第一話 始まりの一織り

「レオ王さん、怒られてたなぁ」
「あ、ポルナレフさん」
配達親子が帰ってから、しょぼぼとするレオを元気づける為アテナはちょっとした料理を作って食べさせる事にした。料理とはいっても、肉に香辛料を振って焼くだけなのだが、レオは喜んでモグモグと食べてくれた。
その香ばしい香りに誘われて…ではないかもしれないが、食堂にポルナレフと呼ばれる青年がやって来た。
ポルナレフは薄い茶色がかった金髪をしていて、武の城の常駐兵にしてはかなり軽装をしている。腰には使い込まれたナイフを差しており、歴戦の戦士だとアテナから見てもすぐ分かった。
そんな彼はアテナが城に来てからよく声をかけてくれた。何故ザードに連れて来られたのか?どこの出身なのか?目的は?これからも武国にいるの?体調は?彼氏いる?てか付き合わない?などなど…色々と軽い口調で聞いてくる。武国の人の中でもかなりチャラチャラとしているので異質ではあったが、アテナに対して友人のように気軽に話してくれるので、知らない土地の心細さを軽くしてくれる一人だった。

「すみません…ポルナレフさんの分はないんです」
「ああ、いいのいいの。でも夕飯の時に俺用のを一皿、お願いしまーす」
ポルナレフはおどけて言いつつ、食べるレオの正面に座った。アテナは彼の言葉にニコニコと頷くと夕飯の準備をする為に厨房へと入って行った。
その後ろ姿を眺め、ポルナレフは伸びをした。

「レオ王さんはアテナに感謝しないとな。こんな美味しそうな手料理を作ってくれるんだから」
「……」
「しかも可愛い。天使!マイエンジェル!」
「……」
「あーあ、仕事が無ければアテナを彼女に出来るのに。どーして俺は孤児で、運が良くて、強くて優秀だったのか…はぁ、一般人になりたい。彼女欲しい…」
ポルナレフの一方的な雑談で何やら気まずくなったのか、レオはおずおずと肉が少し残った皿をポルナレフに押し出した。
「いや、いらないですって」
「…口止め料だ」
「口止め料を食べかけの肉にしようと思うの凄い発想だわ」
ポルナレフはそう言いつつ、皿の上の肉をヒョイと摘み、口に放り込んだ。何度も噛み、ゴクリと飲み込む。そしてレオに舌を出して、空っぽの口を見せる。
「全部飲み込んだ。最初に言った通り、俺は何も見なかった事にする。でもこれはレオ王の為でもザード王子の為でもない。アテナちゃんの平穏の為だ。可愛くて健気な彼女の為」
言い終わると、ポルナレフは立ち上がり歩き出した。腰のナイフが窓からの光に反射して輝く。柄に彫られた神獣のレリーフは武国の紋章ではない。
「"監視者"の仕事は秩序を守る事。アテナちゃんの事を荒立ててもナルセス様の心労が増えるだけだ。てなわけで、黙っていてあげまーーす」
ポルナレフは手をひらひらと振りながら退室して行った。レオはその後ろ姿をホッと眺めた後、空になった皿を持って厨房の洗い場へと向かった。

──監視者。
王族が悪事を行わない為に知の国ケフラーの王が各国の城へ派遣している私兵。
今回の件はどうやら──"今のところは"ケフラー王にバレずに済みそうである。
32/51ページ