誰があのクソ生意気な兎の面倒見るってんだ?!誰が俺のマントを縫うんだ!?誰が…」

そこで少し息を詰まらせ、顔を赤らめた。

「…誰が、俺の側で笑ってくれるんだ…!!」

ヒサギ、そして『アテナ』は目を見開いた。

「確かに最初はコイツの事をヒルデを重ね合わせて見てた…けどな…こいつとろいし、すぐ泣くし、世間知らずだし…ヒルデなんかと似ても似つかない女だったんだよ…なのに、俺の為に無理ばっかやってさ…」
今までに見せたことのないような優しい微笑みを一瞬浮かべ、ザードは『アテナ』を再び見つめた。
「ヒルデの代わりになろうとしてる姿には特にイライラしたぜ…『アテナ』は『アテナ』だ…ヒルデは関係ない。俺は、」

『アテナ』の瞳から涙が溢れた。

「アテナが好きだ」

ザードは剣を持ち直した。周囲の雰囲気が今まで以上にピンと張りつめる。

「だから、アテナは俺のものだ!!」

叫ぶと同時か、土煙を起こす程に強い風が吹き、ザードを包む。その錆色の瞳には『アテナを連れて帰る』という、そんな強い意志が刻まれていた。
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