第一話 始まりの一織り

ろうそくも持たずに廊下を歩けるくらい、月の明るい夜だ。アテナはすっかり慣れた道を進むと、中庭にザードの他に二人の兵士が立っていた。何も異常がないようで、欠伸をしたり雑談を交わしている。
アテナはその姿を確認すると、声を

「アテナちゃんって、本当に健気だよなぁ」

──声をかけようとしたが、アテナは何故か反射的に物陰に隠れてしまった。
自分の名前が出たので少々気まずい。話が終わってから出た方が相手からしても良いだろう…──そう自分に言い聞かせ、胸を高鳴らせつつ盗み聞きをし始めた。

「絶対嬢ちゃんはザードに惚れてるんだぜ」
「そうそう、ヒルデちゃんの真似までしてさ」

──バレてる…!!

惚れている…というのは置いておくとして、ヒルデの真似というのは周りからしたらバレバレだったようだ。

「どうするんだよ?ヒルデの代わりにでもするのか?」
「アテナちゃんがあそこまでやるんだ。王子も認めてあげろよ、ヒルデちゃんの代わりとしてさ」
「……アイツはヒルデじゃない」

アテナの体は一瞬震えた。

「ヒルデは死んだんだ。代わりなんて誰もなれねぇよ。むしろ…」

胸の痛みが強まり、同時に耳鳴りと少し眩暈を感じる。

「ヒルデの真似してる方がムカつくんだよ」


ザードが吐き捨てるように言うとアテナの視界が揺れ、細い小枝を踏んだ。
──もちろん、鍛えられた兵士達がそれを見逃すはずもなく…
「誰だっ!?」
即座に見付かってしまった。
しかし、今のアテナには取り繕う思考がなく、素直に三人の前に姿を現した。
「…すみません、盗み聞きするつもりはなかったのですが…」
「げっ…アテナちゃん…」
兵士二人はバツの悪そうな顔をして目を逸らしてしまったが、ザードはツカツカとアテナに歩み寄った。
「…何の用だ」
「これを…ザード様に頼まれたマントが縫い終ったので…届けに来ました」
「……寄越せ」
マントを奪い取るよう掴み取ると、ザードは踵を返した。向こうの兵士はハラハラとコチラを見ている。

──……。

「明日…」

アテナはニッコリと微笑んだ。
「明日、御馳走沢山作りますね!確か演習の日でしたし……あっ!そうだ、あとお弁当も作りますよ!それならお腹空いた時にすぐ食べれますよね」

──そうだ、明日も頑張らなければ…

「皆さんの好きな物入れて…もちろん、ザード様大好物のお肉料理もたっっくさん用意しますね」

──心配させてはいけない。自分さえ我慢すれば…

「さて!そうと決まったら早起きしなくちゃいけませんね!」

皆笑顔でいられる──…

「…おい、アテ…」
「楽しみにしていて下さいね。腕によりをかけて作るので!警備頑張って下さいね。おやすみなさい!」

ザードの言葉を遮り、アテナは小走りに自室へと向かった。

「…ちっ」

去り際の少し肩を震わせていたアテナを見て、ザードは苛立ちを感じた。
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