第一話 始まりの一織り
後日、ザードはヒルデに武国の紋章が彫られた細身の短剣を贈った。
──武の国には好きな女性に武具を送る習慣がある。王族の紋章入りとなればそれは──
「…これは受け取れない」
「勘違いすんな!これは…礼と言うか…これからも俺を特訓しろという…!とにかく黙って受け取れ!じゃーな!」
ザードはそう言いつつも、その場の空気に耐えられず顔を真っ赤にして走り出した。
人を好きになるっていうのはなんとも歯がゆい事なんだろう。どうしてこんなに胸が高鳴るのだろう。自分の体が自分の物でないような感覚。高揚感と浮遊感。ヒルデの事を思い浮かべると恥ずかしくて、頭の中がぐちゃぐちゃになって、でも、嬉しくなる──
ザードは理由も分からずに走りながら飛び跳ねた。
ヒルデは渡された剣を見つめていた。
彫られた王族の紋章…これをどれだけ望んだことか──でも、
「これは…使えない」
剣を受けとる資格は自分にはない。それはザードの想いを踏み躙る行為だから。
ヒルデの瞳が窓の外を飛ぶ鳥を捉えた。
──鳥のように自由になれるならば…鎖に繋がれた籠の鳥じゃなければ…
「…お父さん、お母さん………お姉ちゃん…私はどうすればいいの…?」
ヒルデの呟きは溶けて消えた。
・
・
・
夜、ヒルデは玉座の前に立っていた。
最低限の明かりが灯され、風の音さえ聞こえない静まりかえった広間は特有の緊張感を孕んでいる。体の芯まで震えてしまいそうな恐怖感と焦燥感を振り払い、ヒルデは声を張り上げた。
「教えて下さい。真実を…姉の死を!」
胸が、言葉を紡ぐ肺が苦しい。息をするだけで喉が詰まり、呼吸が浅くなる。眩暈を感じ、足を踏ん張り玉座の人物を睨みつけると、その人物は答えた。
「私が、彼女を殺した。それが真実だ」
「嘘…嘘です!姉さんは…貴方の事を」
「…私が愛したから…彼女は死んだ」
人影はゆっくりと玉座に座ると、喉が詰まるように苦しげな溜め息をついた。
「私は人である前に王なのだ…王は尊いモノ…それ故に本当の自由などない。リザの死は、それが全てなのだ」
「……では、」
ヒルデは人影の動きを瞬きせずに見続けながら、拳を握りしめた。
「ザードの事は、貴方はどう思っているのですか?」
──この答えが終わった時、私の使命も終わる…
ヒルデは腰に下げた二つの剣に手を当てた。
震えも恐怖心も、すでにない。あるのはほんの少しの…後悔。
──姉さんの仇。私の使命。私の、生きる意味。
「……ザードは」
人影が口を開けた瞬間ヒルデは双剣を抜き、風のように舞った。
──武の国には好きな女性に武具を送る習慣がある。王族の紋章入りとなればそれは──
「…これは受け取れない」
「勘違いすんな!これは…礼と言うか…これからも俺を特訓しろという…!とにかく黙って受け取れ!じゃーな!」
ザードはそう言いつつも、その場の空気に耐えられず顔を真っ赤にして走り出した。
人を好きになるっていうのはなんとも歯がゆい事なんだろう。どうしてこんなに胸が高鳴るのだろう。自分の体が自分の物でないような感覚。高揚感と浮遊感。ヒルデの事を思い浮かべると恥ずかしくて、頭の中がぐちゃぐちゃになって、でも、嬉しくなる──
ザードは理由も分からずに走りながら飛び跳ねた。
ヒルデは渡された剣を見つめていた。
彫られた王族の紋章…これをどれだけ望んだことか──でも、
「これは…使えない」
剣を受けとる資格は自分にはない。それはザードの想いを踏み躙る行為だから。
ヒルデの瞳が窓の外を飛ぶ鳥を捉えた。
──鳥のように自由になれるならば…鎖に繋がれた籠の鳥じゃなければ…
「…お父さん、お母さん………お姉ちゃん…私はどうすればいいの…?」
ヒルデの呟きは溶けて消えた。
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夜、ヒルデは玉座の前に立っていた。
最低限の明かりが灯され、風の音さえ聞こえない静まりかえった広間は特有の緊張感を孕んでいる。体の芯まで震えてしまいそうな恐怖感と焦燥感を振り払い、ヒルデは声を張り上げた。
「教えて下さい。真実を…姉の死を!」
胸が、言葉を紡ぐ肺が苦しい。息をするだけで喉が詰まり、呼吸が浅くなる。眩暈を感じ、足を踏ん張り玉座の人物を睨みつけると、その人物は答えた。
「私が、彼女を殺した。それが真実だ」
「嘘…嘘です!姉さんは…貴方の事を」
「…私が愛したから…彼女は死んだ」
人影はゆっくりと玉座に座ると、喉が詰まるように苦しげな溜め息をついた。
「私は人である前に王なのだ…王は尊いモノ…それ故に本当の自由などない。リザの死は、それが全てなのだ」
「……では、」
ヒルデは人影の動きを瞬きせずに見続けながら、拳を握りしめた。
「ザードの事は、貴方はどう思っているのですか?」
──この答えが終わった時、私の使命も終わる…
ヒルデは腰に下げた二つの剣に手を当てた。
震えも恐怖心も、すでにない。あるのはほんの少しの…後悔。
──姉さんの仇。私の使命。私の、生きる意味。
「……ザードは」
人影が口を開けた瞬間ヒルデは双剣を抜き、風のように舞った。