第一話 始まりの一織り

朝日は登り、鳥達が大陸の一日を知らせている。
いつもならば活気溢れてくる工の国だが、その日だけは様子が違っていた。
城下の広場に人々が集まり、何やら不穏な雰囲気を漂わせている。

その中央には大きな鍋。鍋の上には牢が用意されていた。

そんな異様な光景にザワザワとしていた民衆だが、兵士を連れた青年が現れると一同に頭を下げた。
水色の髪に、灰色の瞳──ヒサギ王子である。

ヒサギは周りを見回すと、真剣な表情で叫んだ。
「これより公開処刑を行う!」
言い終わるが先か、ヒサギの後ろから兵士に連れられ娘──『布姫』が現れた。
「この者は罪を犯した。然るべき罰を与えねばならない!」
そう言いつつ、ヒサギは大きな鍋の隣で密かに拘束されている男女三人へ視線を移した。

男は痩せこけた体を震わせ、女性二人は泣きそうな表情を浮かべている。

ヒサギはその様子を鼻で笑った後、軽く手を上げて兵士に合図をした。すると『布姫』は鍋の上に吊された牢に入れられた。
牢から下の鍋を覗くと、煙が立ち上りグツグツと音を鳴らしながら水泡が表面を埋め尽しているのが見えた。落ちたらどうなるのか──想像すると足が竦み、汗が噴き出てきてしまう。
「鍋の中凄いだろ?今日の為に用意した特別な処刑台で、俺が縄を切ると牢の床が開く仕組み。お前は真っ逆さまに鍋の中にドボン──スリル満点だろう?まぁ、心配するな。苦しいのは一瞬。すぐに済むさ」
ヒサギは牢を見上げながら、差し出されたナイフを手に取り、笑った。

『布姫』は膝を折り、ガタガタと震える自分の肩を抱いた。
「……いや…だ」
──怖い。
生まれた理由も、生きた理由も…全て、今日で終わり。そんなの、嫌だ。
「生き…たい…」
『布姫』は体を震わせ呟いた。

生きて、もう一度…──会いたい。



「さて、とっとと済ませようか…さようなら『布姫』」

ヒサギは残酷な一言と共に縄を切ろうとした瞬間、群衆をかき分け一人の兵士が飛び出してきた。
その体はまるで戦場を抜けてきたかのように傷だらけで息も絶え絶えとなっていた。兵士の姿に目を細めると、ヒサギは舌打ちをした。
「ひ…ヒサギ様!門を破られて…あの方が」
「来たか」
ヒサギが門の方角を睨むと同時に群衆から悲鳴が上がった。

頭上を見上げると、黄金の光が輝く。
太陽か空翔けるドラゴンか──否、

「しつこい奴だなっ!」

ヒサギは叫ぶと同時に腕の飾りからワイヤーを引く。バチバチとワイヤーから火花が散ったその瞬間、それに向かって斬撃が振り下ろされた。轟音と地を擦る音が響く──

「ザード様!」

『アテナ』は光の名を叫んだ。
ワイヤーで跳ね返された剣を再び構え、群衆を跳び越えてきた男──ザードは怒りの顔でヒサギを見た。
「よくも好き勝手やってくれたな、ヒサギ…!」
風がザードの金茶の髪を揺らし、赤錆色の瞳が朝日に照らされ、鋭く光る。
民衆は誰からともなく呟いた。

『荒ぶる龍が降臨した』…と。
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