第一話 始まりの一織り
──常人ならば、一度降り下ろした剣を止める事は出来なかっただろう。
剣は、特に戦う為の剣は人を斬る時に少しでも深く抉る為、重く造られる。
だから、男が布姫の髪さえも切らず、寸前でピタリと剣を止めたその力量は──計り知れない。
「このっ……!死にたいのか!?」
「やめて、下さい…お願いします」
身体中に重い石を着けたような空気の重さと寒さ。それでも布姫の口は止まらなかった。
「な…何の為に、いの…命を奪うのですか!?その…服に付いた、ち、血もこの森の……?」
「うるせぇな…どうでも良いだろ!狩りは狩りなんだ!強い奴が弱い奴を殺す…これが当たり前の事なんだよ!」
「間違ってますっ!」
布姫の声は深い森に木霊した。
「私には強いとか弱いとか…そんな事は分かりません…けど、命を簡単に奪ってはいけないということはわかります!貴方は…貴方はただの殺戮者です!」
「…………言うじゃねぇか」
男は一瞬目を見開き動きを止め布姫を見つめたが、すぐにニヤリと笑った。
「──いいぜ、その兎助けたいならテメェにくれてやるよ……ただし」
男は向ける剣をゆっくりと下に下げ、切っ先を布姫の胸に当てた。
「かわりにテメェを狩らせてもらおうか」
「っ…」
「俺は狩りに来たつったろ…手ぶらじゃ帰れねぇんだよ」
男の剣が布姫の服を少し切った。
「土下座して許しを乞えば見逃してやるよ。まぁ、兎は置いてってもらうがな」
刻々と衰弱していく兎と震える布姫を交互に見やり、男は口元を残酷に歪めた。
「どうする、二つにひと」
「私の命を差し上げます」
男の手がピタリと止まった。
「…私の命は生まれた時から私のものではありません……二つに一つと言うのなら、未来のある方を取ります!」
布姫は真っ直ぐに男を見つめ、視線が重なる。
──男の血のように深く赤い目は一瞬揺れた。
「──ガタガタ震えてる癖に、度胸のある女だな」
男は布姫の顔を覗きこんだ。
──近くで見ると整った顔立ちをしている。
鋭く怖い印象の目付きにスッと通った鼻筋、しかしどこか品のある雰囲気が感じられ──
布姫は男に見惚れている事に気付くと、思わずうつ向いてしまった。
その仕草に男が再び不敵な笑みを浮かべる。
「くくっ…面白いじゃねぇか」
「え?」
男は立ち上がると、素早く剣を収めて布姫に向き直った。
「お前の命、今回は預けておいてやるよ。だが、」
その時、再び一迅の風が森を吹き去った。
「次、必ず──」
つむじ風が収まると、男の姿は消えていた。
布姫が塔に戻ると、一騒ぎが起こった。
服を血に濡らし、腕の中には瀕死の兎。息を切らし、泣きそうな顔で治療を乞う所にリンスロットが現れ、兎を奪い取った。
──布を献上するより、瀕死の兎を救った事実を伝える方が同情を誘える…
それが彼女の言い分だった。
時間が無い!とバタバタしつつ城に向かうリンスロットの後ろ姿を見つめながら、布姫は先程の男が最後に言い残した言葉を頭の中で反芻していた。
『次、必ず──』
剣は、特に戦う為の剣は人を斬る時に少しでも深く抉る為、重く造られる。
だから、男が布姫の髪さえも切らず、寸前でピタリと剣を止めたその力量は──計り知れない。
「このっ……!死にたいのか!?」
「やめて、下さい…お願いします」
身体中に重い石を着けたような空気の重さと寒さ。それでも布姫の口は止まらなかった。
「な…何の為に、いの…命を奪うのですか!?その…服に付いた、ち、血もこの森の……?」
「うるせぇな…どうでも良いだろ!狩りは狩りなんだ!強い奴が弱い奴を殺す…これが当たり前の事なんだよ!」
「間違ってますっ!」
布姫の声は深い森に木霊した。
「私には強いとか弱いとか…そんな事は分かりません…けど、命を簡単に奪ってはいけないということはわかります!貴方は…貴方はただの殺戮者です!」
「…………言うじゃねぇか」
男は一瞬目を見開き動きを止め布姫を見つめたが、すぐにニヤリと笑った。
「──いいぜ、その兎助けたいならテメェにくれてやるよ……ただし」
男は向ける剣をゆっくりと下に下げ、切っ先を布姫の胸に当てた。
「かわりにテメェを狩らせてもらおうか」
「っ…」
「俺は狩りに来たつったろ…手ぶらじゃ帰れねぇんだよ」
男の剣が布姫の服を少し切った。
「土下座して許しを乞えば見逃してやるよ。まぁ、兎は置いてってもらうがな」
刻々と衰弱していく兎と震える布姫を交互に見やり、男は口元を残酷に歪めた。
「どうする、二つにひと」
「私の命を差し上げます」
男の手がピタリと止まった。
「…私の命は生まれた時から私のものではありません……二つに一つと言うのなら、未来のある方を取ります!」
布姫は真っ直ぐに男を見つめ、視線が重なる。
──男の血のように深く赤い目は一瞬揺れた。
「──ガタガタ震えてる癖に、度胸のある女だな」
男は布姫の顔を覗きこんだ。
──近くで見ると整った顔立ちをしている。
鋭く怖い印象の目付きにスッと通った鼻筋、しかしどこか品のある雰囲気が感じられ──
布姫は男に見惚れている事に気付くと、思わずうつ向いてしまった。
その仕草に男が再び不敵な笑みを浮かべる。
「くくっ…面白いじゃねぇか」
「え?」
男は立ち上がると、素早く剣を収めて布姫に向き直った。
「お前の命、今回は預けておいてやるよ。だが、」
その時、再び一迅の風が森を吹き去った。
「次、必ず──」
つむじ風が収まると、男の姿は消えていた。
布姫が塔に戻ると、一騒ぎが起こった。
服を血に濡らし、腕の中には瀕死の兎。息を切らし、泣きそうな顔で治療を乞う所にリンスロットが現れ、兎を奪い取った。
──布を献上するより、瀕死の兎を救った事実を伝える方が同情を誘える…
それが彼女の言い分だった。
時間が無い!とバタバタしつつ城に向かうリンスロットの後ろ姿を見つめながら、布姫は先程の男が最後に言い残した言葉を頭の中で反芻していた。
『次、必ず──』