第一話 始まりの一織り

ザードは髪と服を整え、部屋を出た。その顔は明らかにイライラしており、歩みも乱暴だ。
「あの女…勝手な事ばっかやりやがって……親父も親父だな。女の言うことをホイホイ聞きやがる…!」
長い廊下をズンズンと進みつつ、先程の事に文句をたれる。自分が断固聞き入れなければ良かったのだが、

──あの声と目が…

やはりアテナにヒルデを重ねてしまっているらしい。全く違う色の瞳、顔、姿にも関わらず彼女の声がヒルデの頼みに聞こえてしまった。

我ながら情けない…

「ザード様」
「!?」
──突然考えていた声で呼ばれ、ザードは肩をびくつかせてしまった。振り返ると予想通りにアテナが立っている。
「……なんだよ」
ヒルデにそっくりな声と髪をしやがって…と妙にイライラして、返しもトゲトゲしくなってしまう。しかしアテナはその様子に気付いていないのか、はたまた気付いていないのか、普通に言葉を続けた。
「すみません。あの、ご飯作ったんですが」
「飯?」
「はい。皆さん先に食べてますよ」
そういえばここは食堂の前だ。ザードはおもむろに中を覗いてみた。

「うめぇー!!」
「まともな飯なんて何年ぶりだっ!?」
「おふくろの味がする(泣)」
「むしゃもぎゅっん」

「………」
武の国の食事は城に寝泊まりしている兵士と一緒に行われる。もちろん見回りや番などの交代で色々と時間はバラバラだが…
「…おっ!ザード!早く食べねぇとなくなるぞ!」
「これからは臭い飯食わなくてすむのかっー!王子が嬢ちゃんを連れてきてくれたお陰だなっ!」
テーブルの上には、簡素までもなんと生活感のある朝食が山ほど出されていた。
兵士達はそれを一気に完食する勢いで貪り食っている。
「兵士の皆さんよく食べる方々ばかりで…私も作りがいがあります」
様子を見つめるアテナはにっこり微笑んだ。この細身であんな大量の食事をどうやって作ったのか…
「さ、次は洗濯ですよ。ザード様も洗う物ありましたら、出してくださいね。裏庭にいますんで」

『ご飯早く食べてくださいね』と付け加え、アテナは立ち去っていった。
怒涛の展開に唖然としていたザードはハッとして、とりあえず食卓という戦場に向かった…
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